ep111.ようこそベルン王都へ
目標:錫食い鉱を王都に納品しろ
ベルン王国は、元々は小高い丘に建った小さな砦から始まった。
神代の終わり、人が人のみでその歴史を歩み出した頃、魔物や人との争いが絶えなかった頃の話だ。
温暖な気候の草原に暮らしていた当時のベルン市民は争いを好まぬ、温和な遊牧の民だという。
故に戦に弱く、魔物に逃げ惑い、身を寄せ合うようにこの地に集った人々は一人の男によって導かれた。
神の子を名乗る男は、逃げるだけの民に周囲を囲む平野を一望するような砦を与え、武器と知恵を授け、あらゆる防衛網を敷いた。
自分たちの住まう豊かな大地を追われるばかりの民に自由を望む心と、神の名の下に集い戦うことの誇りを与えた。
いつしか蛮族や魔物を寄せ付けぬ難攻不落の砦の下には志を同じくする仲間が集まり、小さな村を、そして町を興していく。
当時の言い伝えは国内の諸侯貴族にいくつも伝わっており、それによれば名のある貴族や領主は過去ベルンの国を創始した歴史ある民の血族だという。
このことから、過去から現代に渡るまで血を重んずる貴族同士の結びつきは固く、それだけでなく神の名の下に集いお互いを助け合うことで国を守り抜いてきた民同士の仲間意識は非常に強い。
それでも国内ではいくつかの貴族の領地争いや後継者による相続争いはあるものの、国同士の大規模な争乱からはここ数年程遠く、歴史書によれば戦争の記録はおよそ数十年前に終結した北のニル国の挙兵に対する領土防衛戦が最後だった。
それ以前にも幾つかの争いはあったようだが、四方を囲まれた国なれど神代の頃から備わっている敵に立ち向かうための団結の力がいくつもの侵攻を跳ね除け、時にその豊かさと人々の力を武器に生まれの異なる者とも手を組み困難を乗り越えてきた。
神から授けられた戦と武器を代々受け継ぐとされる騎士を始め、草原の自然の理を理解し操るために編み出された魔法の力を基にした国力は他者にけして支配されることはなく、そしてその豊かさは大陸一の強国ともされる西のバルテイユ皇国に認められ、今では恒久的な和平を結び互いに良き友として国交を結んでいる。
現在は四方の各国とも友好、あるいは中立的な外交政策を敷いており、その立地のために交易の都としても栄えていた。
最初は砦から始まった国は、今では城下に広がる穏やかで美しい街並みを一望する城を構えた優美で豊かな王の都として知られている。
己の国を興した一族が神の血を引くことを誇りに思い、そして自分達の祖先がその導きを受けて今日までの豊かさがあることに感謝し暮らす民と穏やかな国を、詩人はこう謡っている。
神に導かれしベルンの民は、草原に生きる獅子のごとく、誇り高く苦難に強い。
神の造りしベルンの国は、自然のもたらす恵みのごとく、汝の良き友と安寧に満ちている、と。
街への入り口は東西南北にそれぞれ設けられているようで、街を取り囲む数メートルほどの石壁にぽっかりと開けられた入り口を潜り抜けるときに言われてここが南門であることを知った。
入都の際に、市壁よりも高い見張り塔を備えた衛兵の小屋に馬車を含めた通行料を払って、オルドはいつものように冒険者証を提示して俺のことをその連れだと紹介する。
それだけでなく、イレイネから預かった蜜蝋のされた書類を見せると、ミオーヌからの荷運びということで比較的スムーズに通行許可が下りることとなる。
しかし決まりごとなのか、手荷物や積み荷の検査は行われた。俺達の積み荷と服装を無機質に検める装備の良い衛兵は俺が冒険者見習いであると知ると、慣れたことのようにこう言った。
「あんたも冒険者試験目当てか?」
それには軽く頷いて、「そうです」なんて言って返す。面頬を下ろして表情の読めない衛兵はやれやれと言った様子で気だるげに続ける。
「今年はやけに多いな……言っとくが、騒ぎだけは起こすんじゃないぞ。ここ最近はただでさえピリついてるんだ」
「……何かあったんですか?」
聞き返されるとは思ってなかったのか、衛兵は兜の下でぎょろりと光る目を少しだけ丸くする。それから中位冒険者としての証を出したままのオルドを一瞥して、話し始めた。
