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ep117.おつかい発生

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

「……さて、ではここからはいつも通りやらせてもらおうかな」


 仕切り直し、とばかりにミハエリスが言って、緩く腕を組む。


「オルドが珍しく人を連れていることは気がかりだが、こう見えてもそれなりに忙しい身だ。この紙に書かれていることは俺が承るよ。もう二、三日もすれば人に空きが出る、それからでよければミオーヌで採れたものは順次王都へ運び込むことにしよう」


 プロポーズを受ける前にイレイネから聞いたというオルドによれば、書類にはミオーヌから王都までの輸送手段を定期的に寄越して欲しいという旨が書いてあるとのことだった。

 そして、その鉱石については魔法技術部のユールラクス・オリバンス宛に運び込むようにと指示がされているそうで、それを飲み込んだミハエリスは丸めて握った羊皮紙をぽんぽんと手の中で鳴らしながら「ただ」と続ける。


「商人としては情けない話なんだが、王宮付けの品物をうちの倉庫に一緒に転がしておけるほど厳重な警備はつけていなくてね。まあこの程度ならどうとでもなるだろうが、今後続々と運び込まれるだろう鉱石を一昼夜見張り続けることができるほどの収納も人員もないのが現状だ」


 ウェーブのかかった茶髪を揺らして、荷台の鉱石を一瞥しながらミハエリスが言った。

 それを聞いたオルドが表情を険しくする。目の前の男が何を言おうとしているのかを探っているようだった。


「あぁ、別にオルドやスーヤから金を取ろうというワケではないよ。ただ、新規の取引となると申し合わせたい事柄が満載でね。ましてや王宮お抱えの相手だ、こちらもそれなりに信頼のできる荷運びを選出しないといけないし、納品先や品物の搬入、および当商会での管理方法なんかについても一度交わしておきたいんだけど」

「俺らにそれを取り次げ、と?」


 大きく頷いたミハエリスが、ぱちん、と指を鳴らした。


「さすが中位冒険者殿は話が早い。どうせキミらもこれから報告に行くんだろう? その時に手紙でもなんでもいいから、俺宛に連絡を寄越してくれるように言ってくれないか?」


 その言葉を受けて、隣の虎がまあそれくらいなら……と肩を竦める。

 てっきりこの商会ギルドに任せれば勝手に王宮まで、ユールラクスの元へと運んでくれると思っていた俺は、その言葉に疑問をぶつける。


「新規って、今までは王宮と取引がなかったんですか?」

「うーん、そういうわけじゃないんだ。……スーヤは、王都は初めてかい?」


 にこやかな表情をミハエリスが俺に向ける。俺が外国人風の見た目であることを織り込んだうえでの発言だろうということはすぐにわかった。

 頷く俺に、「じゃあちょっと喋ろうか」と切り出したミハエリスが続ける。


「ベルンは自国の兵士に与える武具や王城の調度品なんかを外部生産に頼っている珍しい国でね、ミオーヌの町が栄えているのは王族や騎士団相手との大口の取引があるからなんだ。そしてそのための販路と荷運びを俺達商会ギルドが請け負っている、ってところでね」

「運送を担ってる、って感じなんです?」

「そうだね。足代わりになって、その分の手間賃をいただいてるってこと」


 メーカーが作った品物を客先に届ける運送業みたいなものか、と俺は現代知識に落とし込んで頷くのを見て、伊達男は続ける。


「ただ運送とは言っても、単純に俺達が仲買いしたものを改めて王都内の小職人や店舗に卸したりという形もあるんだが、まあいくつかの形があるってだけ思っていてくれ。そういうわけだから、調度品なんかは王族の住まう王城に、武具なんかは兵舎や騎士団練兵所にって具合で納品したこと自体はあるにはあるのさ」


 卸売業のことは社会経験のない俺にはいまいち飲み込みがたかったが、とりあえず頷いておく。


「ただ、今回も同じ王宮宛て……と一口に言っても、その納品先は全く聞いたことない宛先でね。王都外れの魔術師部隊の練兵場とかなら見たことあるけど、王宮内の魔法技術部、それも顧問のユールラクス殿、なんて噂でしか聞いたことないな」

「噂はあるんですね」


 丸められた羊皮紙をぽんぽんと手の中で叩きながら言うので、俺はそんなに認知されていない人だったのか、と思いつつ相槌を打ちながら聞いてみると、ミハエリスは愉快そうにオルドを一瞥して答える。


「あぁ、煙のようにあちこちに現れる猫狂いって話で有名だよ。オルドがこの仕事を請け負っているのも納得だ」

「好きで受けたわけじゃねェがな」


 フン、と忌々しそうに鼻を鳴らすオルドを他所に、ミハエリスは続ける。


「魔法技術って言うくらいだから、魔術師ギルドの連中ならもう少し詳しいんだろうけど、俺自身魔法に疎いのもあって初めましてって感じかな。生憎、目に見えないものを信じ続けられるほど商人は根気良くなくてね」

「へッ、神は信じるくせにな」

「そりゃそうだろオルド、祈る分には楽だからな。祈るだけで商売繫盛、交通安全が約束されるなら……傭兵に払う報酬の分、祈ったって安いくらいさ」


 虎の鋭い指摘を飄々と躱した伊達男が肩をすくめておどけてみせる。

 オルドもオルドで「違えねェ」なんてニヤリと笑うので、その物言いが神に聞かれていれば明らかに怒りに触れそうなものだが、当然この場で何かが起こるわけもなくて。

 そして、俺が気にかかったのは別の話だった。


「へぇ、ベルンでも神様が商売繫盛を約束してくれるんですね」

「おや、フェニリア神話をご存知ないかな?」


 日本でも神様に色々祈るが、それと似たようなものだろうかと口を挟んだ俺は、神話、というキーワードになんとなく気持ちが逸る。

 それはもしかしたら、俺をこの地に送り込んだ神々どもの話に通ずる気がして、思わず頷こうとするのを……オルドが制した。


「ミハエリス、お前の仕事は口を動かすことじゃねえだろ。俺達だってまだ仕事の途中なンだがな」

「おっと失礼。保護者さんがお怒りのようだからここまでにしておこうか」


 まあ確かに、何もこんな商会の荷上場で長々と立ち話をしている必要もないだろう。

 しかし、神話の話について気がかりだった俺が名残惜しそうにしているのを見て、ミハエリスはくすりと笑って俺に言う。


「悪いね、でも俺も敬虔な信者というわけではないから聞きたければ教会に行くか……そこのオルドにでも聞いてみるといい」

「オルドに?」

「あぁ。よく知ってるはずだから」


 どうしてオルドに、と思ったが長年旅と冒険を続けているオルドなら広く語られている神話なんかにも詳しいということだろう。

 ひとまず納得した俺が頷くと、ミハエリスはすっと離れて頭を下げた。


「さて、それじゃあ俺はこれで。今後ともご贔屓のほど、よろしくお願いしますよ」


 恭しく頭を下げるミハエリスに、オルドは「おう」とだけ言ってさっさと踵を返す。

 まだ頭を下げたままの男に何を言えばいいかと少しだけ迷って、「また来ます」とだけ返して俺もオルドの後に続いたのだった。

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