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ep114.商会ギルドまでの世間話

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

 中途半端な相槌を打っていた俺に、虎は「あとは、そうだな……」と話題を探すように頭をひねっている。

 いちいちあれこれ説明させるな、と言いたげな態度だったこの虎に話し好きな性分があるのはとっくにご存じだった。


「ああ、そうだ。魔石の話だが、魔物の体内から採れることもあるな。百足の報酬をもらうときにギルドで言ってただろ?」

「えっ。えーと……」

「なんだ、忘れたのか?」


 軽んじるような虎の目に、俺は思わず「覚えてるっての」と言い返す。

 確か、そうだ。百足の死骸を素材として売却する際に、魔石期待率とやらを勘定に入れられた気がする。


「あれは売却する魔物の体から魔石がどれくらいの確率で採れそうだっつぅ割合のことでな、獲物の体の大きさによって報酬に定数を乗算するギルドの決まり事なのさ。まあ一種のおまけみてェなもんだ」

「体から……って、魔物が食べた分ってことか?」

「いや、純粋に魔物の体内に生成されたもんだな。石っつうより結晶って言ったほうが正しいか、人間でも体内に石ができることがあるだろ」

「そんなこと……」


 あるわけないだろ、と言いかけて、やめた。厳密には石ではないが、体内の成分が結晶化することはあるな、と思ったからだ。

 寝たきり生活が続いていた頃、長期にわたって運動量が不足するために筋肉から抜け出たカルシウムが尿道に結石を作るかもしれない、とできる限り運動するようにと勧められたことを思い出した。

 この時代の、こんな文明の人間がそんなことをよく知っているなと驚きを隠せない俺に、オルドは何でもないことのように続ける。


「それと似たようなもんだが、純粋な結晶でもあるこいつはそこらで掘り出せる魔石とは比べ物にならんくらい高く売れる代物だ。俺も数回しかお目にかかったことがねェな」

「誰でも持ってるわけじゃないのか?」

「そりゃそうだろ。結晶化するほどの魔力に溢れてる魔物なんざよっぽど長生きしてるか尋常じゃねェ魔力を備えてるかのどっちかだ。まあ、稀にその辺の小物の体から採れることもあるが……そのためだけに内蔵を弄り回すのも、なあ?」


 この世界での魔物の血液は緑色だ。それだけでも触れるのにちょっと勇気がいるのに、その内臓を自ら検めるとなると気が引けてしまう。


 さらにオルドが言うには、その結晶を目当てに魔物を討伐し、その場で内臓を取り出し魔石を集めて回る稼業も存在するらしい。

 需要があるのは理解できるがその希少性故に目についた魔物を手当たり次第に殺して回るためその姿は緑色に染まりきっているそうで、赤色ならともかく緑色の返り血に濡れた姿は果たして恐ろしく映るのかどうかは想像もつかなかった。


 かっぽかっぽと歩く馬に無人の荷台を引いてもらいながら、俺とオルドは広場を抜けて右に曲がる。

 石畳がきっちり敷かれた地面は意外にもゴミ一つなく、路傍を流れる水路を流れる水音が賑やかな街を彩っているようだった。

 通りを更に歩きながら、ふと思いついて質問してみた。


「さっきの……魔物ののほうの魔石の話だけどさ、俺らが倒した百足にも魔石があったかもしれないんだよな?」

「そうだな、あったかもしれねェな。それどころか、お前が狩った猪にもな」


 希少なものが後になって発見されたら大損だろうに、オルドは拘泥した様子もなく頷く。

 そんな俺の言いたいことを察したのか、虎は先回りして応えた。


「ま、見つかってもすぐに売っ払われるようなこともねェだろうよ」

「そうなの?」

「あぁ。しばらくは俺名義で保管してもらえるはずだ、欲しけりゃ買い戻すこともできる」

「へぇ、そういうサービスもあるんだ」

「まァな。街の解体職人ならともかく、ギルドに解体を依頼するときの長所の一つだ」


 なるほどな、と思いつつ更に質問を繰り出す。


「百足の素材も預かってくれるんだよな、どれくらい預かっててくれるんだ?」

「あー、三十日程度だったかな。よく覚えてねェが……ひと月くらいで売却されちまうはずだな」

「勝手に売られちゃうのか? どこに売られるっていうんだよ」

「どこでも売れるだろ、それに売れた分はしっかりこっちに渡してくれるだけまだマシな方だ。事前に言えば残してもらえることもあるだろうが、それも保管料が掛かったはずだな」


