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ep10.ゲームスタート

目標:異世界に向かえ

 聖堂、なんて大それた名前をつけるわりには寂れた石造りの祠だなと思った。

 視界が揺らいで、一瞬立ち眩んだかと思った俺は気づけばそんな建物の中にいて、思わずきょろきょろと周りを見渡してしまう。

 が、一斉に注がれる刺すような視線に気づいて、すぐに居住まいを正した。


 複数人の男女が円を作るように向かい合って立っていて、どうやら俺はその一団としてそこに立っているらしかった。

 石畳のような地面が俺達に取り囲まれた円の中心で穏やかに発光していて、その明かりでおぼろげに照らされて見えたシルエットに感動してしまった。

 久しぶりにまともな人間の姿を見たと仲間意識を抱きそうになるが、しかしそれも一瞬のことだった。


 等間隔に並んで円を作る彼らの後ろに大きな影がまるで我が子を見守る親のように立っているのに気づく。

 ちらりと肩越しに後ろを見れば、明らかに俺の背後にも見知った気配が佇んでいた。


 明らかに死後の世界に似つかわしくない現代人らしい見た目もあって、この男女が自分と同じ神の遣いであることは一目瞭然だった。

 これからこいつらと顔を合わせたが最後、どちらかが勝つまで殺し合うのだと思うと僅かに体が強張った。

 現れた俺だけでなく、他の参加者にも警戒するような目を向けているのは皆同じなようで、とてもじゃないが友好的な態度とは言い難い。

 一体それぞれの神の下でどのような説明をされたのかわからないが、明らかに全員が互いに戦い合うことを想定した態度であることは間違いなかった。


 そんな状況にある俺達の間に会話などあるはずもない。

 俺は黙したまま参加者を観察しつつその数を数えて、既に十一人が揃っているのに気づく。

 もしかして自分が最後だったのではと思ったところで非難するような女の声が響いた。


「アレスちゃんおっそぉい! 一番最後だよン!!」

「許せ。我が遣いを選定するのに時間が掛かってな」


 声は、参加者然として円を作って立つ俺達から少し遠ざかったところから発せられていた。

 人らしいシルエットが暗がりの中に浮かび上がっていたが、光源が足元の光る床だけなのでその姿までは仔細には見えない。


「許せ、じゃないわよン! 百八時間も待たせてくれちゃって! あなたっていつもそう、他の神に迷惑をかけてるのにどこ吹く風で堂々としてるのよね! 少しは申し訳なさそうにするのがスジってモンじゃないのン!?」

「やめないかペルセポネ、人の子の前だぞ」


 どうにも人間臭くヒステリックに喚く女の声を、よく通る男の声が諫めた。

 声は俺の対角線上に立つ、ランニング途中のような運動服を召した黒髪の男性の背後から聞こえていた。

 アジア系の顔立ちで、自信に溢れる笑みを口元に浮かべている彼はもしかして同じ日本人なのではないかと思ってそわそわしてしまう。

 精悍な顔つきは俺とそう歳は変わらないように見えるが、肉付きの良い体に健康そうな短髪と日に焼けた肌もあって一流のスポーツマンらしい雰囲気を発していた。


「アレスのやつが気に食わないのはわかるが、人の子の前でそのように声を荒げるな。ぬしに神としての矜持はないのか?」

「なによン、アポちゃんだってビリから二番目のくせに真面目ぶらないでよン!」

「ぐッ……い、いやそれとこれとは話が別で……」

「ふふ、兄さまは昔から自分のことを棚上げするのはお上手ですものね」


 今度は俺の二つ隣、パーカーのフードを被ったままの女の子の背後から声がした。

 おっとりとしながら、どこか剣呑さを孕んだ声はこちらの背筋を正すような圧がある。その遣いらしいパーカーの女はフードからこぼれた金髪を揺らして、気にした様子もなくチェックのプリーツスカートの折りあとを手慰みに触っていた。


「あ、アルテミス。ぬしまで何をッ」

「何かおかしいですか? いつもそうでしょう、お父様に愛されてるからって自分は何にも悪くないみたいな顔をして。今回だってそうなんでしょう? そんな澄ました顔でこんな茶番なんて回りくどいことなさって……主神の座が欲しいならそうと言えば、」

「ダメ、それ以上いけない。人の子に聞かせていいラインを超えてる」


 黒いボブカットに紺のセーラー服姿の小柄な女子……の背後から凛とした声が響く。

 微かに窺える怯えた表情と丸まった背筋からはどこか気が弱そうな印象を受けた。


 あぁ、これあれか。漫画とかでよくあるやつだ。

 組織のメンバーとか幹部なんかが口喧嘩したり会議してる態で順番に喋ってキャラ紹介してくるやつか。あいつは四天王の中でも最弱、とか言って初めて名前が出るキャラがいるやつだ。

