ep0.息子さんは旅立たれました
目標:生き続けろ
死の間際ですら、走馬灯で見るのは病室のことばかりだった。
六歳で病気を発症した。
しばらくは自宅療養しつつ普段通りの生活を送っていたが、若年性にも関わらず進行の早い症状のために十歳で入院生活が始まった。
十六の頃には一人で歩けなくて、十八歳でもう寝返りすら打てなくなった。
筋肉を衰えさせる難しい病は一向に回復する傾向になくて、できることがどんどん少なくなっていくのが歯がゆかった。飼ってた猫すら撫でれなくて、ゲームも満足にできなくなって不自由さに苦しんだ。まともに喋れず、食べることも息することも自分一人ではままならなくなった。
やりたいことは山ほどあるはずなのに、それを考えると辛くなるから考えないようにしてきた。
後悔のない人生を、なんて言えるほど俺の人生に選択肢はなかった。何も満足しないまま、生まれてきた意味すら見つけられないまま俺の人生は幕を閉じようとしていた。
いつか治るはずだと信じていた。いつか治療法が見つかるはずだと信じていた。
自分を支える両親を悲しませないように明るく振る舞って、本当に完治したときのことだけを考えて将来のことを夢に見続けたし、いっそのこと楽になりたいと体を蝕む希死念慮に追いつかれないように一日でも長く生きようとしたけど。
父さん、母さん、ごめん。
俺、ここまでみたいです。
意識が重くなっていく。眠くて仕方がない。両手を握ってくれていることすら、目を開けてないとわからないのに。
死の間際、ここで失うには惜しいモノばかりが頭を過ぎる。
母の作るカレーライス、父が買ってくれたサッカーボール、シャワーを浴びた飼い猫の毛並み、入院中にハマった難易度の高いアクションゲーム、まだ新刊を読めていない漫画。
どれも中途半端、不完全に手放したものばかりで何一つ二度と手に入らないとわかると途端に悔しさが込み上げた。
それでも、ちゃんと泣いてくれる両親の下に生まれてこれたことは何か意味があったのかもしれない。
無理にでもそう思わないと、未練だらけで安らかに眠れそうになかった。
病室を嗚咽が包む。
誰も何も言えないまま、医者が拳に爪を食い込ませながら苦しそうに告げた。