ep116.伊達男
目標:錫食い鉱を王都に納品しろ
「やあオルド! 変わらぬ友よ、息災のようだね! また金になりそうなものを持ってきてくれたのか?」
「ようミハエリス。生憎だが今日は何もねェよ、この荷台のものとその手紙で全部だ」
仕立ての良い絹のシャツの裾から下履きを留める腰帯の結び目を覗かせて、ミハエリスと呼ばれた茶髪の伊達男は「あぁ」と言いながら馬と荷台を一瞥する。
乾いた木の実や衣服を溢れさせている口の開いた頭陀袋の他に、バスケットボール大のごろっとした暗い色の鉱石を認めたミハエリスはじろじろとそれを眺めながら口を開いた。
「ふむ、王宮付けの品物というから一体どんな原石かと思いきや……ずいぶん魅力のない石だね。加工の方法にもよるがこのままなら銀貨一枚の値がつくかどうかではないかな?」
「宝石の類じゃねェっつの、勝手に売っぱらっりするんじゃねえぞ。こいつはな、お前にとっちゃ二束三文の見立てだろうがどうも魔術師的にはお宝らしいンでな」
「わかっているとも、イレイネ嬢が口酸っぱく保管と管理に留めるべしと言うだけのことはあるんだろう。やれやれ、食事の誘いも丁重に断られてしまったし相変わらず手厳しい人だ」
男は嘆くように言って、手に持った羊皮紙を軽く振って見せた。
届けた文書をじかに読んだわけではなく、イレイネから内容を聞いただけの俺達には、それがどのようなニュアンスで記されていたのかはわからない。
既知の関係らしいこの男がイレイネへどのような誘いをかけたのかは気になるところだったが、伝え聞いた内容はどのような旨だったかと思い出そうとする俺に、ミハエリスが目を向ける。
「ふむ……」
「……あ、えっと、どうも。冒険者見習いのス……愁也です」
すっかり響きに慣れてしまっていて思わず自分で自分の名前を間違えそうになってしまった。
そんな俺の戸惑いなど素知らぬ顔で、ミハエリスは俺をつま先からてっぺんまで不躾に眺めていた。
無遠慮なその目つきにたじろいでしまうのは、そこまで明け透けに品定めされるのは初めてのことだったからだ。
いや、最初にオルドが似たような目で見ていたかもしれない。ともかく、あからさまな態度は流石に気になってしまって、尋ねてみる。
「えっと、何か……?」
「あぁ、これは失礼。ベルン王国商会ギルド『大陸のへそ』の副長、ミハエリスと申します。主な取扱品は日用品から食料品、武器や防具、買いでも売りでもご入用の際は是非うちの商会へ」
ウェーブのかかった艶のある髪を揺らして、丁寧に磨かれた革靴を鳴らしながらミハエリスが一礼する。
芝居がかった言い回しといい、値踏みするような目つきといいどことなく信用の置けなさが漂っていた。愛想はいいが、なんとなく腹の底が読めない。そんな雰囲気だ。
「おい、言っとくが……そいつは俺のツレだぞ」
「わかってるとも、イレイネ嬢からもよろしくと書かれていたしね」
「じゃあそんな挨拶いらねェだろ、客じゃねェんだから」
責めるような語調をとるオルドに、しかしミハエリスはにんまりと笑って返す。
「厭だな、俺の友人の連れ合いとくればこれくらいの挨拶はあって当然だろう? スーヤ殿、冒険者見習いとなれば必要なものがお有りでしょう。剣でも旅装でもご用意いたしますよ、その他にも鑑定業者や修理工への紹介もやってますので是非ご贔屓に」
「は、はぁ……」
金にがめつい商人、というよりは胡散臭いセールスマンという印象の男は、ニコリと歯を見せて俺に微笑む。
オルドはそんな俺の後ろに立ったまま、ミハエリスの前だというのに堂々と前屈みになってこそりと俺に耳打ちする。
「……どうやら気に入られたみてェだな」
「気に入られたって……?」
「言ったろ、商人なんて冒険者のことを便利な商売相手くらいにしか思ってねえって。こいつもな、自分にとって益のある相手には友好的だが……お眼鏡に叶わねえとがらりと手の平を返すような奴でな、あまり信用しすぎねェほうがいい」
そんな冷血な人間がいるのかと疑ってしまうものの、俺に向ける視線や台詞の端々からデリカシーのなさを感じつつも丁寧な語調を保つ慇懃無礼な伊達男の態度がオルドの忠告に説得力をもたらしていた。
堂々と内緒話をする俺とオルドを前に、しかしミハエリスはそれでも笑顔を崩さない。
「商談はお済みかな? オルドが何を言ったのかわからないが、三神に誓って俺はお客様の力になりたいと思っているだけだからあまり誤解しないで欲しいな」
「フン、客の力になりてェんなら慈善家にでもなったらどうだ」
「ははは、それはそうだ! しかし生憎俺には養うべき従業員たちがいてね、その考えは退職後の参考にさせていただこう」
オルドと言葉を交わすその様子は、親しげというよりはむしろお互いに遠慮がないように見える。
その光景に、なるほどデリカシーの無いもの同士がぶつかり合うとこういう関係になるのか、と一つ学びを得た。