 現実にあるんだなぁ、いや俺はもう死んでるから現実ではないのかもしれないけど、なんて俺は他人事のようにそれを聞いていた。


「これは私たちの問題。人の子にそれ以上のことを語る必要はない、ただ戦ってもらう、それだけ」

「あれ、そうなのかい? 僕はそれも含めてとっくに話しちゃったんだけど」

「えッ」

「だって当然だろ? デメテルは僕らの問題って言ったけど……その通り、僕らの都合で人の子を巻き込んでるんだから。主神の儀が行われるきっかけについても教えとくべきじゃない?」


 カジュアルなジャケットに七分丈のパンツという、まるでモデル雑誌からそのまま抜け出してきたような切れ長の目をした男の背後から飄々とした声が響いた。みすぼらしい入院着に裸足姿の自分の格好と見比べて、軽い羞恥を覚えた。

 説明義務を主張するような言い分にはその通りだと頷く一方で、この代理戦争……主神の儀とやらにきっかけがあるのかと眉をひそめる。


 俺はてっきり、定期的に人を呼んで戦わせているのだと思ったがさっき窘められた女性の声や、飄々とした男性の声を聞く限りどうやら今回のことはイレギュラーな出来事らしい。

 そして、何故行われるか、という点に関しては俺も聞けずじまいだったので気になるところだった。


 声はそのまま、「どうだいペルセポネ」と投げかけて、円から離れたところから小さく溜め息が聞こえた。


「……まぁ、あたしも気持ち的にはデメちゃんと一緒で隠しておきたいんだけど、確かにヘルメっちゃんの言う通りかもねン。聞いてない子がいるならちょうどいいわ、あなたたちにも知っておいてもらおうかしら。あたし達の事情を」


 そうして、ペルセポネという名前らしいの女の声が話し始めた。


 元々神というのは地上にあった。

 母なる神が作りし大地とその血族たる神々は人と異なる力を持っていて、その力で人を助け、時に敵対し共に支え合って生きてきた。

 神なくして生きていけない小さな命は、しかし神の庇護を離れてその歴史を歩み始める。これを受けて、神は神代の終わりを悟り地上ではなく遥かな空から人を見守ることを約束し、天に住まうことを決めた。

 ここにいる十二の神々はこの神々の世界を作り上げる際に携わった神で、主神というのはこの神の世界を担う役割を持つらしい。


 だが、最初にこの神の世界を作った主神であるゼウスが、ある日突然神の世界から姿を消したというのだ。

 神の世界を、あるいは異なる世界をあちこち探し回っても見つからず、手が尽きた神々は当座の主神を改めて取り決めることとなったが、イレギュラーな事態のために誰が担うかがまとまらず、あとは俺が聞いたような代理戦争の形に落ち着いた、ということらしい。


「ま、ゼウスちゃんが見つかればすぐなんだけど……ずっと見つからないからあちこちガタが来ちゃってるし、もういい加減に代理でもいいからトップを立ててくれって下からの苦情が酷くってねぇン。早いハナシ、あたし達の内ゲバに付き合ってもらいたいのよねン」


 神様って言ってもそういう組織構造は人間と変わらないんだな。

 俺は何となく、人間臭く弱音を吐く声の主が中間管理職に苦しむ会社員のように思えた。


 確かに言い含められていた話とも辻褄は合う。いなくなった主神のために神々の遣いを集めて、次の主神を担う神を決めるためのバトルロイヤル。

 元々消えゆくだけの魂なのだから今更参加する意思が変わるようなこともないが、内ゲバに付き合わされていると聞くと途端に肩透かしというか、巻き込まれただけという当事者感が薄れるような気がした。

 もともと戦いあうことにモチベーションなどないが、思ったよりせせこましい理由と目的に俺の中の異世界転生の壮大なイメージががらがらと音を立てて崩れていくようだった。


 というかそういうことは俺にも教えろよと思って肩越しに後ろを見ると、こちらをじっと見る獅子と目が合った。

 薄暗いが自信満々な様子がはっきりとわかるその白いネコ面は、聞かれなかったからなと言っているようで無性に腹が立った。いや、もしくは、知らないと言っただろう、というところか。

 どちらにせよ、その開き直った態度に俺はやっぱり一回くらいぶっ殺しておくべきだったと、今になって強く後悔した。


「あーあー! ほら~だから言いたくなかったのよねン、意気消沈ンしちゃうでしょ! ヘルメっちゃんが余計なこと言わなければ黙っておいたのに!」

「あっはは。でも僕以外の何人かも話してそうだけどねぇそれくらいのこと。まあでも、君たちの役目に変わりはないから安心して戦い合って欲しいな。見返りは……あんまり期待しないで欲しいんだけど、出来る限りいいものを用意することを約束するよ。それを勝ち取るための力もあげたしね」


 勝ち残った報酬に何が出るかというのは一貫して知らされてないんだなと思いつつ、俺は男の声に眉をひそめた。


 力をあげた、ということはやはりここにいる全員、俺と同じように神に殺され続けてきたのだろうか?

