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ep101.恋愛初心者達

目標:錫食い鉱を王都に納品しろ

 荷馬車の上での性教育は、どういうわけか自称百戦錬磨のオルドによる武勇伝を聞かされる羽目になって大変だった。


 そういう行為は夫婦が子供を授かるための神聖なものとして考えていた俺にとってはいささか衝撃的な内容を含んでいたものの、知らない世界の話なので興味深いといえば興味深い。

 しかし「三回目が合う女はこっちに気がある」なんて豪語するものだから、これからは異性をどういう目で見ればいいのかわからなくなってしまいそうだった。


 ただ一つ言えるのは、それだけぼろぼろとエピソードが出てくるオルドは男として立派とかそういうことよりむしろ不潔ということで間違いないだろう。


 とはいえ俺はそういう話には全く興味ないし、どうせ馬車の上で暇だからと耳を傾けただけで別に好んで聞いたわけじゃないと誰にともなく言い訳しながら、聞いてみた。


「じゃあイレイネさんをフったのも、本当に結婚とか恋人とか考えてないからってだけなのか?」

「あー……まあ、アイツと一緒になる自分が想像できなかったっつぅ意味では、そういうことになるな」


 ふーん、と相槌を返しながら健全な話題に軌道修正できたことに一安心した。

 女性の方からのプロポーズなんて現代日本的には珍しいことなのだろうが、翻ってそれを自分の夢のために断る男というのはどうなのだろうか。


 そして今になって考えると、イレイネがオルドを慕っていたのは、あの態度は何も旧知の仲だからというだけではなかったんだなと納得がいくようである。

 もっとも、どうしてそれに思い至らなかったのかという恥じる思いもあるが、さておき。


「その辺ちょっとわかんないんだけど、冒険者じゃなくても結婚しないってことはさ、その……そういうことはできるけど、つまり結婚するほど好きではないってこと?」

「……お前、結構身も蓋もねェ聞き方するな」


 ちょっとだけ気まずそうにする虎に「そうじゃないのか?」と首をかしげると、オルドが言いづらそうに答える。


「いや……イレイネのやつも良いヤツではあるンだがな。ヤれるヤれないで言えば文句なしなンだが……なんつぅかな」


 動かない腕で頭の後ろを掻きたそうに身じろぎした虎は、一拍置いてから続けた。


「あいつが好きなのは、冒険者としての俺だろ?」

「ほかにオルドがいるのか?」

「いるさ、ここに。冒険者をしている俺が魅力的に見えるのは当然だが、それは一部であって全てではねェのさ」


 自分で自分のこと魅力的って言ったか? いや気のせいだよな?

 翻訳石の誤訳だろうかと怪訝な顔をする俺をオルドが気にした様子はなかった。


「それだけを見て好きだなんだ言えるのは、ありがたいが的外れっつぅわけだ」

「何だそれ、そんなこと……」

「あるンだよ。それに、アイツも言ってたが……冒険している俺が好きだからこそ、家庭を持った俺を変わらず好いていられるとは思えンしな」

「イレイネさんそんなこと言ってたの?」


 告白の現場にいたわけじゃない俺は、そのシーンを目撃したわけでもない。

 何と言って話を切り出されて、それにどう返して断ったのかも聞いていない俺が目を丸くすると、虎は「それでも」と続けた。


「傍にいてほしい、冒険者より自分と結婚してほしい……んだと」

「……それ、矛盾してないか? 結婚したら好きじゃなくなるかもしれないのに、結婚してほしいってことだよな?」

「ま、女にもいろいろあるってことだ。ガキにはわかんねェだろうが」


 それはそうなのだろうが、オルドに言われると無性に腹が立つのは何故だろうか。

 ガキじゃねえと文脈に関係なく噛みつきたくなるのをぐっと堪える俺に虎は続ける。


「だから断ったのさ。アイツの知ってるオルドは負けと恐れを知らぬ冒険者様で、いつくたばるとも知れない命を安売りするバカだ。それが間違っているわけじゃねェが……少なくとも、計算のできる利口な女には似合わんだろうよ」


