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ep102.関所到着

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

 関所と言ったものの、着いてみればそこには街道沿いに大きめのレンガ造りの家と、馬が何頭か繋がれた厩が建っているだけで、もっとゲート的なものを想像していた俺はいつも通り肩透かしにあった。

 隣接した平原に荷馬車を停めた俺とオルドは、建物の中に詰めていた兵士然とした男に馬一頭と男二人分で銅貨七枚を支払って、そこで夜を明かすことにした。


 馬が疲れていたのか、あるいは賢いのか荷馬車を停めるときに俺の拙い手綱さばきでも自ずと街道を逸れて関所の建物の傍で停まってくれたのはありがたかった。


「そりゃミオーヌの馬だしな、王都への道なんざ何十回と行き来してるだろうし慣れてるンだろ」


 オルドが御者台から降りて、胸を張るように伸びをしながらそう口にする。

 言われてみれば町を出た時からここに停まるまで、慣れたペースでパカパカと歩いていたし、俺が手綱を握る前から舵を切っていたようにも思える。

 ハイハイこっちに行けばいいんでしょとでも言いたげな馬の態度は頼もしく、動物とはいえ賢いんだなぁと感心してしまうほどだった。


 さて、広大な平原の上に建てた長い平屋は旅人や商人向けに宿も提供しているとのことだったが、屋内をチラ見した限りだと石を積まれた壁と藁葺きの屋根に囲まれた何にもない広々とした空間がそこにあるだけで、数グループの男達が陣取ってあちこちに座っていた。

 足下に寝袋にもならぬ寝具を敷き、持ち込みの酒や糧食を片手にがははと笑い声を響かせて談笑しているのが見える。どうも宿とはいうが、その場に雑魚寝するだけの施設を提供しているようだった。


 屋根があるだけ野宿よりはマシだろうし旅の途中に身を休める拠点としては十分なのだろうが、今日の空は夕焼けで真っ赤に燃えるほどの晴天で、暮れ始めた風が心地よいくらいである。

 それに、なんというかその雑魚寝スペース一帯は閉所に詰めた男たちによるむっとした男臭さというか、汗臭さが漂っているようで、そこにあちこちで食事を摂る食べ物のにおいも混ざってなんだか長時間いると頭が痛くなってしまいそうな環境だった。


 今日は荷馬車もあることだから馬車のあおりを倒して寝台に見立てて寝たほうが心地よさそうだ。

 積み荷をわざわざ屋内に持ち運ぶのも面倒だし、変わらず外で寝ようと俺が提案するとオルドは特に文句を言うでもなく同調してくれた。


 厩に目をやると、近くに馬用の水飲み桶がどんと放置されている。

 どうもこれだけの敷地を有効利用するためなのか馬を平飼いしているようで、数頭の馬が出入りする厩を囲う柵はどこにもなく、馬一頭の代金を支払った際に餌や水は好きに食わせてくれと言っていたのはこういうことか、と思い至った。


 馬につないでいた鎖や金具を無人の御者台に安置しながら見ていると、馬具やハーネスをつけられたままになっている馬もその水に口をつけているのでやはりそういうものなのだろう。

 ここまで俺たちを引っ張ってくれた馬も、自分を荷台と繋ぐ拘束が外されるや否や大儀そうにカッポカッポとその水飲み場まで歩いて行ったので、仕事終わりに一服する大人のようだなと思った。


 厩の桶に広げられている飼料や、足元の草などを自由に食んでいる様子を見ていると、なんとなくその逞しさには元気をもらえるような気がした。

 あれだけ賢い馬ならどっかに行ったりはしないはずだ。

 ペットを放し飼いにするようで少し落ち着かない気はしたが、オルドもさして気にした様子はないし、そういうものなのだろう。


 さて、馬の話はともかく肝心の人間達はというと。

 足元にしゃがみ込む俺に、あおりを開いた荷台に腰かけたままのオルドが言う。


「……で、火口に移った火が消えないように息を吹いて、素早く薪に移せば着火完了だ。やってみな」

「お……おう!」


 オルドに言われて、ほどいて繊維状にした麻紐の上に油の染みた木綿を乗っけた俺は、それが風で飛ばないように体で隠しつつ両手に持った道具を構える。

 さっき練習に何度か擦り合わせただけでもパチリと火花を立てることができた。同じようにやればいいだけだ。


 そう思っても、実際に燃えるものがすぐ下にあると思うと何故だか少し緊張してしまう自分がいる。左手に握った棒の先端をしんなりした木綿に向けながら、俺はその根元に鑢のようなナイフを宛がう。

