ep99.男同士の密談
目標:錫食い鉱を王都に納品しろ
突然だが、宿屋のおやじのダンやオルドから聞いた話によれば、子供を持ったり誰かと結婚を機に冒険者を辞める者というのは珍しくないのだとか。
旅から旅への渡り鳥で、収入どころか住所すらも一定でない冒険者に安定した生活が難しいというのは想像がつく。
傭兵ほど命の危険はないが、かといって職業として実入りがいいかと言われると実際問題そうでもない。
下位冒険者への依頼の報酬など、相場は大体銀貨が一、二枚というところで、道中で狩った動物や魔物の肉だったり素材だったりを換金してやっと生活できるというのが現状だからだ。
もちろんそれ以上に稼ぎたいとなれば今度は死のリスクと引き換えになる。妻と子を養うためにそんな仕事を続けるくらいなら、愛する人に死んでほしくない恋人のためにも手に職をつけたほうがよっぽどマシだという。
冒険が命より大事な冒険者にとって、それ以上の存在ができてしまえばそれはただの仕事でしかない。
仕事として続けるような冒険に心惹かれないのは、俺もオルドも同じだった。
それを踏まえても、俺は思わず大声を上げた。
「そ……それ、プロポーズじゃん!? えっ、しかも断ったのかよ!?」
ミオーヌの街を出て、耕された畑に立つカカシと手つかずの平原に放された羊の姿しか見えない街道の上で俺の声が響いた。遠くで犬と一緒に羊を追っていた羊飼いが何事だと顔を上げて、ごとごとと進む俺達の馬車を一瞥する。
馬の操り方をオルドに教わりながらイレイネと何を喧嘩したのかと気になっていた俺は、ある程度止めたり歩かせたりすることができるようになった頃に意を決して問い詰めてみた。
俺の二倍ほども体重がありそうな虎が乗っているというのに、馬は平気な顔をして荷馬車の車輪を転がしている。力の強い子を連れてきたとイレイネは言っていたし、そうでなくとも一度転がった車輪を引き続けるのに必要な力は少ないから大丈夫だとオルドも言っていたが、そう言われるのも納得の馬力だった。
俺の隣に座るオルドはだらんと両腕を大股に座った間に垂らしたまま、結婚を申し込まれたので丁重にお断りしただけだと事も無げに、しかし気まずそうに答えたのだった。
それを聞いた俺のリアクションにうざったそうな態度で応える虎に続ける。
「へぇー、それでイレイネさんちょっと機嫌悪そうだったんだ……オルドも気まずい思いしたりするんだなぁ」
「ぶっ飛ばすぞ」
他人の一世一代の求婚を無下にした反動か、虎の声にはいまいち覇気がなかった。
フる分には気が楽だろうに、どうしてそこまで精神を消耗するんだろうと思うのは俺がその手の話題に明るくないからだろう。
しかしあれだけの女性に見初められるなんてオルドもやるなぁと思って聞いてみた。
「何て言って断ったんだよ。それで怒らせたんじゃないのか?」
結婚を受けなかった、断った理由についてはなんとなく察しがつく。
それはイレイネが悪いとかではなく、冒険者にして夢追い人でもあるオルドにどこかでいい人と身を固めるような意思があるとは思えなかったからだ。
そして予想通り、オルドは大体そのような言葉を口にした。
「だから……お前も知っての通り、俺ァまだまだ冒険者だからな。抱くのは構わねェがその責任までは取れんって言っただけだ」
付随した、その一点を除けば。さすがに聞き逃せなくて、突っ込みを入れた。
「えッ……あの、抱くのはって」
「……? なんだ、お前まだ初心か?」
うぶ、という翻訳された言葉の響きにはピンと来なかったが、話の前後でなんとなくその意味はわかった。
トークテーマが怪しい方向に転がっていくのを感じて、カッと顔が熱くなるのがわかった。
「そ、それはッ……今はいいだろ俺のことはッ!」
「なンだ、ガキくせェ思ってたが女も知らねえとはな。こいつは驚いた」
「う……うるせえな!!」
がははと大口を開けて笑う虎に言い返すが、どうにも他の台詞が思いつかなくて俺は嵐が過ぎるのを待つことしかできない。
仕方ないだろう、入院していたころは恋愛するような自由も、性欲を自覚する体力もなかったのだ。
高校生活を送っているだろう思春期の大事な時期を、ほとんど寝たきりとかけ流しのアニメだけで過ごしていた俺はまともな性教育を受けたことがあるだけマシというもので、これについては保健体育というカリキュラムに感謝しきりだった。
もう二度と食事を手伝ってやらんと俺が暗い復讐心を抱くのも露知らず、ひとしきり笑った虎は口を開く。
「っくく……あー、笑ったら馬鹿らしくなってきたな。それで、何の話だったか」
「いや……だから、なんて断ったかって話なんだけど……抱くのは構わないって、その……そういう、アレの意味だよな?」
「交尾のことだな」
ストレートに言うので、逆に俺が動揺してしまった。
そうか、そうだよな。今まででっかいしゃべる動物程度にしか思ってなかったけど、虎とか冒険者とかである以前に一人の男なんだよな。
ましてこの時代に暮らす男となると、それくらい経験があっても何もおかしくないのだろう。
それが身近だった二人の話というだけで、変わった話ではない。俺はなんとなく、イレイネの細い腰に対して風呂の時に見たサツマイモみたいなそれが宛がわれる想像をしてしまって、無性に気まずく感じてしまう。
ぶんぶんと頭を振って不埒な妄想を追い出すが、隣に座る虎のことは既に別人のように見えてしまって、余所余所しさからちょっとだけ距離を取りたくなった。




