ep103.旅人クッキングに挑戦
目標:錫食い鉱を王都に納品しろ
当然ながら俺が最後に料理をした記憶というのはまだ体が十分に動くころ、小学校低学年の時代にみんなでカレー作りをしたのが最後だ。
もっとも当時から病気というハンディを抱えていたのでまともに包丁を使ったり調理に参加させてはもらえなかったのだが、今にして思えば当時の先生やクラスメートらの対応は適切で、過度に差別せず、しかし適度に病人としての扱いをしてくれたように思える。
しかし当時の幼い俺は、どうしてみんながしていることを自分はできないのか、してはいけないのかと悔しく感じたことを思い出した。
焚火の周りに並んで座るオルドは、そんな俺の初めての料理を前にして神妙な顔で俺の持つ匙を見つめていた。
「……さて、十分火が通ってれば腹を下すこともねェだろうが……肝心の味はどうかな」
「失礼な奴だな、ちゃんとうまいって! ……多分!」
木椀の中で湯気の薄らいできたスープを見つめて、意を決したように虎がそのマズルを寄せる。
水を吸ってふっくらとした豆と一緒に、かぶりつくように大口を開けてその匙を飲み込んだ。俺が綺麗になった木のスプーンを噛み合わせた口の隙間から引っこ抜くと、虎がもむもむと咀嚼する。
「……むむ……もぐ……こいつは……」
舌の上で味を確かめて吟味していた虎が、ごくりと喉を上下に動かす。
「ど……どうだ?」
たまらず聞くと、所在なげに宙に佇んだままの木の匙と膝立ちになったままの俺を虎目がじろりと睨め付けた。
「……まァ、普通だな」
そう言って口をあんぐりと再度開くので、俺はその言い草には引っかかりを覚えるもののひとまず口には合うようだと胸を撫で下ろすのだった。
旅の食料は基本的にオルドが購入し、旅程のいつまでに何を優先して消費するかと管理していたが、その大体は乾物や保存食ばかりでおおよそ旅の途中での料理に向いているとは言い難いものばかりだった。
金を払って次の店に行きたがるオルドを余所に、絨毯のような干し肉を切り分けて乾いた木の実や果実なんかを包みに入れる店主に咄嗟に料理するのに適している野菜類の話をして、豆や根菜類について聞けたのは我ながらファインプレーだったなと思う。
現代日本で見たものとぱっと見は変哲ない生のじゃが芋や玉ねぎは袋詰めされて安売りされていたが、俺は皮を剥く手間を考えて玉ねぎを買うことにした。
これなら手でも剥けるし、ナイフで根っこだけ切り落とせば簡単に扱えそうだったからだ。
そんなわけで、俺は購入した大量の玉ねぎの皮を片っ端から剥いて鍋に放り込む。しかし何を作ろうかという具体的な案はなかった。
幼少の頃に調理に参加できなかった悔しさからか、カレーのレシピだけは鮮明に頭に残っていた。じゃが芋も人参も肉もないが、具材を炒めてから水を入れるという手順は踏襲しようと思って鍋を火にかけたところ、焼けた玉ねぎが油も引いていない鍋に引っ付いて大変な目にあった。
くっついた部分から引きちぎるように鍋をかき混ぜていた俺は、諦めてそのまま水をぶち込むことにした。更にそこへ煮込めば柔らかくなるだろうと思ってカラカラに乾いた豆も投入した。
しかし玉ねぎと豆だけで何か美味しいものが作れるイメージはあまりない。俺は他に味わいのあるものをと思って、俺の顔ほども大きく薄い牛の干し肉が目に留まった。
軽くちぎって食べてみると、カチカチに乾いた硬い肉質からは強烈な塩気を感じられた。それだけでなく、ガムのように噛んでいるとじんわりとした素朴な牛のうま味と燻された香気が口の中に広がっていく気がして、これだ、と直感した。
乾物はいい出汁が出るって聞いたことがある。乾いた分うま味成分がどうのこうのという理論を料理漫画で読んだことがあった俺は、水で戻った干し牛肉もきっと何かしらの味わいを鍋にもたらしてくれるだろうと期待して手で割いたそれを祈るように鍋に放り込んだ。
手持ちの岩塩を幾らか削り入れ、豆と肉が水を吸って柔らかくなるまで煮込んだ鍋は、鍋底にくっついて焦げた玉ねぎがふやかされて浮いてきたせいで液体全体がカラメルのように茶色く色づいていて、玉ねぎの香りがなんとも食欲をそそった。
これで完成か、と思った瞬間にこの間食べたものの記憶が蘇って、反射的に糧食の木の実へ手を伸ばしていた。砂色のナッツをナイフの柄でごりごりと砕いて、鍋の表面に散らした俺は、木の器に完成品を注いで近くをうろつくオルドを呼んだのだった。
そうして仕上がった豆入りオニオンスープは、個人的には悪くない出来だと思った。汁全体に焼けた玉ねぎの香ばしさが移っていて、ほんのりと甘みが感じられる。
心配だった塩味やコクについても、少し薄味ではあるがそのまま飲み続けるにはちょうど良い汁物という感じで体が温まるようだった。
水洗いもせずにいきなりぶち込まれた豆が意外にもふっくらと水を吸って戻っていて、ちょっとした主食代わりにちょうどよいボリュームをスープに足している。柔らかい食感の中で砕いたナッツが不規則にその存在を主張するのは俺の思い描いていた食感に近く、少し感動してしまった。
味の決め手となっただろう干し牛肉も、煮込まれたためか繊維状に崩れかけているが、噛みしめるとまだほんのりと味が残っているようで歯の間でじゅわっと濃い塩味と肉のエキスを放つのが口に楽しい。
なんだ、俺って結構料理できるじゃん。誇らしく思いながら、俺はオルドに匙を差し出す。
「これさ、あそこの麺料理のスープっぽくしたくて砕いたナッツ入れたんだけどわかる? 結構いい感じの味になったよな」
「食えなくはねェな」
とか言いながら、差し出された匙に無言で口を開く様子は嫌々やってるようには見えない。まあひとまず、食えるものを作れたというだけでも御の字だろう。




