ep9.いびつな師弟関係(仮)
目標更新:軍神を認めさせろ→異世界に向かえ
「良いか。これより十二神の集まりし聖堂へ貴様を招く。その後、貴様を争いの地へと送り出し……どうした?」
「いや……異世界に行かせるって言ってたの、嘘じゃなかったんだなって。俺はてっきり、そういう嘘で俺を殺し続けて楽しみたかっただけかと」
「ふッ……ふはははは!」
主に俺のせいで傷だらけになった石のモニュメントに手を添えながら、獅子は俺のセリフに大笑いした。
その笑いっぷりが鼻について、今どうにかして一太刀入れるどころかこの場で殺せないかなと暗い考えが頭をよぎった。素手だけど背後から首を絞めたり、目玉を突いたりできれば。
全く構えていない状態から拳を振り上げる俺を、獅子は仰け反って笑いながら同じくノーモーションで槍で貫く。久しぶりに槍で殺された気がするな。
戻ってきた俺に、獅子は俺の反抗など意に介さない嬉々とした様子で顎下のたてがみを撫でながら会話を続ける。
「ふっふっふ……当然、貴様を異世界に導くのは本当だとも、我は嘘は言わぬのでな。故にこれも正直に答えよう。あぁ、もちろん楽しかったとも。貴様ら今人が生まれるよりも遥かに昔、あのように人の子らを殺し続ける蜜月を思い出し興じていたことは事実であるな」
こいつやっぱり邪神だよ。
どうりで俺を殺す方法を新しく持ち出したときに機嫌よさそうだと思ったわ、戦争の神というか虐殺の神なんじゃないのかこいつは。
というか、もしかして俺が主神とやらになったらこの戦闘狂の白ライオンが神の世界の権力を握るということか? それ、大丈夫なのか?
殺戮を求めて急に俺のいた現実世界に対して戦争を仕掛けたりしないよな。
俺の脳裏に返り血で真っ白な体が真っ赤になった獅子の姿がイメージされて、それがあまりにも想像に容易かったので少しいぶかしむ。
やっぱり向こうに行っても極力他の神の遣いとやらに会わないよう行動するほうが良さそうだな……と考えていた俺に、獅子がしたり顔で嘯く。
「ふ……貴様が何を危ぶんでいるのかわかるぞ、愁也よ。案ずるな、そもそも我は主神などという地位や権能を欲しておらぬからな」
「え、そうなのか?」
「無論である。主神になりたくば、我が自ら他の神を滅ぼせばよいだけのことである」
「……じゃあ、別に俺が遣いとやらにならなくてもいいんじゃねえのか?」
「ならぬ。決まりでな、遣いを一人選ばぬことには我の神としての格が保たれんのだ」
身勝手に魂を選んでいるだけかと思ったが、神様サイドにもそういう事情があるんだなと「ふーん」と返した。
衣服と体のあちこちに切り傷を作り、最初より少しだけぼろぼろになった体で獅子は胸を張る。
「さて。聖堂に向かえば、我と貴様とでこうして語り合うこともないだろう」
「はぁ」
「どうだ? 今ならば貴様の知りたいことにも答えてやるぞ」
「……えっ」
少し驚いた。
この獅子からそういう言葉を投げかけてくるのが意外で、どちらかというと高圧的で質問など許さんという厳しいイメージがあったからだ。
「えー……っと」
とはいえ、急に振られても思いつかない。
今のうちにぶっ殺せ、と騒ぐ殺意を懸命に押し殺して、何かあるかなとこれまでの日々を思い返したところで、ようやく一つ思いついた。
「……俺ってさ、結構長いことアンタと戦ってたけど……初めてここに来た時からどれくらい経ったんだ? というか、こっちの……死後の世界に時間の概念とかあるのか?」
「然り、我らが神界にも貴様ら今人と同じく時の流れは存在する。そして貴様を我の空間に招いてから……今人らの暦で述べるならば、五年と八か月十日が経過している」
「そんなに?! えっなんで、数え間違いじゃないのか!?」
「違うな。意識を手放した貴様の魂が肉体を再び映し出すまでには幾らか時間を要する。我はその全てを算定したまでである」
サクサク死んで蘇っていたから時間の感覚が馬鹿になっていたが、そんなに経過していたとは驚きだった。そして、俺は死んで速攻でリスポーンしていたと思っていたのに実はちょっと時間が空いていたんだと初めて知った。
それがどれくらいのインターバルなのかはわからないが、確かにあれだけ死ねばそれくらいの時間にもなるか……と考えたところでふと思い至る。
