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ep106.少年が見た冒険の原風景

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

 オルドの肩に思いきり凭れて寝こけていた気まずさを除けば、王都への旅は恙なく続いた。

 暗くなるぎりぎりまで進んで、日が傾いてきたころに俺たちは平野に広がる森の傍に火を焚いて休むことにした。

 森が近かったので薪を補給して、それ以外にも瑞々しい野生の木の実や果実なんかも採取したが料理には適していなさそうで、水の残りが少ないこともあってもう遅いからとその夜は摘んだ果物と糧食をそのまま食すことにした。


 大きくしたブルーベリーのような見覚えのある黒い実が大量に生っていたので片っ端から摘んできたのだが、自分たちで消費するのはもちろん馬が喜んで食べるのでもうちょっと採ってきてもよかったなと思った。

 それから、その日は寝不足だったこともあって泥のように眠った。相変わらず荷台の上は狭かったが、先に寝てしまえばこっちのものだった。


 次の日も特にイベントはなく、朝になってからのんびりと出発した。


 馬に引かれてごとごとと回る車輪はちょっとした自転車程度のスピードがある。

 曲がりくねる街道を、踏み固められて轍の残る土の道をなぞるように馬が自己判断で進むので手綱を握る俺の仕事はほとんどなく、野営のために減速、停車させる以外にやることはなかった。


 しばらくして進行方向に川が見えた。オルドが渡ったら停めるように言うので、今日の野営地は川を越えた先の川岸に決まった。


 真ん中が盛り上がったアーチ状の石橋を渡り、街道から離れてふかふかとした芝生が目立つ適当な位置に馬を停める。手綱を締められ、減速した馬が足を止めると腕も使えないくせにオルドが御者台からひらりと飛び降りた。

 ずっと座っていたからか、尻尾ごと力強く伸びをして大欠伸するのを横目に、俺は馬に取り付けられた馬具を取り外す。

 三回目ともなるとそれなりに慣れたもので、車軸から伸びる鎖と連結するためのハーネスを外してやると、ご苦労とでも言いたげに鼻を鳴らした馬がのそのそと川辺に歩いて行って水を飲むのを見て、俺も初めて肩の力を抜いて伸びをした。


 ぐるりと周囲を見渡す。


 この世界にきて暫く経つ俺は、体内時計と太陽の高さで今が何時くらいかをなんとなく理解できるようになっていた。今は大体午後の四時過ぎくらいだろうと辺りをつけながら川に目をやる。

 日の光を受けてきらきらと輝く川はそこまで深くないようで、水質も透明なために川の底の石が透けて見えるようだった。

 川の上流は森に繋がっているようで、こんな平野を流れる川は下流だろうから見た目ほど清潔な水ではないのだろうと理解しつつも、目の前の光景はそれだけで一枚のポストカードになりそうなほど美しかった。


 傾き始めた光で輝く水面、川を跨ぐ古めかしいアーチ橋、鬣が風に靡く茶色い馬、曲がりくねった川が走る草原と遠くに見える森。


 ほっと息を呑んだ、ファンタジーっぽいなぁと思って。

 文明や開発などといった人の手が入っていない大自然の光景を目の当たりにすると、途端に自分はちっぽけな存在にすぎないんだなと思ってしまうようである。


 この世界に生きるために俺は必死になって戦ってきたが、その見返りがこれだとするならそれはそれで悪くないように思える。何というか、冒険心を抱く男ならではの原風景がこの世界にあるような気がした。


 現代日本のことを惜しむほどに、こんな経験を得難いもののように思えてしまうのは良いことなのだろうか。

 もうすぐオルドとも別れて、一人でやっていかなければならない。

 孤独を恐れたり不安を感じる気持ちもあるが、目の前の雄大な自然は俺に勇気を与えてくれる気がする。


 きっとここにも、この世界で暮らすことにだって価値がある。

 悪いことばかりじゃない、きっと今の俺は、これからの俺の人生はうまくいくはず。


「おう、スーヤ。ちょっと服脱がせてくれ」


 人を励ますような美しさを感じていた俺のポジティブな感傷は、しかし靴を脱いで裸足で立つオルドの声で吹っ飛んでしまうのだった。


本日はここまでとなります。次回更新は2/5です。

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