 そうは言われても貴重な素材や簡単に手放せない大事なものを預けてうっかりそのまま忘れてしまったらと思うと、今取っておいてあるだろう百足の素材も早いところ引き取りに行かないとという気持ちになる。

 勝手に売却されてしまうなら一時保管所として扱うのが無難なところだろうか。俺も今後は冒険者としてあちこちを回るなら、所持品や貴重品の扱いについても考え物だった。


「そういう売られちゃ困るモノとか、オルドはどうしてるんだ?」


 聞かれた虎は、にやりと勝ち誇るような笑みを見せた。


「中位の資格を取りゃァ無料で倉庫を貸してもらえるンだよ。そこにまとめて置いてあるな」

「なにそれ、ズルじゃん!」

「なンとでも言え、見習いとは出来が違うのさ」


 その発言にムッとしたのは勝ち誇るように笑われたためでも、あるいはこちらを卑下するような物言いのためでもない。

 倉庫の有無とは関係なく、この虎との間に埋めがたい差のようなものを感じたからだ。


 外套の下に動かない両腕をブラつかせて、短いマズルの端から黄ばんだ牙を覗かせて笑うこの虎は、毎度のことながらこの世界では使えるだけでエリート扱いされる魔法を嗜む上に何百人に一人の資格を持つ格上冒険者であるとは到底思えない。


 確かに優秀で腕っ節も強く、いくつもの死線を超えてきただけのことはあるのだろうが、俺だってそれとは比べ物にならないくらい痛く苦しい思いをしてきたはずだ。

 冒険者としての研鑽の日々は、ただご都合的に死に続けた日々と比較できるようなものではない。

 そう知りながらも、彼我の差を明確に物語る冒険者としての位の違いを前になんだか負けたような気がして、俺は悔しさに満ちた目つきでオルドを見る。


「ふん、俺だってすぐにそれくらいになってやるさ。見習いなのも今の内だ!」

「おーがんばれ、楽しみに待っててやるよ」


 俺は街中の道路を手綱を引きながら、誠意の感じられない応援を口にする虎を強く睨んだ。

 しかしオルドはクツクツと意地悪く笑うだけで、絶対に無事に受かって合格の証を叩きつけてやると自分の中でモチベーションが燃え上がるのを感じる。


 しかし、この虎が冒険者として確かに俺より先を行っている事実は当然のことだと理解しているのに、自分だってそれくらい、と思ってしまうのはどのような理屈なのだろう。

 頭ではわかっているし、ちょっと前まで寝たきりだった自分が肩を並べられるわけないというのも承知の上なのに、それでもといきり立つ自分がいるのはどういうことなのか。

 まるで入院中に仲良くしていたほかの患者が自分より先に退院していってしまうような、あるいは何度挑んでも倒せないボスを相手にしている時のような。

 ……いや、それとはまたちょっと違うか。


 考え込む俺を他所に、虎が言う。


「……おう、見えたぞ」


 その声に、俺ははっと顔を上げる。

 視線の先に、何階建てかの大きな建物が聳え立っていた。

 一階部分は荷上場になっていて、いくつもの馬車が停まれるように主要な柱を除いて壁を取り払った開放的な入口が見える。


「冒険者が預けただけのものをどこで買い取ってもらえるんだって言ったな。逆だ、なンでも買い取っていくのさ、商会の連中はな」


 そう言ったオルドの声音は、まるでそれをよく知っているかのようだった。

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