 それから、一息に表面を削って摩り下ろした。ヂッ、とジッパーを勢いよく下げた時のような音がして、俺の手元が眩く閃く。

 が、その火花はどちらかというと俺の手元、かなり高いところで発生していて、棒の先端付近は何も起きずに燃やしたい木綿まで届いていないようだった。

 なるほど、火花を起こす位置も考えないと駄目か。今度は火打ち棒の中ほどにナイフを宛がって、その身を削るように手を動かす。

 同じ音がもう一度俺の耳に届いて、ぼう、と手元がオレンジ色の光に包まれた。


「つっ、点いた!」

「おう、ぼさっとしてるとすぐに消えンぞ」


 ナイフに削られた火打ち棒の粉末がその摩擦で発火し、跳ねた火花は油の染みた木綿に付着するとその表面を取り囲むように一気に炎が走る。

 すぐに燃え尽きてしまいそうなそれを、俺はオルドに言われて慌てて火打ち棒を手放し下に敷いて鳥の巣のように広げていた麻紐で種火を覆っていく。

 そのまま地面に顔を擦り付けんばかりに口を近づけて、ふうふうと息を吹き込んでやると、見る見るうちに麻紐を燃やして炎が大きくなっていく。


「点いたっ! あとは、こいつを薪の下に入れればいいんだな……?!」


 わかってんなら早くやれと言わんばかりに尻尾をうねらせているオルドを見ずに、俺は燃え盛る火の玉をどうにか拾って移動させようと試みる。

 しかし直接素手で触れるものではないことは確かだ。せめて軍手があれば、と思うがそんなものはないし、トングのようなものもない。

 どうしよう、と悩んでいるところで、地面にしゃがみ込んだ俺の外套を突っ張らせる新入りの存在を思い出した。


 迷いなく、腰のナイフをシャッと引き抜いた。それから、剝き出しの土の上に転がっている火の玉を突くように近くの薪の山まで押し込んでいく。

 手首をスナップさせて、ナイフの腹で打つように火源を叩くと思ったより容易に転がっていった。ナイフの先端が地面を引っかけて軽く土煙を舞わせるが、火はまだまだ元気なようで。

 事前に組み上げて、下に隙間ができるよう組み立てていた薪の下にそれがうまく転がり込むのを見届けて、俺は顔を上げた。


「どうだオルド、いい感じじゃねえか?!」

「……まあ、上出来じゃねェか。まだ薪に燃え移ってもねェけどな」


 俺の力でも火を点けられるんだ、と初めてのことに目を輝かせる俺に、虎は特に関心がなさそうに答える。

 とはいえ火口となる麻紐も木綿もオルドの仕込みなので独力で火を起こせたというわけではないのだが、火を前にテンションが上がった俺はこれを自分の功績だと信じて止まなかった。


 じっと火を見つめたまま「どいてろ」と虎が言うので、俺は身を起こして後ずさる。

 荷台に深く腰掛けて足と両腕をぶらつかせている巨体は尻尾をゆらゆらさせながら火を見つめていて、時折そのだらんとした両手の指先がぴくりと動いているのがわかった。


 その時だった。足首を風が撫でたと思ったら、真下の炎が見る見るうちに強く大きく育っていく。

 吹き込む空気が組まれた木の隙間を通ると、種火が酸素を食べて肥大化する。

 熱されて温度が上がった薪が水分を失ってぱちぱちと軋むのが聞こえて、俺はオルドが何をしたのかすぐに理解した。


「……便利すぎだろ、それ」


 確かに、口でふぅふぅ吹くよりは風を起こして強制的に空気を送り込んでやるほうが合理的なことに違いはない。

 ただ俺があれだけ必死に点けた火をものの数秒で赤く熱された薪に燃え盛る炎へと変えてみせたその魔術に対しては羨むような、妬むような視線を向けざるを得ない。

 そんな俺の羨望を受けて、虎はフンと鼻を鳴らした。それから意地悪そうに言う。


「んじゃ、俺の仕事は終わりだ。飯の用意頼んだぜ」


 にやりと笑って言うので、せめて飯で見返してやろうと思って俺は荷馬車の横に回って、買ったばかりの鍋を手に取るのだった。

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