第96話 扱い方は知っている
ジャリ、と地面に転がる石が擦れる音が反響して耳に響く。
ぼやけた視界。鉄の鼻に突く臭い。
夏の時期と思えないほどフルリと震える様な冷たさ。そういえばこの国は前世と違い四季に大きな変化が無いなぁ。
「……起きたかリィン」
ライアーの声でハッと脳みそが覚醒する。
寝ぼけた視界を1度強く瞑り開くと、そこにあった景色は牢屋だった。
「ッ、シュランゲ!」
「居ねぇよ」
ライアーは首を横に振った。
「クライシスも白蛇も居ない」
周囲をぐるりと見回して確認すると、周囲に人影は無く、また牢屋にいるのも私とライアーだけだった。
「なん……なにゆえ……頭くらくらする……」
「お前が突然倒れて、その隙に俺もやられた。まぁ相手は分かりきった話だろ」
「このしびれ……魔法……? あ、いや、詠唱ぞ感じませんし空間的に魔導具……。うぇ、まだビリビリする」
魔法が使えない空間で起こった現象。十中八九魔導具だろう。いつの間に食らったのだろうか。
「…………。」
頭が揺れる。なんというか、めちゃくちゃ眠たい時と同じような感覚。
ただ蹲って酔いが覚めるのを待つ。
これはただ単に魔導具を食らった訳じゃなくて反射的に魔法で防御しようとして失敗したからだろう。
「リィンお前、動けるのか?」
「ちょっと今は無理ですぞり。ただ暫く休むすれば平気かたと」
これは雷? 雷って操れたっけ?
すっとライアーのそばに行ったら避けられた。なんでや。
「じゃあ脱出は?」
見回して見回して、考え込む。
鍵開けなんて出来ないし、やれるとしたら物理に任せた破壊。うん、結論を告げよう。
「一切そんな気ぞせぬです」
大人しく待つしか無い。
果報は寝て待てって言うからもう寝てようかな、頭グラグラするし。ライアーの上で。
近付いたら避けられた。
「何故!!!!」
「うるせぇお前絶対静電気起こすだろ!!」
バレた!
冷たいアイボーに悲しくなる。そこは静電気起きても受け止める所でしょ。はーやれやれ、これだから素人童貞は。
「なんでお前ら大人しく捕まるとか出来ないんだ!?」
首を竦めているとカジノオーナーが現れた。やっほー元気してる? 2回目ともなれば慣れたよね!
流石に気絶はどうかと思うけど。
「ところでシュランゲ出すしてもらっていい? あとクライシス」
「ハッ、わざわざ敵に味方を与えると思うか?」
「いや殴る故に。もしくは殺す」
「味方じゃないのか!?」
「ここまで黙るしていた愉快犯が味方であるわけなきでしょ!?」
「……まぁ、なんだ、元気出せよ」
「うるっっっっせーーーーーよ!」
敵に同情することはあってもされたのは初めてだ!
「ライアーも何か言うして!」
「お前本当に運が悪いな」
「テメェ様も同じ穴の熊なんですぞ!」
「それはそうなんだがな」
何勝手に自分は他とは違います雰囲気出してるんだよ。お前も共犯だからな、すべからく。
「というか素直に聞きたいんだが」
カジノオーナーは笑顔という装備を外すと普通の人っぽい。キャラが薄いなぁ。
シュランゲとか元グルージャの2人が演技外せばめちゃくちゃ濃い、みたいな2人だから余計に思う。
「……なんか馬鹿にされているような。まぁ、いい。なんでそんなにトリアングロの幹部に囲まれたんだ?」
「えっ、喧嘩売るが可能と思って。自分の胃痛は他人に移せ、遠慮するな殺れ、後私はクライシスについては関与ぞしてません勝手に来ますた」
「アレの主人はどこだ! アレが1番厄介なんだぞ!?」
「多分今頃宿で優雅に茶ぞしばくしてる!」
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「ブエッックシュン!」
「どわっ! めちゃんこ大きいくしゃみやな」
「風邪かしら。ほらお馬鹿ちゃんおデコ出して」
「この時期の風邪は厄介だ」
「いや、なんかどっかで噂された気がする。風邪じゃないね」
「リィンか」
「リィンね」
「リィンだな」
「……ヴォルペール様のパーティー、黄金の君の評価酷くないか?」
茶をしばいていた。
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クソ厄介野郎が厄介なのは今更な話なのでフゥと息を吐く。ライアーは相変わらず優雅に傍観の姿勢を保っている。素直に腹立った。
「まぁ良きです。それであなたは誰です?」
「喋るとでも思ったのか……。まぁいい、どうせ何も出来ずに終わるだろうからな」
死亡フラグかな?
