ep100.下世話な冒険者たち
目標:錫食い鉱を王都に納品しろ
「はー……そう、なんだ……そういう風に思ってたんだ……」
「まあ、雄なら当然だろ。ガキにゃァわかんねェだろうがな」
その挑発は俺をムッとさせたが、それよりも衝撃的で、意外だったから無視することにした。
人に興味なさそうで、誰に対しても無愛想なオルドがイレイネに対してそんな風に思っていたなんて。変に緊張しながら聞いてみた。
「えッ……でも、じゃあ……なおさら、オルドもイレイネさんと離れるのは寂しいんじゃないのか? その、冒険者を辞めることになったら、結婚するのか?」
まさかオルドが、イレイネのことを好きだったなんて。そんな感じは全然なかったのに、大人ってわからないものだな。
このごろつきじみた虎の結婚姿が全く想像できなかったが、そんなことを聞いた俺に虎はあっけらかんと答える。
「いや? 全然」
「えっ」
「えっ」
予想外の返答に思考が停止した。
「えっ、なんでさ。だって、抱くのは構わないって言ったじゃん」
「そりゃヤるだけの話だろうが」
「?? えっ、だ、抱けるほど大切に思ってるんじゃないの?」
「あァ? ……待て、お前さては俺がアイツのことを好いてるから抱くものと思ってねえか?」
えっ、違うのか。
だって男と女は好き合うもの同士で結ばれるわけで、主人公とヒロインは両想いだから付き合うのと同じように、その先にそういう行為があるんじゃないのか。
信じられないものを見るような顔で、虎が俺の顔をまじまじと見る。
「……あのな、ンなこと言ったら娼館なンかはどう説明つけンだ」
「えッ……い、いや、それはそういうお仕事だから……?」
わざとらしく嫌そうな顔で俺を見下ろした虎が、はぁっと溜息を吐く。
馬鹿にされていることはわかっていたが、かといって反論の余地もないことが辛いところだった。
「姫と王子の物語じゃねェンだ、性欲と愛情が別モンってことくらい想像つくだろ」
なんとなく、虎のその態度は俺を軽んじるのではなく何を言わせるんだという照れがあるように感じられた。
「い、いや……それはそうかもしれないけど……そんな不特定多数の人と関係を持つのは人としてっていうか、倫理的にどうなのかなっていうか……」
「まあ、そりゃ無暗に姦淫することなかれとは言うがな……お前がそんな信心深いとは思えねェが?」
「そ、それは……そうだけど」
「そうだろ。だったら世の中も同じで、金を払って飯を食ったり、良い宿で酒を飲むのと同じように男は女を抱きたがるもんだ。好きだの娶るだのは関係ねェ、お前はうまそうな肉と結婚したいと思うのか?」
そりゃあ剣と魔法の社会だし、法も警備もろくに行き届いていない中世の文化な上に魔物があちこちに蔓延っている世界観で現代日本と同じ倫理観を望むのは馬鹿らしい話なのかもしれない。
それでもそのカルチャーショックは、俺にとって衝撃的なことに変わりはなかった。
確かに人間の三大欲求は食欲、睡眠欲、そして性欲だと聞いたことがある。
だが今までそういう観点で異性を見たことがなかったし、そういう行為は恋愛の延長線にあるものだと思っていたので、まともな恋愛をフィクションの中でしか知らない俺は無意識のうちにそれと同一視していたみたいだった。
主人公が最初は反発しあっていたヒロインと惹かれあって、平和が訪れた世界で二人で末永く幸せな家庭を築く。
そういうものだと思っていた、誰しも男女はそのようにして結ばれていくのだと。
しかし、オルドの話はそんな俺の青臭い幻想をぶち壊すようで、しかもこの時代に生きる男が言うだけに妙な生々しさが備わっている。
そんなわけない、人は誰しも好き合う相手とそういうことをするはずだ、と思ったが言われてみれば娼館という文化は名前と形を変えて現代にも残っている。どうしてその商売が続いているのかと考えればおのずとその需要にも見えてくるようで、俺は閉口せざるを得ない。
さらに身近なところで言えば、モテる、モテたいという言葉だって聞いたことがある。
異性に気に入られたい、程度にしか捉えていなかったその言葉の、その欲求の本質はつまりそういうことなのだろうか。
それを思うと、なんという世界だと思う反面、男ってみんなそういう生き物なのかという衝撃もあって、自分は本当に何も知らないんだなと恥ずかしくなった。
「ったく、ガキだガキだとは思ってたが……よっぽど大事に育てられてきたンだな。……まあある意味、女も知らねェで旅するほうが楽なのかもしれねェが……」
動かない両腕のまま肩を竦めるオルドの言葉の意味はよくわからなかったが、俺にそういうことを言うだけあってこの大男はそれなりに経験があるのだろう。
そう考えると彼我の間には何か決定的な差がある気がして、普段と変わらぬ様子の虎を男として自分より優れているように感じてしまうのは何故なのだろうか。
途端に自分の着ている服がみすぼらしくなったように心もとない気持ちになるのはどういう理屈なのだろうか。
童貞と非童貞の間に一体何の差があるというのか。かの賢者は言った、童貞も守れない男に何が守れるというのか、と。
「そ……それとこれとはまた別だろ、オルドだってそういうの知らない時期はあっただろ!」
「ま、そう言われたらそれはそうなんだがな」
やれやれ、と俺を小馬鹿にする態度をとっていた虎は、俺の反論を聞いてあっさりと掌を返した。
「まあ悪く思うな、仮にも俺と同じ理想の男がそこまでガキだったとは思ってなくてな。いいじゃねェか、女を知ることだって未知の開拓、それもまた冒険だ。そうだろ?」
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら言うオルドのセリフはこちらを励ますようでもあり、また馬鹿にするようでもあった。
「べ、別に俺はそんなもん……興味ねえっての!」
「そう言うなって、スーヤお前はどっち派だ? 乳か? 尻か? 向こうについたらおすすめの娼館を教えてやるよ、粒ぞろいなンだこれが」
セクハラだ! 日中堂々なんて話をしてやがる! ネコ科ってサイテー!
途端に繰り出される下世話な質問は甚だ遺憾で、大声でそんなことを言うなと思うものの、平野を切り開いて地面を踏み固めた王都までののどかな街道では声の大きい密談を聞き咎める者は誰もいない。
肩でも組んできそうな勢いの虎の追及をどう躱そうか、俺は手に持っている手綱をすがるように握りしめながら荷馬車に揺られていくのだった。