 詩人のように語るが、しかしおどけているわけでも茶化しているわけでもないのはその横顔を見てわかった。

 自分の納得しなかったというのもあるのだろうが、オルドもオルドなりにイレイネのことを認めているはずだ。

 冒険者としての自分しか知らないからというだけでなく、複雑な理由があろうということは想像がついた。


 ただ、それと同時に少し引っかかるものがあった。


 冒険者としてのオルドは、この男の全てではない。虎であるということも、大剣を使う冒険者であるということも、見せられている一面に過ぎない。

 それだけを見てわかった気になるのは、評価したり好き嫌いを決定するのは愚かしいことなのだろうか。

 同じ時間を生きていない他人にとってそれ以外の面を理解するのは不可能に近い。

 ならばその人のことは本人以外誰にもわからないということになってしまう。


 ……本当にそうだろうか。

 俺だってそうだ、異国の大陸から迷い込んだスーヤという青年として認識されている自分は、実は暁原愁也という日本人で、こことは違う異世界の生まれで、難病で死んだ故人だ。

 未だに誰にも言えずにいるこの事情を、その全てを理解してもらおうとは思っていないが、打ち明けられていない自分は正体を偽って相手を騙しているのだという罪悪感は少なからず存在する。


 それでも、そんな自分を受け入れてくれた人々がいた。

 それを思うと、他人の知らない部分を知らないまま受け入れ、慕うのは間違ったことではないように思えるのだ。


 人に見せている部分だって、紛れもないその人のものだ。

 それだけを見て、見えていない部分も理解するなんて不可能に近い。


 そう考えると、見えていない部分も愛する覚悟がイレイネにはあったのだろう。

 だからそういうセリフを選んだのだ、冒険に身を投じるより自分の傍で全てを見せてほしい、と。


 そう仮説を立てると、逆に新たな問題も浮かんでくる。

 果たしてこの不遜な態度の虎に、他人に見えていない部分を見せる覚悟があったのだろうか。


 本当の自分に対して嘘を吐いたり隠したりするのは相手を警戒するためだが、突き詰めれば自分の身を守るためだ。

 この男が何かを隠しているにしろいないにしろ、それでもわざわざ冒険者をしている自分は自分の一面でしかないのだと話した口ぶりはまるで他に本当の自分がいると明かしているようで。


 俺自身が嘘を吐いて自分の事情を隠しているからだろうか、頭の中でそんな仮説が組み上がった。


 そうなるとオルドが身を引いたのは己を開示する勇気を出せずに、あるいはその相手としてイレイネを選ばなかったからではないかとも思ってしまうが、その全ては荒唐無稽な空想に過ぎないことは俺にも理解できる。


 それでも、丸ごと受け入れると申し出た女を何らかの理由で信用できずに断った臆病な男という見方もできるのではないか。

 そう考えると、隣で大あくびをするこの大型ネコ科の男は俺が思うほどがさつではないのかなという気になってしまうようだった。


 身を固めるよりもまだ夢を追いたいから。

 好かれている自分は自分の一面でしかなく、本当の自分を知ってくれていないから。

 そして何らかの理由で、相手にそれを知ってもらおうという気にもならないから。


 他にももちろん理由はあるだろうし、そもそもこれが合っている確証もない。

 真実は確かめようもないが、俺がオルドはこう考えたのだろうなと推理したのと同じくらい、イレイネもいろいろと考えたことだろう。


「……恋愛って、男と女って、めんどくさいんだね……」


 それを思うと、ついそんな呟きが口からこぼれてしまう。

 考えすぎで熱を持った額に手のひらを当てる俺に、虎は「それについちゃ同感だ」と重々しく言って、二人で溜息を吐いたのだった。


本日はここまでとなります。次回は1/29更新です。


祝100話!これからものびのびやっていきます、引き続きゆっくりよろしくお願いいたします。

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