律儀に死亡フラグを立てた男は鼻で笑うと恭しく口を開いた。
「──トリアングロ王国陸軍幹部。鹿の名前を頂戴しているレヒト・べナードだ。その檻の中で命のギャンブルが行われる様を何もわからず震え待つといい」
カッコよく言ったのだろうけど。そこはかとなく違和感がある。
「鹿って、格好ぞ付きませぬね」
「鯉とか蛙よりは数倍もいいだろふざけんな!」
あっ、そっちそっち。変に威厳たっぷりで言われるより叫ばれている方がしっくりくる。素なんだろうなぁ、って感じがして。
「じゃあ、第2王子の誘拐はお前が?」
「誘拐?」
何を言っているのか分からない、と言いたげに肩で笑い始めた。
「誘拐とはおかしなことを。エンバーゲール様は自ら我々に手を貸してくれている。……ぶっちゃけ訓練の時間もまともに取れない潜入兵が誘拐出来るわけが無いだろ」
カジノオーナーがゴリゴリに鍛えられていたら疑うよね、色々。
魔法は使ってないと思っていたけど、まさか本当に裏切りの方だったとは。
なんとしてでも国に伝えないとまずいな。
貴族ならともかく第2王子はまずい。
「私はこのカジノにてずっと時が来るのを待ち続けていた。あんな蛆虫みたいな貴族相手は疲れる……」
「分かる」
「残念ながら私も分かる……」
貴族って困るし嫌だし疲れるよね。
しかもべナードはクアドラードではただの金を持っている庶民だろう。疲れるだろうなぁ。
「あの貴族共、自分の使った金が巡り巡って自分を殺す為の武器になると知ればどんな顔をするだろうな」
「…………。」
趣味が、いいな。
あっどうしよう別に貴族に恨みがあるわけじゃないけどその絶望の表情はとても見たい。
私も悪巧みしたいよーー! こんな後手に回って対処とかしたくないもーーん!
はぁ、まぁ、今は考えなきゃ。
この状況を打破できる術を。
確実に言えることは戦争が近いってこと。それこそ秒読みで。
「──さて、サイゴの別れはそろそろいいな」
「……あぁ、いいぜ」
べナードがそう聞けばライアーが答える。
「えっ、どういう」
「どういう、って。殺すに決まってるだろォ?」
…………は、なん。
あ、いや、わかっていた事じゃん。こんなにポロポロ情報を零すのは冥土の土産だって。
べナードは馬鹿にしたように笑みを深めていく。
「お前が気絶して、この男を素直に捕えられると思ったか? 契約はこうだ『お前を殺さない代わりに素直に男が殺されてくれる』と」
「ッ!? ライアー!」
それって、私の生と引き換えにライアーが無抵抗で死ぬって事だよね!?
「リィン」
その時、ライアーは私を抱き締めた。
「……大人しく待ってろ」
ガチャ、と何かが外れる音が私の背中からした。
大きな背中に隠れた私。視界の端でライアーが魔導具を仕舞っている。多分、私が気絶させられた魔導具がそれだと思う。
ライアーは私にだけ聞こえる小さな声で告げる。
「迎えに来る」
「冗談でしょ」
私はライアーに笑いかけた。
「私、迎えをただ待つヒロインって柄では無きぞ」
一瞬の油断を心から悔いた。