ep119.鷹の案内
目標:錫食い鉱を王都に納品しろ
城といえば聞こえはいいが、どうもこの時代のそれは軍事施設としての意味合いが強いようで、防衛拠点として敵対勢力への対抗手段や機能を兼ね備えていた。
あちこちに亀裂が入り、明らかに刃物で抉られただろう斜めの刀傷が無数に入った柱やずいぶん欠けて丸くなってしまった城壁への石階段などからは、この街、この国がまだ丘の上の一つの砦だったころの名残を思わせる年季の入り方をしている。
門を潜る際に上方に見られた落とし岩の戸口や、陽が差し込む壁に空いた切れ間のような射眼からは、実際にここで何人もの敵兵を食い止めて耐え続けたのだろうと感じさせられる、歴史ある建物だった。
しかしそれも、今となっては昔のことで。
辺りを見回しながら、俺は先導する有翼の鳥人、テオドアと呼ばれていた鷹に連れられて王城を取り囲む屋根付きの廊下を歩く。
学校の校庭ほどはあろう城庭は季節の花が咲き誇る美しい庭園となっていた。
どこかで水を渡しているのだろう、川の流れのような水音と共に侍女や食事番らしい男達の話し声が微かに耳に届く。
華やかな空気に包まれながら足を動かす俺は、歩くたびに物々しい足音を立てるこれぞという甲冑姿の騎士達や、佇まいの美しい所謂メイド服姿の侍女に目を奪われていた。
あの門番もそうだったが、この城内の騎士達はフルプレートの甲冑に加えてマントだったり肩章だったりで装備を彩っていて、その持ち主の個性が見え隠れしているようだった。
ゲームや教科書で見るのとは違う、実際に生きている、実用されている鎧甲冑という印象に俺の中の少年心が騒ぎ出すのを止められない。
甲冑の下に鎖帷子を着込んだ大柄な騎は士歩くたびに金属が擦れる音を響かせていて、その足取りもどすどすと鈍重そうだった。
着てみたい、という思いと重そうだし俺には無理かも、という思いが相反して、わけもなく浮足立つのを感じた。
翻って、皆一様に同じ服装なのが侍女達のメイド服だった。
膝まで隠れようかという上下ひとつながりの黒い長袖のワンピースに、白いエプロンを腰で結んだその姿はメイド服というに相応しいが、その丈の長さや肌の露出の少なさは俺が想像するものとは少し異なっているようだった。
所謂萌えナイズドされていない、クラシカルな仕立て着は清潔感と同時にこの城での身分や役割を暗黙のうちに強調しているようで、その表情には俺の想像するメイドらしいにこやかな笑顔のひとつもなかった。
もちろん賓客でも王族でもない俺がそんなものを望むべくもないのだが、それにしても唇を真一文字に引き結んでぱたぱたと早足で廊下を歩くその目が、黒髪黒目という異国然とした外見の俺に奇異の色で向けられることはついぞなかった。
ともすれば見えていないのかという態度で鷹に連れられる俺を意に介さず通り過ぎるので、その無機質さには少しだけ驚いてしまう。
「……おう、今の侍女……なかなかいい乳してたな?」
後ろからこそっと囁いてくる虎が、真面目な低いトーンでそんなことを言うものだから思わずずっこけそうになった。肩越しに「黙ってろよ」と言って強く睨みつける。
俺の非難を受けて両肩を竦めるオルドはそのまま「童貞にゃわかんねェか」なんて言うものだから、人のことを童貞呼ばわりすることについてもう少し強めに反省を促すべきかと迷ったが、それを気にしていると思われるのも癪だし、俺はこの王城のことについての問題を優先した。
「あのさ、オルドは城に来たことあるのか?」
「あるぜ。それこそ、あの野郎の仕事のついでで……何回かな」
あの野郎、というのはユールラクスのことだろう。俺は「ふーん」と返事をしながら今一度城の様子を眺める。
広大な敷地内に聳え立つ天守閣。象徴的な尖った屋根を備えた高楼式の建造物を、うまく形容する言葉を俺は知らなかった。
