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ep115.商会ギルド『大陸のへそ』

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

「こんにちは。ベルン国商会ギルド、『大陸のへそ』へようこそ。本日は納品ですか? 引き取りですか?」

「あー、どっちでもねェんだ。副長は……ミハエリスの奴はいるか?」

「副長でしたら上階におりますが……」

「それなら、渡して欲しいものがあるんだが……スーヤ」


 ギルドに名前があるんだ! ゲームみてぇ! と感動していた俺は、オルドに言われて慌てて荷台の頭陀袋に手を伸ばす。

 口紐を緩めた袋の中から折り畳まれた羊皮紙を取り出して、まだ小学生くらいだろう茶髪の少年に手渡した。


「……あぁ、ミオーヌからの書簡ですね。では少々お待ちください」


 少年は紙を封する蜜蝋を一瞥して、それだけで用向きを理解したようだった。

 封筒に入れられたわけでもないふにゃふにゃの羊皮紙を片手に、踵を返して荷揚げ場の奥に見える階段へ小走りに消える背中を見届けて、俺は周りを見渡した。


「……へぇ……」


 岩肌がむき出しだった鉱山の採掘場も広かったが、この商会ギルドの荷揚げ場もそれなりの広さがあった。

 病院の受付入り口がそのまま一階部分になったような荷揚げ場は馬車が十台は停まれそうなスペースがあって、所狭しと人が作業しているにもかかわらず十分な広さと高めの天井のために開放感が保たれている。


 がちゃがちゃと音がするのは、板金や何らかの鉄の棒の類を馬車に詰め込む作業をしている男たちによるものだ。

 その他にも、白い麻袋を膨らませて積み上げられるたびに粉塵を巻き上げる小麦粉の袋や、複数人がかりで大きな樽にたっぷり詰められた作物などを荷台から下ろしていて、それに伴う物音や男衆の掛け声が絶えず響く活気に溢れていた。


 重荷を持ち上げる男衆の声、金属の擦れる音、繋がれたままの馬が鼻を震わせる音、散らかる馬糞を箒のような掃除用具で回収する小僧達の話し声。

 行ったことも働いたこともないが、日本の魚市場とか物流センターとかってこんな感じなのだろうか。

 異世界を通して現代日本のことを思うのはなんだか不思議な感覚で、俺はきょろきょろと辺りを見渡しながら、少年が消えていった奥の階段を見つめたままつまらなさそうに佇んでいるオルドに目を向けた。


「……なンだ、また何か聞きてェのか?」


 顔の向きを変えず、じろりと虎目が動いて俺を捉える。

 そういうわけじゃないけど、と前置きしつつ、せっかくなので聞いてみた。


「ここで働いてる知り合いがいるのか?」

「まァな」

「……オルド、意外と友達多いんだな」


 どういう意味だオイ、と目で訴えてくるのを躱すと、虎は嘆息交じりに続ける。


「友情なんかねェよ。あいつにも、俺にもな」

「え、そうなのか?」

「商人なんざ金になるなら友人でも売るようなやつらだぞ? 相場や金勘定に詳しいやつと繋がりがあると便利ってだけだ、向こうも魔物の魔石や遺物を持ち込んでくれる便利な冒険者程度にしか思ってねえだろうよ」


 そんなシビアな関係なのか。そうなんだ、と返事をしつつ遠くでリンゴを齧りながら片手間に木箱を荷台に積み上げる上半身裸の男の仕事ぶりを眺める。

 オルドの口振りから察するに、嫌悪こそしていないもののそこまで気を許しているというわけでもないようで、俺も少しばかり身構えてしまう。

 いや、でも商人って確かに金儲けのためなら手段を選ばないイメージがある。

 無駄を切り詰め、余計なことにはビタ一文使わないような守銭奴。

 俺はこれから来る副長というのがどんな男なのだろうと思って背筋が伸びるのを感じた。


 ややあって、オルドが「来たぞ」と言うのでその方向を見る。

 とん、とんと軽やかな足取りで無人の階段を下りてくる人影があった。

 襟ぐりが綺麗に整えられた、仕立ての良い長袖の服を着込んだスタイルの良い男が一人、荷揚げ場に姿を現した。

 浅黒い肌に、真ん中で分けた濃い茶髪は耳が隠れるほど長く、ゆるくパーマが入りながらも水で濡らしたような艶を携えている。


 荷揚げ場に降り立った彼は、俺たちが渡した文書を片手に油断のならない目つきで左右を見渡して……突如破顔してみせると近くでリンゴを食べながら作業している従業員に指を差して何事かを口にする。

 指された従業員はその言葉を受けて少しだけ背筋を伸ばしバツが悪そうに笑って返すと、上半身裸のまま肩を竦める。それから食べていたリンゴを馬に食わせて、集中した表情で作業に戻った。


 ここから見ていてもわかるほどの白い歯が印象的だった。

 それと同時に、従業員を注意したらしい今の一幕の間に見せた人当たりのよさそうな爽やかな笑みは、俺が思っていたイメージとはどこか違っていて戸惑ってしまう。


 真ん中分けの男は封の破られた見覚えのある文書を手に持ったまま少しだけ周囲を見回していて、その様子を見ていた俺と目が合った。

 男は最初は俺の黒髪に訝しむような目を向けていたが、隣に立つ巨体を認めるとニカッと笑ってつかつかと歩み寄ってくる。


 剣が届くくらいの距離まで男が近づいてくると、ふわりと石鹸のような香水のにおいがした。


本日はここまでとなります。次回更新は2/16です。

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