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ep105.旅路は穏やかで眠く

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

 関所の宿場には徒歩の行商人や、冒険者や傭兵の団体らが複数宿泊しているようだったが、それに比べると馬車を引き連れて外で寝泊まりする人は少なかった。

 暗くなった草原の上で火を焚いている旅人は四、五人で、大体二、三グループほどだった。

 それぞれが輪になって座りながら談笑していたり、一人笛を吹いて旋律を響かせたりしていて、思い思いの夜を過ごしていた。


 遠くの方からは微かに小屋の中に宿泊している旅人達の話し声が聞こえてくる。その中で俺は、馬車に積んでいた薪で燃える火の前でひたすら自分の中の魔力を探していた。


 尻に敷いた外套の上で胡坐をかきながら、ぱちぱちと乾いて爆ぜる薪の音に耳を傾ける。

 遠くに聞こえる人の笑い声と物悲しい音色に注意を奪われないよう苦心して、あの時の感覚を思い出す。

 百足の足を切断したあの瞬間、腕と剣が地続きになったような一体感。

 体内に眠る力に目を向けて、自分の手に、腕に、そして全身にそれが宿るように意識を巡らせる。


 ……そして、「寝るなら向こうで寝ろ」という声でハッと目を覚ました俺は、胡坐をかいたまま口から涎を垂らして眠っていたことに気が付いて慌てて口元を拭ったのだった。


 輪留め代わりの岩を噛ませた四輪の荷馬車に積んだ荷物はそう多くない。

 貴重品は懐にしまって、大きな頭陀袋は荷馬車の下に隠すとそれなりにスペースが取れるようで、俺とオルドは荷台の上に並んで寝ることにした。

 平坦な木の台は岩肌なんかに比べると幾らかマシだろうが、少し痛いことに変わりはない。歩き通して疲れ果てている時なら気にならないのだろうが、今日一日御者台に座っているだけだった俺はまだそういうことを気にする余裕があるようで、いまいち寝付けずにいた。


 加えて、隣で大いびきをかいて寝るオルドが寝返りを打って俺を押しつぶそうとするものだからなおさら眠れず、寝不足のまま朝を迎えることとなった。


「おう、ひでェツラだな」

「……おかげさまでね……」


 日が出てまだ数時間も経ってないだろうから、早朝五時、六時というところだろうか。

 朝露や虫の心配のない荷台の上でぐっすり眠れてどことなく毛艶の良い虎が欠伸をしながらからかってくるが、噛みつく元気はなかった。

 食欲もなかったので、残っている水で軽くうがいして乾燥させた木の実や果実なんかを齧ることにした俺は、昨晩の残りの玉ねぎのスープに硬いパンを加えてふやかした粥をオルドに食わせて朝の支度を済ませる。


 空になった鍋の中に食器類を収納し、蓋をして荷台に置く。その他の荷物が欠けているようなことがないのを確認して、俺は倒したままだった荷台のあおりを上げた。


 既に出発しているグループもあって、数台の馬車がごとごとと旅立って行く様を見ながら急ぐ旅ではないが俺達も早いうちに出発しようということになった。

 旅支度中、オルドが宿場の便所に行っている間に馬を呼ぼうとして周りを見渡すと、水を飲んでいる茶馬を厩舎のそばに見かけた。

 しかし、外していた轡や馬帯を手にして歩み寄る俺を見かけた馬は、行けばいいんでしょと言わんばかりの態度で自分からぱかぱかとこちらに近づいてきてくれたので驚いた。


 そればかりでなく、荷台の傍に自ら佇み出発することを理解している素振りでじっと馬具の装着を待つものだからその賢さには思わず感心してしまって、ついつい大きな頭部を撫でてしまう。

 ぶるる、と満足げに鼻を鳴らす馬に昨日教わったばかりの銜を噛ませて、戻ってきたオルドに教わりながら体に巻いた帯と荷馬車を連結するべく苦戦しつつ……なんとか準備ができた。


 ぎしりと車軸を軋ませて御者台に上がり込んだオルドが「いいぞ」と言うので、俺は習った通りに両手に握った手綱を鞭のように上下に振るう。

 すると視線の先の馬がゆっくりと踏み出して、荷馬車がそれに引っ張られて車輪が転がるので、俺は自分の意思で馬を歩かせることができたということに感動してしまった。


「おい、逸れるぞ。とっとと戻せ」

「わかってるっての」


 隣でふんぞり返って座る虎に言われて、俺は片方の手綱だけを引っ張って馬に曲がりたい方向を告げる。その頭が斜めを向いて進み、街道の上に乗ったくらいで俺はそれを緩める。

 斜めに街道に乗ったのでさらにまっすぐに正す必要があると思ったが、馬は自分の進む道を理解したらしく自ずと街道に頭を向けてそのまま歩き出すのでそれ以上扶助の必要はなさそうだった。


「へへ、うまいもんだろ」

「ま、貴族なら馬くらい扱えて当然だろうな」


 うっ、と言葉を詰まらせたのは俺が貴族じゃないためで他意はなかったが、痛いところを突かれたリアクションと受け取ったオルドは満足そうに鼻を鳴らして「そのうちもっとうまくなるさ」と言うのだった。


 その後の旅路は、穏やかなものだった。

 最初こそ馬を御するために手綱を握る両手も緊張していたが、今では握ったまま膝の上に置かれているくらい脱力している。

 それどころか、太陽が顔を出す穏やかな陽気の中で畑にもなっていない平野の向こうに見える地平線を見つめながらぱかぱかと馬の歩くリズムで荷馬車に揺られていると、なんだか眠気が催してくるようだった。

 昨晩転寝してからほとんど寝付けずにいた俺がそれに抵抗するのは難しく、最後の気力を振り絞って言葉を紡ぐ。


「おるど、ねむい……」

「おう」

「なんか、おもしろい話、してくれ」


 言いながら、俺は限界が近いことを察していた。

 確かに馬を操っての運転中ではあるが、こんな先が見通せるほど何もない平野の上を歩かせるだけで何かあるとも思えない。それに、馬は自分のペースを完全に理解しているようで、俺が何を指示するまでもなく人が歩くより少し速い速度でかっぽかっぽと進んでいた。


 寝てもいい理由を探し始めた俺は、オルドが寝るなとは言わなかったことがその理由になるだろうかと抵抗を諦めそうになる。

 もしかしたら目も覚めるような、ものすごい心躍る冒険の話をオルドがしてくれるかもしれない。そうすれば寝ずに済むかも、と期待している俺に頼みの綱の虎が口を開く。


「……そうだな、これは俺が娼館で女を買った時の話なんだが……」


 あ、ダメだ寝るわ。

 虎が低い声で語り始めるのを聞きながら、俺は意識を手放すのだった。


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