ep120.悪辣な虎と誠実な鷹
目標:錫食い鉱を王都に納品しろ
「……兵士さん、あんたのその鎧、現王の直属部隊のモノだろ。それにさっきから目につく巡回兵もだ」
核心に近づくような口調でオルドは続ける。俺には何が何だかわからないが、この虎にはその全体の絵が見えているようだった。
「ベルン王が床に臥せ、指揮系統や政務が落ち着かず王の代わりにと政務を担う官吏達で慌ただしくバタついている今、現王一派が城内の警備を強化してまで中に入れたくない相手っつゥのは……さて、誰なンだろうな?」
語りかけるような口調に答える者はいない。そんなことにも構わずに、むしろ愉快そうにオルドは「例えば」と続ける。
「内部事情をよく知っている者、王城の作りに精通した者なんかは今が首を取る絶好の機会だと思うだろうな。現王だけじゃねえ、一派の誰かであっても同じことだ。こんだけ広い王城となりゃァ一度監視の目が外れたが最後、潜むところなんていくらでもあるだろうしな」
べらべらとよく回る猫舌だな、と俺は思った。目に見えて挑発しにかかっている語調からは、そのまま相手から情報を引き出そうという魂胆が見え透いていたが、それがわかってていてもなお思わず訂正したり反応してしまいたくなる悪辣さに溢れている。
鷹はそれを聞き流して渡り廊下を進んでいるが、その足が僅かに重くなっていることに俺は気づいた。
「とはいえ、そんだけ城の内部に詳しい者って言やァ、お抱えの建築士か王族くらいのもんだろうな。しかも今、現王一派に歯向かってまともに相手取れる兵力と、そうするだけの価値が存在する者ってなりゃァ更に絞れそうだよな?」
「何が言いたい」
オルドがそう言うのを聞いて、数歩進んだところで鷹が足を止める。振り返った鷹は、猛禽類らしい獰猛な瞳を眇めて虎を睨みつけていた。
「……第三王子アルフレドに謀反の兆しありって噂はよ、これを見る限りじゃどうもマジらしいなって話だ。結局、ここまで城内を固めてンのも我が子に殺されるのを恐れた爺さんの悪あがきってことだろ?」
「……口が過ぎるようだな、今ここで牢に放り込まれたいのか?」
「悪いね、口さがねェのが信条でなァ。それに……言ったろ、こりゃただの推測だぜ? それに目くじら立ててるンじゃ真実と認めてるようなモンじゃねェのか?」
核心に触れる虎の声を受けて、忌々しそうに鷹が続ける。
「……ふん、貴様が何を思おうが偉大な王が咎めることはないだろうが……ただ、私ならその騎士の前でくだらん妄想を悪戯に吹聴するような真似はしないがな」
「おぉ怖ェ。そう思うンならその偉大な王の真実を教えてやった方がいいんじゃねェか?」
「それこそ、馬鹿げた話だ。貴様のような故も知らぬ冒険者に語ることはない」
冷たく言った鷹に、オルドはそれ以上追及はしなかった。どうやら頼み込んでまで聞き出そうという気はないようで、ぴしゃりと拒絶を示した鷹を前に引き際を見たらしかった。
その推理を整理することで精一杯だった俺は、自分を挟んでやり合っている鷹と虎を交互に見比べながら、ようやく理解する。
「えっ、つまり……王子が、病気の王様の命を狙ってるかもしれないのか?」
王権争い、相続争いは中世の王族、貴族社会とは切っても切り離せぬものだ。
親から受け継いだ領地や爵位を求めて兄弟間で戦争を繰り広げ、負けた方は運が良くて農民以下の扱いを受け、悪ければそのまま処刑されるという時代があったことは理解している。それは何も義務教育の賜物ではなく、病室で読んだ政変物のライトノベルや、戦記物が題材の漫画やアニメで学んだことがあったからだった。
「珍しくもない話だろ、特に第三王子ともなれば王位の継承権からは限りなく遠い。となれば継承一位の第一王子含め、玉座欲しさに並んでいる連中の首を片っ端から飛ばしちまえばいい。それが肉親だろうと何だろうとな。……アレは、それができる奴だからな」
言葉尻にぼそりと呟いたオルドの言葉に、中途半端に振り返ったままのテオドアがぴくりと一瞬だけ反応したが、虎と関わりたくないのかそれ以上何かを言うようなことはなかった。
俺はというと、オルドの話は確かに理解ができたが、実際に聞いたこれはもっと救いがないというか、人のエゴに満ちた話のように感じて、思わず聞き返してしまった。
「だからってそんな……実の親父さんと兄弟達だろ?! 何もそんな殺し合うような真似することねえだろ……!」
現代日本の倫理観と、この中世ヨーロッパじみた異世界の倫理観が共通しているとは思わない。
ここ最近やっと馴染んできたと思ったそれを、易々と更新してくる肉親殺しというタブーが信じられなくて、思わず声を上げてしまった。それを異常だと感じているのは自分だけなのか、と信じられない顔の俺に、身じろいだ。
