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ep110.鈍感系

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

 オルドの持っていた地図で見た限り、俺達が渡った橋と川からは王都まであと少しというくらいで、その縮尺にもよるだろうが全体行程の残り四分の一ほどに差し迫っていた。

 相変わらず続く街道も、心なしかモイリの村やミオーヌを出たときよりしっかりと踏み固められているようで、馬の足取りも軽やかに感じた。

 かっぽかっぽと早足で進む馬に引かれて、荷馬車がそれなりの速度でごとごとと駆けていく。

 まだ出発して数時間だが、夕方前には着きそうだというオルドの見解を聞きつつ、俺は到着後の予定について話し合うことにした。


「着いたらまず商会に馬を返しに行くんだよな、またその間に宿取っておくか?」

「いや、こんな重てェ石を宿にまで持ち運ぶのもかったるいだろ。そのまま奴のとこまで行ってとっとと仕事を終わらせちまおうぜ」


 虎が言うので、俺もちらりと荷台を見る。まるでスイカか何かのように縄を張って縛られた鉱石はバスケットボール大のサイズだがずっしりと重く、確かに持ち歩くのに苦労しそうだった。

 というか、馬車を預かったときは既に積まれていたからともかくとして、オルドの腕が動かない以上それを持ち運ぶのってつまりは。


「……もしかして、俺が持ち運ぶのか?」

「ま、ギルドにそのまま預けておくのもアリだと思うがな」


 あからさまに不安そうな俺に軽い調子でそう言うので、俺は思わず胸を撫で下ろした。


「ユールラクスの奴に自分で取りに行くよう報告だけして……あとは契約外の討伐についても文句言っとかねェと」

「それは……うん、オルドに任せた」


 契約外とはいえ、うまいこと一杯食わされたのは俺達の方だ。やむを得ないというか、飲むしかない状況だったことを除いても、あのエルフが俺達より一枚上手だったことは間違いない。

 加えて色々と面倒を見てもらったことや、俺の嘘について見抜かれていそうな気まずさもあって、なんとなくそこまでする勇気が出ない俺を虎がじろりと睨む。

 お前も遠慮せず殴れと言っているようなその目を受け流す俺に、オルドが続ける。


「なンでもいいが、今日はとりあえずそんなモンだな。動くのは明日からだ、俺は腕を診てもらいに行こうと思ったが……お前はどうする?」

「えっ、あー……まあ、場所だけ教えてもらって一人で冒険者ギルドに行こうかな、試験について色々聞いておきたいし」

「剣の問題はいいのか」


 忘れてた。オルドの馴染みの鍛冶職人が王都にいるって話だったなと思い出しつつ、悩む素振りで答える。


「腕の治療って、どんくらいかかるもんなんだ?」

「いつもなら、何日間かに渡って通うことになるな。一回で数時間は掛かるが、一日中ってこたねェと思うぜ」

「あー、じゃあその後でいいかな。そっち優先してもらって、オルドの通院が終わったら二人で行ってみる?」

「お前がいいンならいいンじゃねェか」


 それはそうなんだよな、冒険者試験というものを控えている手前、早いとこ新しい剣を手にして慣れておきたい気持ちはどうしてもある。

 あまり悠長に構えてられないのはそうだが、しかし焦っても仕方がないという思いもある。剣なんてどれをどう使っても同じだろと甘く見ている節もあって、俺はオルドに頷いた。


「平気……だと思う、まあ冒険者試験がいつから始まるのかにもよるけど、いざとなったらその辺りの店で一本買うから大丈夫!」


 おいおい、と言いたげにオルドが動かない肩を竦める。おすすめの鍛冶職人さんの打ったものを一本購入して旅の相棒として愛用としたい気持ちはあるが、受付した翌日が試験日という可能性も捨てきれない以上、背に腹は代えられないだろう。

 剣なんてどれも一緒……とまでは言わないが、そのひと振りだけにしかない個性なんて少ないだろうし大体は共通している技術でカバーできるはずだ。力強く頷く俺に、オルドはそれ以上何も言わずに話を続ける。


「ま、いいけどな……そンじゃ後は泊まるとこだな。俺は馴染みの宿にでも行くが……お前は下手に金使うよりユールラクスに言って私室でも貸してもらえばいいンじゃねェか」

「えっ」


 一緒に泊まらないのか、と言おうとして、しかしそれも当然かと思って飲み込んだ。

 この鉱石を納品してしまえば、もっと言えば王都に着いた時点で俺達の仕事仲間としての関係は終わりだ。更に到着してからもお互い目的があるのに、そこをわざわざ一緒にいるような必要はないだろう。

 しかしこれまで半月ほど寝食を共にしただけなのに、何となく惜別の念が押し寄せてくるようで、俺は努めて平常通りに言葉を続ける。


「うーん……ユールラクスさんにそこまで甘えてもいいのかなぁ」

「いいに決まってンだろ、むしろ俺だって腕の治療代請求するくれェだからな。どうせこの鉱石だってとんでもねェ品に決まってンだ、お前ももらっとけ」

「オルドは……元々の借金でチャラじゃないか?」


 金貨二百枚ほどの借金と引き換えに両腕が麻痺する、と言えば確かにちょっと代償としては重いだろうが、あの銀髪エルフがその辺りの補填をしてくれるようなイメージは……いや、ネコ科には結局甘そうだし出してくれそうだなと思った。


「じゃあ、何かあったらユールラクスさん経由か、冒険者ギルドで会う感じになるかな」

「おう。ま、俺も治るまでは滞在の予定だからな」


 それを聞いて、これからの俺はこの虎抜きで生活していかなければならないんだと身が引き締まる。


 これが俺の冒険者としての、第二の人生の一歩目だ。

 神の遣いだなんだとか言われていたけど、ようやくここまで来たんだ。

 短いようで、長かったような。日数にしてみたらそこまでないのだろうが、初めての経験だらけの日々は濃密で一生忘れられないように思えた。


 虎はちらりと俺を一瞥した後で、遠くを見るように前に向き直る。

 その目は何かを探しているように泳いでいるが、それに続いて前を向いた俺はついにそれを視界に捉えた。


「……なァ。お前さんが暇ならよ、俺の腕が治ったらまた……」

「オルド、王都ってアレか?! 城じゃん城! でっけえんだな!?」


 一体いつから見えていたのか、あるいは最初から見えていたものが明確に浮かび上がってきたのか、見えてきた城の輪郭に俺は目を輝かせる。


 小山に建てられた城は、平原を走りながらも見上げられるほどの存在感を放っていて、いかにもヨーロッパの城っぽい尖った屋根を備えている。

 しかしただ屋根の尖った四角い建造物というだけでなく四方に屋根より高い塔が建てられていて、荘厳さと同時に物々しさを感じさせた。

 小高い位置にある城は、その麓に広がる広大な城下町に囲まれながらも人間が越えられないような高さの城壁にその姿を隠しており、この時代と文明にこのレベルの建造物があるのかと驚愕した。


 それと同時に、まさに使命を受けた勇者や非業の運命にある王子などが誕生しそうなファンタジックな見た目に感動してしまい、俺は手綱を握る手が揺れるのも気にせず隣にいるオルドに話しかける。


「えっ、ごめん、今なんか言ってたか?」

「はァ? 気のせいじゃねェか」

「……な、なんで怒ってんの?」


 ようやく見えた旅の終わり、そして冒険者としての始まりの予感に俺は胸を弾ませる。

 しかし、結局城下町に入るまで隣の虎が不機嫌そうに尻尾で御者台を叩いていた理由はわからずじまいだった。

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