「えっ、待てよ……他の神様らも、同じように遣いを選んでるんだよな?」
「然り」
「じゃあ俺らが戦ってる間、他の人らはずっと俺らのことを待ってたんじゃないのか……?」
「違う。ここは我が拓きし時の流れより隔絶された無間の広間ゆえ、こちらで永遠を過ごそうともあちらの時の流れでは須臾にも満たぬ」
「しゅゆ……? 隔絶って、つまりここにいる間は時間が止まってるのか……?」
「然り」
マジかよ、そんな空間が実在するのか。いや、ここは死後の世界だから実在とは言わないのか? ともかく。
そんなルールがあるなら先に教えて欲しかった。時間が経過しないとわかっていればもっと有意義な使い方ができたんじゃないかとも思ったが、何ができるかを考えても特に何も思いつかなくて自分の発想の凡庸さを呪った。
結局俺はこのスノーライオンが言う通り、戦うか消えるかしか選択肢がなかったのだ。
この猫野郎の言うことに従わないといけない手塞がりの状況を思うと、絶望感より先に苛立ってしょうがなかった。
殺され続ける毎日に対抗するために、復讐心にも似た闘争心を糧とした弊害でどうも怒りやすくなってしまったようだった。
そこで、ふと思い出した。
「待てよ、じゃあ俺が死んでから現実世界……というか、地球だとどれくらい経っているんだ?」
「ふむ、今人の世界であるな。……うむ、ひと月と二十日程度というところだな」
少し考え込むように黙った獅子が、確信を持った様子で答える。
そんなに経っていたのか?
じゃああの時見た両親の光景は本当にあったことなのだろうかと疑問は尽きなかったが、それよりも俺はてっきり死んだあとすぐにここに渡ってきたものと思い込んでいたので、俺がこのライオン野郎の前で目を覚ますまでにそれほど長く空白の時間が流れていたのだと思うとわけもなくゾッとするようだった。
ともかく、獅子の様子に俺は質問を重ねた。
「じゃあ、アンタって現実世界の様子を……俺の家族の様子とかを俺に見せたりすることってできるのか?」
「無理だ」
ばっさりと言い切られた。
嘘は言わないという先程の言葉を信用するなら事実なのだろうが、そうなると俺がこの獅子に抗うきっかけとなった白昼夢は何だったのかと謎が残る。
「我は軍神、あらゆる武と勝利を司る戦の神である。闘争、そして殺戮の果てに生者を死者に堕とすことならばできようが、死者を生者に引き合わせることはできぬ」
殺戮って言ったよ。やっぱそういう悪寄りの神様なんじゃん。
しかし、その言葉に嘘はないのだろう。
だが、それでもこの獅子を信用しきれないのは嬉々として俺を殺し続けていたあの様子のためばかりではない。
俺に家族の姿を見せて奮起させて、試練の態で殺し続けて自分好みの遣いに仕立て上げたと考えれば辻褄が合うからだ。
時系列的にも、あの白昼夢では四十九日が過ぎて、と言っていたので今しがた教えられた経過時間とも合致するはずだ。
とはいえ仮にそうだったとしてもどうせここで別れるわけで、何より俺はもう異世界で生きていく覚悟を決めたので今更何をするわけでもないのだが、やっぱり態よく利用されたのではないかという謎が残るのはなんとなく後味が悪かった。
「もうよいのか」
「あー……他の遣いのこととかって」
「知らん。我等は主神の儀が始まるまで干渉できんのでな」
これについては、そうだろうなと思った。
代理戦争なのだから、事前の接触が許されるならいくらでも手の回しようがありそうだからその辺りの防止策は執っているのだろう。最も神とやらがそこまでするかどうかは知らないが。
他の人たちも俺と同じように殺されまくってるんだろうか、と考えると妙な親近感を抱いてしまうが、仲間になるわけでもないのでそこまで入れ込むつもりはなかった。
その他に俺はこいつ以外の神について尋ねたところ、少し渋ったのちに十一の神について名前を挙げてくれた。
参加する神々の名は、ヘラ、アテナ、アポローン、アフロディーテ、アルテミス、デメテール、ヘパイストス、ヘスティア、ヘルメス、ポセイドン、デュオニソス、そしてアレス。
さすがの俺も聞き覚えがあった。
