ep108.トラウマ
目標:錫食い鉱を王都に納品しろ
「じゃあ獣人と原人って呼び分けた方がいいのか?」
「いや? 原人なんつぅ驕り高ぶった名称を使うのは熱心な学者か、あるいは差別主義者くらいなもんだな」
「あ、そうなんだ」
「そりゃそうだろ、自らを始原の人として名乗るなンて歪んだ選民思想の持ち主ですって言ってるみてェなもんだ」
なるほど、確かに少し傲慢な呼び名のように感じていたが正しい感性だったらしい。続けて尋ねた俺にオルドが続ける。
「じゃあ特に呼び分けはないのか?」
「誰かが決めたものがあるかどうかって意味なら、ないな。ただ、そもそもヒトって言葉自体が人間を示すワケで、獣人も原人もそのうちの一部でしかねェのさ。獣人を指す場合は獣人とそのまま呼べばいいってンで、ヒトって言葉が便宜上原人を指すことになってるぜ。差別主義者はこの辺りの解釈を過激にしたものだ、ヒトと呼ばれる原人こそがヒトに相応しい……って具合でな」
そういう文化があるのか、と俺は素直に頷いていた。それから、じゃあ逆に、と思って聞いてみる。
「じゃあさ、獣人相手に獣人って言うのは別に失礼じゃないんだよな?」
「まあ、一般的だな」
「逆にこういうのはダメとか、マナー……というか礼儀に欠けるから避けた方がいい呼び名とかってあるか?」
問われたオルドは、少し悩んだあとで答える。
「なんでも平気だとは思うが半獣、だとか獣、人もどき……辺りは言われていい気はしねェな。まあ常識的に考えれば大体は問題ねェと思うぞ」
「ふむふむ……確かに、そこまで言うと流石に喧嘩売ってるのと同じだよな」
納得しつつ、重ねて尋ねてみた。
「じゃあさ、例えばオルドのことを猫扱いするのは?」
「ぶっ飛ばしたくなるな」
これから訪ねる相手のことを思い浮かべてか忌々しそうにオルドがそう言って、それから不機嫌そうに弁解する。
「もちろん程度によるがな。俺達獣人間で言われやすい文句ではあるンでそれなりに慣れてはいるが……あのアホみたいに、完璧に愛玩動物扱いするってンなら多少ぶっ飛ばされてもしょうがねえと思うぞ」
「まあ、そりゃそうだよな……」
それが誰のことを言っているのかはすぐにわかって、申し訳ないが同情の余地はなさそうだった。もっとも、こんな巨体の大男を猫扱いする度胸は凄いと思うけど。
オルドは心地よさそうに俺に首筋を掻かれながら続ける。
「基本的に同じヒト扱いしときゃ心配いらねェよ、つってもお前はそこんとこ……変なところでビビる以外は問題なさそうだがな」
ドキッとしたのは、それをうまく隠せていたと思っていたからだ。
「やっぱわかっちゃう?」
「そりゃァあんだけ濃い殺気を出されりゃなァ」
最近は慣れてきたと思っていたところに指摘を受けて、俺は妙な居心地の悪さを感じてしまった。思わず言い訳を口にする。
「違うんだよ、いや違くはないんだけど……前話したろ、俺の師しょ……指南役がひどいヤツだったって」
師匠と呼びたくなくて咄嗟に言葉を切り替えた俺に、虎は「あぁ」と相槌を打つ。
「その……そいつが俺が最も長く付き合った獣人でさ、しかもネコ科だったもんで獣人そのものへの苦手意識っていうか……ネコ科相手だと、姿が重なっちゃうっていうかさ。最近はオルドのおかげでちょっと慣れてきたんだけどね」
「まぁ、自分の師が怖ェのはわかるが……確かに、前よりは挙動不審じゃなくなったな」
「そ、そんなひどかった?」
少し心外そうに答えた俺の動揺を捉えたのか、欠けた虎耳が目敏く動いた。
「まァな。今もひどくないワケじゃねェから苦手意識は変わらんのだろうが……その癖に人の世話には文句言わねェし、よくわかんねェ奴だなほんと」
「あぁ、それは……」
どう答えたものか僅かに逡巡して、俺は再度口を開いた。
「俺も、体が動かなくなったときに看病してもらったことあるからさ、どれくらい不便なのかも、誰かが手伝わないといけないってのがわかるから……じゃないかな」
あるいは、自分がそのような状態だった時に世話をされてばかりで申し訳なく感じていた、情けなく感じていた節もあるのだろう。
逆に他人に施す側になると、自分が健常であることを確認できるようで意外と悪い気はしないものだった。ただそう感じていること自体は褒められたものではないだろうし、何かエゴのようなものを感じるので内緒にしておくことにした。
骨でも折ったのか、と尋ねるオルドに「まあそんなとこ」と返した。
「まあなんでもいいけどな。しかし……その感じだと指南役ってのは虎ってワケじゃねェンだろ?」
「あー、うん。そうだね」
「そのくせ同じ獣人ってだけで姿が重なって苦手……ってのはなかなか根が深そうだな……獣人なんてあちこちにいるぜ? その指南役のそっくりの男や同じ種族の獣人が現れたらどうすンだ?」
「はは、間違って斬りかかっちゃうかも」
あんなイカれ白獅子とそっくりな存在がそうそういるわけもないけどな、と胸中で付け足しつつ、俺が笑ってそう言うと目の前の巨体はぶるりと身を震わせたのだった。