「つい先日だが、国王が病に伏せられたそうでな……もう御年だからそろそろだろうと言われてはいたが、それに合わせての後継者争いの噂で最近は持ちきりなんだ」
「後継者……次の王様が誰かって話ですか?」
「あぁ。……あんた、この辺の生まれじゃないだろ?」
髪の色を見られて、俺は思わず強張る。しかし目元の見えない衛兵は「いいって、いちいち素性まで調べるような給料はもらってねえからな」と装備のイメージとは裏腹に軽薄そうに続ける。
「知らんだろうが、王にはお世継ぎが三人いてな……順当に行けば長男でもある第一位のルドルフ様が継ぐだろうがここに来て第三王子のアルフレド様がよからぬ動きをしているって話でな、これまで王位になんて興味なかった放蕩息子が今更どうしてってみんな不安なのさ。国王が伏せったのもアルフレド様の仕業に違いない、なんて言い出す奴もいてなぁ」
頬のこけた衛兵は意外にも気さくな調子でそう語るので、話好きな性分なのかもしれない。
どこかで聞いたことのあるような政治劇のさわりを聞かされた俺は軽く相槌を打ちつつ、王子や王様ってどのような人物なのかを聞こうとしたところで、張り詰めた弦のように凛とした声が投げかけられる。
「ヒューイ、いつまで話している。くだらん噂話を流布するのがお前の仕事か?」
「うわッとと、いけねぇ。やだなぁ先輩、聞かれたんで答えてただけっすよ。ベルン騎士として隣人には親切にしないと、なあ坊主。俺の親切はありがたかっただろ?」
慌てて振り返る衛兵に倣ってそちらに目を向けた俺は、ぎょっとした。
口ぶりから察するにこの軽薄そうな衛兵の先輩兼上司らしい声の主は、豊かな羽毛を携えた翼を持つ……鷹の獣人だったからだ。
いや、この場合鳥人というべきなのか? ともかく。
俺の視線に気づいた鷹は、猛禽類らしく胸を張ったまま鋭い目を俺に向けると、嘴の付け根の鼻をフンと忌々しそうに鳴らす。
「何を見ている外国人、通行許可以外の用向きがあるなら詰所で聞くが?」
剣呑な物言いに腹が立たないわけではないが、喧嘩を売りたいわけではない。
好奇の目に晒されることがどれくらい不愉快かを理解しておきながらそんな目を向けた俺が悪いのも理解しているので、素直に頭を下げた。
「い、いや、すいません。綺麗な羽だなと思ったので、つい」
甲冑を着込んだ衛兵と違って、最低限心臓を守る胸当てに腿まである膝当て付きの足具程度の装備しかしていない鷹は、俺の言葉を聞いて鋭い目を僅かに見開くと翼をばさりと動かした。
「……ヒト風情が、私を羽毛扱いか?」
「あっ、いや、そういうわけじゃなくて……」
「さっさと通るがいい、仕事の邪魔だ」
がしゃん、と足を覆う装甲を鳴らして鷹は踵を返す。足先はオルドと同じように人と同じ形をして見えたが、装甲に覆われていて詳細にはわからなかった。
去っていく背中の翼を見ていた俺に、傍にいた衛兵がしたり顔で囁く。
「ナイスだぜ坊主、先輩はあぁ見えても見知らぬ人に羽を褒められるのが嬉しくてな。ご機嫌取りしてくれたおかげでどやされずに済んだぜ」
「ヒューイ、お前はこっちで私がいいと言うまで立っていろ」
ぴしゃりと咎める声に「うげッ」と衛兵が肩を落とすので、果たしてあの鷹が本当に機嫌を良くしたかどうかはわからない。
わからないが、こっちまで被害が来る前にとっとと通過してしまおう。俺は馬車まで戻って、御者台から降りて欠伸していたオルドに言う。
「お待たせ、行こうか」
「ふあぁ……長かったな、なンかあったのか?」
御者台を降りて先導するように手綱を引く俺は、少し悩んでから、先程聞いた国王達の事情についてオルドに説明しつつ尋ねてみた。
しかしオルドも初耳だったようで、「放蕩息子っつぅ第三王子がいるのは知ってるが、国王がそんな調子だとはなァ」と暢気な感想を言うだけで有力な情報は得られそうになかった。
その他にも王族について気になることはあったが、幅のある石門を潜り抜けた俺はやっと辿り着いた王都の街並みを目にして一瞬で興味の対象を移してしまうのだった。
本日はここまでとなります。次回更新は2/12です。
ついに王都まで来ました!これからもどんどん冒険は続きます、お楽しみに……!




