ep112.美しき都
目標:錫食い鉱を王都に納品しろ
ミオーヌの町も栄えていると思ったが、王都はそれ以上の街並みだった。
広い通りは人が多く、行き交う馬車も多い点は共通しているが鉱山、および工芸の町として発展中のミオーヌと比べてベルン王都の街並みからはしっかりと整備されているという印象を受ける。
それは偏に肉体労働者の多寡だったり、ぎっしりと街一面に敷かれた石畳から受ける印象だったりするのだろうが、通りに屋台や露天商が見えないことから馬車がすれ違いつつも人々が立ち止まることなく通行できるスムーズな交通からははっきりとした差を感じずにはいられない。
左右を民家に囲まれた目抜き通りは広場に接続しているようで、道の先は開けているのがわかる。
今まで訪れたどの町よりも活気があるばかりか美しい街並みだと感じたのは、街を眺める俺が感じた清潔感のためだろう。
赤い洋瓦を葺いた三角屋根に煙突を備え壁に大きな窓をはめ込んだようなレンガ調の家構えは現代でも通用しそうだし、こうして通りを歩くだけでも明らかに労働者階級とは一線を画す仕立てのいい礼服に身を包んだ貴族が散見される。
それ以外にも、ミオーヌではあまり見かけなかったこれぞという感じの居室を構えた馬車が路上に停まっていたり、この城下町の住人らしい人々の身なりや衣服が泥や煤で汚れることなく清潔であるために、街全体から気品のようなものが漂っていることは間違いなかった。
ただの松明を焚いて街灯としていたミオーヌやモイリの村と違い、等間隔に建った街灯には吊り下げ型のランプが備わっている。
風除けのガラスに囲まれながら鉄の装飾を施された下空きランプはそれ単体で趣のある美しい調度品のようで、石畳と合わさって抜群の景観を演出していた。
その賑わいと情緒ある街並みも俺を驚かせたが、南の門から続く通りを上りながら街中を水路が通っていることに一番驚いた。
しかもそれも下水などではなく、窪んだ石張りの用水路を限りなく澄んで清い水が通るものだからこの時代に水道が、と物珍しそうにしている俺にオルドが言う。
「来るときに川があっただろ、あれをもっと上流からここまで引いてきてるンだと」
その河川工事の規模と労力を考えると、素人ながらはたしてこの時代に可能なものなのかと疑ってしまうが、目の前に存在する以上疑いようがない。
手綱を引く馬が首を垂れて水路を嗅ぐように俯きながらぶるる、と鼻を鳴らしたので、素朴な疑問をぶつけてみる。
「これ、そのまま飲める水なのか?」
「ここではやめとけ、どっかで誰かがションベンしてるかもしれねェしな」
等しい大きさの石畳を規則正しく並べた道を歩いている俺は、この都の住人はそんなことを言われたら怒るに違いないだろうなと思って肝を冷やした。
「ここでは、って? 他に水場みたいなのがあるのか?」
「そこかしこにあるだろ。ほれ」
隣を歩くオルドが、建物の間を親指で指差す。
そちらに視線を向けると、足元を流れている用水路が分岐して近くの民家の間を通り……俺は再び驚いた。
見間違いでなければ、あるいは認識違いでなければ……水の噴き出る噴水台がそこにあったからだ。
巨大な石鉢に似た噴水台は街中を網の目状に走る用水路を束ねていて、注がれ集まった水を蛇口を上に向けたように逆さに噴き出し飛沫を上げていた。
噴き上げている水が溜まって石鉢の中はちょっとした泉のようになっていて、住人だろう女性が傍で談笑していたり、小間使いらしい小僧が水を桶に汲んで去っていくのが見える。
「な、何あれ……噴水?」
「何って、見ての通り水場だな。ま、ここの水回りは他国と比べても変わってる部類に入るから信じられンだろうが……あれがここの連中の井戸代わりってわけだ」
通りを歩きながら見ていると、主婦や水汲みの男の間を縫って駆け寄ってきた子供達が水面を手で掬って口にして、かと思えば飛沫を上げながら水を掛けあってじゃれ合いながら走り去って行く。
川から流している生水であることに変わりはないだろうに、どうしてあそこなら飲んでいいと言ったのか。
いやそもそも、どうして低い位置を流れている水が高い位置に溜まって吹き上げているのか。
「言っとくが、仕組みのことは俺に聞くなよ」
機先を制したオルドに目を向けると、俺はよほど残念そうな顔をしていたのか虎の厳つい顔が面食らうのがわかった。
「あのな、一国の街づくりの仕組みが俺にわかるワケねェだろ」
「それは……そうだよな」
一介の冒険者である虎が何でもかんでも知っているわけもないし、どういう仕組みなのかをいちいち気にしても仕方がないというのは事実で、俺は大人しく引き下がることにした。
虎は馬の手綱を引いて歩く俺を一瞥して、せめて知っていることはという具合で言葉を返す。
「……ただ、そうだな、魔石を使ってるっつぅのは聞いたことあるがそれも憶測でしかねェからなァ」
「ませき?」
俺が聞き返すのを見て、オルドはしまったという顔をした。
そういえば魔石といえばミオーヌの町でも頻出していた単語のはずだ。ゲームや漫画なんかじゃそのまま魔力の込められた石、という印象が強いが、果たしてこの世界でもそれは共通しているのか。あるいは、俺のイメージ通りだとしたらどうしてそれが水場の噴水を作るのか。
俺を納得させるための文句が藪蛇となって新たな疑問を生み出してしまったことについて苦い顔をして、しかしその顔色はすぐにコイツが魔石なんて知ってるわけもねえよなとでも言いたげな諦観に変わる。
俺が興味ありげに見つめる視線を受け流して、虎ははぁっと溜息を吐いた。
「相変わらず専門じゃねェからな、詳しいことは聞くンじゃねェぞ」
そう前置きしてから、オルドはいつものように話してくれた。