この時代にこれほどの高さの建物が作れるのかと驚いてしまうほどに巨大で、切り出した石と乾かした粘土、そして木を組みあわせただけという原始的な外装だけで作られた高度な建築様式からは心地よい不協和音を感じるようだった。
敷地内の中央に位置し、城壁を潜った先でさらに重々しい鉄の門を設けられたこの建造物が重要なものであることは俺にもわかった。
ヨーロッパの城はゲームなんかでも城の高層に玉座や王の居室を設けていることが多いイメージだ、そう考えるとこの象徴的で巨大な建物は王族の住まう王宮であり、本丸でもあるのだろう。
城壁まで続いている庭を眺めながら王城を通り過ぎるように伸びる廊下を進んでいくと、城の窓から中の様子が少し窺えた。城のどこがどうなっているのか、宝物庫はあるのか、牢なんかはどうなってるのかと疑問は尽きなかったが、じろじろと窓から城の中を覗きすぎるのも無礼かと思ってほどほどにしておいた。
しばらく歩いて、廊下の先に聳え立つ後方の城壁の足元に、ずらりと建物が並んでいることに気づいた。
あの区域にユールラクスがいるのか、と思った俺は肩越しにオルドに振り返りながら、尋ねる。
「その時もこんな感じだったのか?」
「こんな感じ……っつぅのは?」
「いや、何というか……その、誰か案内をつけられたり、とかさ」
前を歩く鷹に聞こえないように囁いた言葉に身を屈めて耳を傾けるオルドは、「いや」と切り出す。
「城の中に用事ってンならそりゃそういうこともあるだろうが……あの野郎を訪ねたり、城壁を潜るだけならある程度自由だったはずだがな。見張りだって、こんなに多くなかったはずだ」
やっぱりそうなのかと俺が思ったのは、外部の人間だろう人々には俺達と同じように先導する兵士がついていたからだ。
城壁と、城門それぞれに門番を立たせているのだから、勝手に城を歩き回らないようにという意味合いだけならそれは本丸につながってる王城内部にのみ限定すればいいものを、荷運びらしい軽装な男や、何かの用事で用立てられたらしい職人などには一律先導する兵士がつけられていた。
それに、見回りや警備の兵もやたら多く感じるがこんなものなのだろうか。こうして庭園を歩いているだけでもがしゃがしゃと物々しい足音を立てる兵士を見かける数は少なくなくて、城だからそういうものなのかと思ってしまうがオルドがそう言うので俺は自分の感性に安心した。
そもそも王都に入るまでに検問を潜っているし、城の門でも身分証明を求められたのだ。
そこまで厳重に警備したり監視する必要があるのかと俺が不思議がっていると、最後尾を歩くオルドが直接聞いてみようとばかりに疑問を投げかける。
「なァ兵士さんよォ、こいつは何か理由があったりすンのか?」
「お前らが知る必要はない、これは現王の決定だからな」
取りつく島もないという様子のテオドアに、俺はそうそう教えちゃくれないよなと肩を竦めるが、オルドの考えは違うようだった。
「ほォー……だったら俺らがそれをどう邪推しようが関係ねェよな?」
「……」
鷹の兵士は答えない。ただ神経質そうに背中の翼をばさりと動かして、歩を進める。
「例えば……そうだな、考えられる範囲だと王城内に怪しいやつや間者を入れンように目を光らせている、とかは一般的だよな」
横で聞きながら、それに同意する。
ステルスゲーとかだと、こういう入り組んだ屋内のマップは死角たらけで、見張りを倒して成り済ましたり死体を隠したりはいくらでもできるはずだからだ。
ただ、それが理由なら今になってこういう体制にした説明にはならない。
他国だったり、どこか敵対する勢力のスパイや工作員に入場されて好き勝手されないために見張りをつけるようにした、ということなら何かそうするに足る理由があるに違いなかった。