「……皆が皆、お前のような考え方ではないということだ」
鷹は中途半端に体を開いて俯いたまま、ぽつりと言う。えっ、と思った俺に、テオドアが「一つだけ訂正しよう」と続ける。
「第三王子アルフレド様に謀反の兆し有りと伝えたのは、第一王子ルドルフ様だ。これを受けて、現王派の一部とルドルフ様の一派はこれを誅すべしといきり立ったが……それを諫めたのは他ならぬ、現王アレクシス様なのだ」
「……えっ?」
それが意味するところがわからなくて、俺はすぐには理解できなかった。
しかしそれは、つまり父親である王様が息子を庇ったということだとわかって驚愕する俺を鷹が一瞥して、それから前に向き直った。
「……ルドルフ様を始めとする反第三王子派の処刑すべきという声に対して、城の警備を増やすことで手打ちとしたのは他ならぬ現王様なのだ。その慈悲深き行いを知っているからこそ……私達もまた、それに従うのだ」
背中を向けたままそれだけ言って、テオドアはまた歩き出した。
つまり、話をまとめると第三王子を疑うのは国王の意思ではなく、第一王子を中心とする王の後継者一派ということだ。
父親自ら子を疑い、恐れるようなわけではなく、兄弟同士の争いを防ぐ意図があったというわけだ。
そう思うとこの城内の体制や、テオドアが偉大な王と呼び慕うのも頷ける。中世の倫理観はわからないが、兄弟で争うのを見たくない父親の心理はまだ理解ができようというものだった。
「……結局、真実とやらを語ってるじゃねェか」
「フン、貴様のような目の曇った俗人に語ったワケではないからな」
オルドが背後から茶々を入れると、鷹は振り返らずに答える。
口振りから急に語ってくれたのは俺に話しかけていたというのはわかるが、なぜ俺に、と思って虎と顔を見合わせると、おどけた顔で肩を竦められた。
どうしてという疑問はあったが、鷹のその台詞はまるで信用に足ると判断されたようでどことなく嬉しく感じてしまう。
もちろんただの気まぐれかもしれないのだが、ともかく。
庭の渡り廊下の終端に差し掛かった俺達は道を曲がって、城壁に沿って建物が並ぶエリアを横切って進む。
城の敷地内の端、城内ですらないその一帯は使用人達のスペースのようで、王族とは関係のなさそうな休憩中らしい騎士や、掃除夫や庭師らが屯っているのを見かけた。
渡り廊下をだいぶ進んで、入ってきたときに見かけた正門のちょうど真裏まで来ると、鷹が「こっちだ」と言って住居じみた石造りの建物に歩み寄る。
ともすればただの民家に見えるそれは、しかし入り口に当たる扉がやたら立派な両開きの門になっていて、鷹がその前で立ち止まるものだからここが目的地か、と俺は察した。
門に近づいたテオドアが、僅かにその鳩胸を膨らませて嘴を開く。
「すまない、客人をお連れしたが……」
「アーーーッもうイヤですやめます実家の森に帰らせていただきます!! こんな屋内に連日連夜ガリガリと仕事仕事仕事!! お休みします探さないでください!」
「ゆ、ユールラクス殿! 落ち着いてくだされ!」
鷹が口を開き、門を叩こうとしたところで……中から物音が響く。がちゃんばたんと何か、重たいものを吹き飛ばし金属やガラスの何かが倒れる音もして、ただならぬ気配を察した。
響き渡るヒステリックな男の叫び声には聞き覚えがあって、俺とオルドが顔を見合わせていると、門に手を掛けていた鷹が何かを察知したのか素早く離れた。
「僕はネコチャンと遊んできますからね、後は皆様でどうぞ!! ……あだッ!」
「ゆ、ユールラクス殿ーッ!」
ばぁん、と重たそうな木扉が勢いよく開かれて、中から飛び出してくる人影があった。
逃げるように走る男は、俺やオルド、そしてテオドアが何か警告するよりも早く棒立ちしているオルドにぶつかる。
どしん、と衝撃で野暮ったいローブのフードが脱げて、弾き飛ばされた男が銀髪を揺らしてその場に尻もちをつく。
逆に衝突されたにもかかわらず、天然の岩石のような体躯をしたオルドは微動だにせず飛び出してきた男を渋い顔で見下ろしていた。
男もまたそんな虎を見上げて……外に向かって耳の尖ったエルフがその美しい目を丸くする。
端正な顔立ちは驚きに彩られて、文字通りぎろりと睨んで見下してくる虎の顔をまっすぐ見て……それで、言った。
「ね……ネコチャンッ!? 仕事で疲れた僕のためにわざわざ会いに来てくれたんですね?!」
「おう、ぶっ飛ばすぞ」
どうやら元気そうで何よりだった。
本日はここまでとなります。次回更新は2/22です。
書き溜めが少なくなってきた……!がんばります!