元々ゲームなどで知っただけなので厳密に出典を理解しているわけではないが、オリンポスとかその辺りの神話に登場する神の名前だったはず。
そうなるとこの獅子がローマっぽい服装をしていることに説明がつく、確かギリシャとかその辺りで生まれた物語のはずだからだ。
そんな西洋の神がどうして俺みたいな日本人を、という思いはあったが……死に続ける日々の中で、獅子は遣いになると頷いたものの試練を乗り越えられずに消滅していった魂もあると宣っていた。
そうなるとこの獅子の前に現れて、そして遣いになると頷き試練を乗り越えた死者がたまたま俺だったというだけなのだろう。
もっとも、一日に世界中で何人が死んでいるのかははっきりとわからないし、そんな偶然が本当にあるのだろうかという不信感を抱くのは自然なことだったが、本当に他の魂とも問答して試練を与えていたと証明する術がないのでこの件についてはこれ以上考えないことにした。
それと、他の神の特徴について重ねて質問しようとしたが、「答えられん」と言われた。
実際に俺が相手する遣いについて聞いているわけじゃないんだからいいだろと思ったが、それ以上ぴくりとも口を開こうとしない獅子の態度に断念する。
「主神ってのは神の世界の偉い人なんだろ。そんな人がいなくなるって、どうしてなんだ? 何かあったのか?」
「知らん」
「……主神がいないとこの世界はどうなるんだ?」
「知らん」
その他にも俺がこれから訪れることとなる異世界の文化や魔法、情勢などについて尋ねてみたが、その全てに同じ三文字を返されてまるで話にならなかった。
呆れた俺は忌々しそうな口調を隠そうともせず続ける。
「アンタ知らねぇことばかりじゃねえか」
「然り。だが、その地の名なら答えられよう」
「名前?」
「然り。その地の名は、アパシガイア。古の神が作りし星の名である」
唯一知っている、とばかりに告げられたその名を口の中で繰り返す。
アパシガイア。
ガイアという響きなら色んなフィクションで使われている言葉と似ているのでなんとなく聞き覚えがありそうだが、アパシというのはよくわからない。
考えても精々が高校教育レベルの俺の知識量では何か閃くことはなさそうだったので、一応覚えておこうと記憶に留める程度にした俺に獅子が言う。
「他は良いのか」
「ああ、もういいよ。さっさと運んでくれ」
「よかろう。だが……どうだ、愁也よ」
獅子頭が白いたてがみを揺らして、横に並ぶ俺を見下ろす。
なんだよ、と見上げる俺に、軍神アレスはそわそわした様子で俺の肩に手を置いた。
大きな手のひらがやけに熱かったのが印象的だった。
「そろそろ我のことを師匠と呼んでみぬか?」
「……はぁ? 呼ぶワケねぇだろ。早く行こうぜ」
くだらないことを言う獅子を俺は言葉でぶった切った。そういえばさっきも戦いながらそんなこと言っていたなと思い出す。
肩に置かれた手を払うとネコ科らしい瞳孔を見開いてわかりやすくショックを受けるので、これまで殺され続けて溜まった鬱憤が僅かに晴れた。
「ぐっ……神たる我になんという物言いか……だが、それでこそ武神アレスの遣いだ、よかろう。我らの武にこれ以上の言葉は不要ということであるな」
「いや単純にアンタと口聞きたくないだけだけど」
「ならば参ろうぞ、我が弟子よ! 我らの武によって、遣いどもを叩き潰しに!」
「弟子じゃねえし、そもそも戦うのも俺なんだけどな?」
ノリノリなライオン頭を他所に、まあ戦うとは言ってないけどと胸中付け足す。
異世界で神の遣いとやらの使命や殺し合いなど放棄して、のんびりセカンドライフを楽しむという俺の基本方針に変わりはない。
そんな俺の思惑など露知らず、この獅子が俺の活躍を願ってこうまで意気込んでいるのかと思うとなんとなくその気持ちを裏切っているような感じがして……まあ弟子呼ばわりくらいは許してやろうかという気持ちになった。
しかしだからと言ってあそこまで念入りに戦闘訓練にすらならない虐殺を続けなくてもいいのでは、と思ってやっぱりどうにかして一回くらいぶっ飛ばしとくべきだったなと苛ついてしまうのだった。
次回からようやく異世界冒険編に入ります。
やっとこのトンチキライオンから離れて登場キャラクターが増やせる……。