 そう思うと戒めたはずの仲間意識が芽生えそうになるが、周囲の男女が互いを牽制し合う厳しい目つきは依然そのままで俺は緩みかけた気を引き締める。


「はいはい! じゃあちょっと盛り下がっちゃったけど待ちに待った異世界転生のお時間ですよン! いいですかみなさン! 場所はなるべく被らないようにしますけど、送り届けられた先で信じられるのは自分のみですよン!」


 ぱんぱんと手を鳴らして、女の声が仕切り直しとばかりにわざとらしく明るく声を張り上げる。


 周りの参加者もわかりやすく背筋を正すのがわかって、いよいよか、と俺も気持ちを落ち着かせるように深く息を吐いた。

 少しだけ緊張に手が強張るのがわかる。これから死地に赴く兵士のような心境だったが、何故か不思議と心は凪いでいた。

 殺されすぎて感覚がおかしくなってるのかもな、と自嘲する俺は視線を感じて周りを見渡す。


 すると、鋭い目つきをした男女の中で、一人だけじっと俺に目を向ける女子がいることに気がつく。

 肩まである茶色いショートヘアーにオーバーオール姿の元気そうな彼女は俺と目が合うと少し驚いたような顔をして、しかし控えめに笑ってまるで知り合いにでも会ったようにひらひらと手を振った。


 誰だ? 実はどこかで会ったことある……なんてあるわけもない。

 俺は入学式すらリモート参加するような入院生活をしてたので親しげに挨拶してくる女子の知り合いなんていないはずだ。それこそ小児科の幼児相手なら少しくらい交流があったが、その姿にはまったく覚えがなかった。

 同じ病室で、とかあるいは同じ病院に、とかあらゆる可能性を模索したが、どれもピンと来ない。

 単に目が合ったから友好性をアピールするために手を振ってきただけかもしれない、と考えて。


 それで、ふと思った。

 薄暗かったり、顔がはっきり見えなかったりで気づかなかったが……参加者、全員が日本人じゃないか?

 改めて参加者の顔ぶれを確認しようとして、声が響く。


「さあ一斉に行きますわよン! 向かう先は母なるガイアが生みし始まりの地! 此度の主神の儀、監督神はこのペルセポネが務めましょう! それではみなさん、いってらっしゃい! 良い異世界ライフを!」


 確かめるような時間はなかった。

 それどころか心の準備をする暇もなく、ペルセポネが鼓舞するように声を張ると薄く光を放っていた床がたちまち眩く輝き始める。


 ひとまず参加者の謎は棚上げして、そもそも遣いとしての戦いなんてやる気のない俺は頭の中で行動方針を整理する。

 向こうに飛ばされたらまずここにいる連中とはなるべく出会わないことを第一に、信頼できそうな人に事情を話して衣食住を確保する。

 それから身の振り方を考えるべく正体は隠しつつ、酒場でもなんでもいいからその時代に生きる人から情報を集めたら職業は冒険者とかになって、見知らぬ土地を誰かとあちこち旅して気ままなファンタジー生活を送るのだ。


 空飛ぶ竜を目にしたり、魔法の力なんかに驚いたりして、仲間を作って旅をする。

 せっかくつかみ取った第二の人生なんだ、そんな子供が見るような冒険者ライフを実現してみせる。

 遣いの使命なんて、戦いあう運命なんて知ったこっちゃない。あれだけ俺を殺し続けた鬼畜獅子のためにがんばる気にもならないし、どうせ生きてるんだからいいじゃんと割り切る気にもなれない。


 待ってろ、異世界。待ってろ冒険。

 殺され続けた日々の中では想像する暇もなかったが、物語の中に見た生活がようやく近づいてきたように思えた。


 床の発光が勢いを増す。

 今ならば参加者の背後に立つ神の姿もはっきりと見えそうなものだったが、瞼を突き刺す閃光で眩んでしまって逆に何も見えない。

 かといって背中を向けるような気にもなれず、光の氾濫に思わずたじろいで瞼を刺す光を遮るように腕で覆いながら目を瞑った。


 そんな俺の肩に触れる、もさっとした手があった。

 聞き慣れた低い声。


「行け。そして思うがまま……存分に楽しんでくるがよい、我が弟子よ」


 背中を押すような穏やかな声は、まるで俺の胸中を見透かしているようでもあった。

 もしかしたら俺が神の遣いとして他人と戦い合うことはしないだろうととっくに見抜いていたのかもしれない。

 それでいて優しく送り出してくれる獅子には何も言わず見逃してくれたのかと思わず胸に来るものがあった。


 ただ、それでも。


 弟子になった覚えはねぇし、次会ったときは絶対にぶっ殺してやるからな。


 こうして、俺のチュートリアルは終了する。

 ゲームならここでセーブが入るような、長く、現実離れした滞在だった。


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