第95話 四面楚歌には裏切りが足りない
レヒト・ヘレティックと名乗った男はニコリと笑顔を浮かべたまま私に顔を近付けた。
こいつトリアングロ? って瞳でシュランゲに視線を向ければ『さてどうでしょう』みたいな顔で誤魔化された。
「初めての参加、でございますよね」
「はいです」
「では地下闘技場説明をさせていただきます、リィン様」
ん? 自己紹介したっけ?
「あの、私名前カジノに教えるしますたっけ?」
私が疑問をぶつければキョトンと目を見開いたあと、オーナーさんは笑い始めた。
「はははっ、ご冗談を。地上の闘技場の準優勝者を知らぬわけが無いでしょう」
それもそうか。
ということはライアーも知られてるし。
あー、しくったな。ちゃんちゃらおかしいサイコパス君の情報も行き渡っているってことか。
これじゃもしトリアングロの人間だろうと動揺しないだろうな。
「それで地下闘技場ってどのようなる場所なのですぞ? 私多大なる興味ぞあるですが、今まで機会ぞ無かったもので」
「………………なん、え? ん? あー、すいませんよく分かりませんでした」
「こいつの言語が不自由で本当に……」
ライアーが本当に申し訳なさそうに言いながらはーーーーーーーと深いため息と共にしゃがみこんで頭を抱えた。
「なにゆえ伝わらぬぞ」
「自分の無い胸に手を当てて考えてみろよ。慣れてきてる自分が嫌だ」
蹴るぞその頭。
有言 (してないけど)実行したら普通に避けられた。チィッ。
「あー(めっちゃ困ってるって顔)」
カジノオーナーはヘルプの視線をキョロキョロと周囲に向けるが、残りの2人は全く喋らないので諦めた模様。
「えっと、地下闘技場について説明させてもらいますね。参加条件は奴隷です。闘技場に奴隷を参加させるもさせぬも自由です」
「ふむふむ」
「ルールはシンプル。奴隷の参加費はチップ100枚。これは自動的に賭ける形になります。そして、さらに別の誰かに賭ける事も可能です」
なるほどね。勝ちたければ自分の奴隷は考えないといけないってわけか。
まあでも、ここの裏ルール的に『戦ったことがない素人』を出すのが正解なんだろうなぁ……。
「さてリィン様。見るだけになさいますか、それとも奴隷を参加させますか?」
「折角ですから、参加ぞしたきです! クライちゃん……」
私が見るからに奴隷っぽそうな奴に視線を向けて、語りかける。
「どうする? まだ居る?」
「(グッ)」
親指と中指が同時に立てられた。
『もちろんいるよ! デモうっかりお前さん殺しちまうかもね!』の意味だ。この頓珍漢め、殺られる前に殺ってやろうか、シュランゲが。
「というわけでハイトに出るして貰います。おら、たったと稼げ老人」
「……老体に鞭を打ちなさる」
ひくりと頬を引き攣らせたシュランゲと、固まるカジノオーナー。
「お」
「お?」
「お前の方かよッッ!」
理解した。
この膝から崩れ落ちたカジノオーナーツッコミタイプだ。
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結果から言おう。
もうね、何を言うまでもなく分かりきっていたことなんだけど。
──シュランゲの圧倒的勝利。
「ですぞねー」
「だよなー」
「(ネー)」
さて、ここらへんで探りを入れに行こうと思う。
まず大前提の話だけど、この第2王子の誘拐の犯人は十中八九トリアングロで間違いない。
根拠はシュランゲだ。
シュランゲは長年子爵邸に潜んでいたし、私達が関わった事件以前は怪しい動きなど微塵も無かったという。
つまり、そこまで徹底して動かず牙を研いでいたというわけだ。
それに関しては今回の誘拐事件も同じである。分かりやすく、すぐに事件が判明する『第2王子の誘拐』の件。
わかる。バレる。
そんな大きな動きをしたシュランゲの黒幕、トリアングロ。
こんな大きな事件を起こすのがトリアングロ以外に考えられない。
もちろんこの国の貴族の可能性もある。
だけど、第2王子が誘拐されたタイミングは恐らく第2戦目のすぐ後。
そのタイミングなら人もいるし護衛もいる。
すぐにバレるし時間が経てば特定されるのに、魔法を使って誘拐、なんて大掛かりなことをしてもすぐ捕まるだけだ。
魔法には詠唱が必要だから。詠唱中にバレる。……だから無詠唱の私を睨んだのかもしれないけど。
魔法を使わずとも物理で誘拐が出来るかもしれないが、この国の貴族の常識に第2王子は武の腕が立つというものがある。大会に1人で出場出来るくらいには。
そんな王子を魔法頼りの国の人間が物理で誘拐出来ると思うか?
可能性として。
・王子を圧倒出来る力量を持った人間が攫った
・王子が自ら姿を消した
ってのがある。まぁ、王宮側の情報が足りなくて現状での可能性ってだけの話だが。
ま、なんにせよ『トリアングロの人間』が居れば私の冤罪は無くなるに等しいだろう。
「リィン様、素晴らしい戦いでしたね」
カジノオーナーがやって来た。
「おめでとうございます。……っと、あまり喜ばれてなさそうですね」
「あ、いえ、私の奴隷が勝つ事は分かるしたことです故に。ギャンブル、としては不成立ですたなーって」
椅子に座ったまま腕を組んで背もたれに体重をかける。
うん、あまりにも分かりすぎててつまらなかった。ギャンブルとしては不成立だなぁ。
「ね、それよりもっと面白き賭けとか無いです?」
「おや。例えばどのような?」
「ん〜、例えるなれば。そうですね」
私は無言の約束を守っている律儀非奴隷野郎に腕を絡めた。
「命、とか?」
うっそりと笑って見せた。
「ッッ!」
「だって最高にスリルでは無きですか? あぁ、20年前を見るしたかったものです」
戦争ともなれば沢山、沢山命が賭けられたのだろう。
「命を賭けるなら、魔法より刃ですぞね……」
これはハッタリである。元鶴と白蛇(仮)の2人と一緒にいる私、果たしてどっちの国側と見られるだろうか。
シュランゲが子爵従者なんて地位に食い込めたのならば、カジノオーナーだって可能性があるよね。
このカジノにいる貴族、どうやら性根はとても腐っていらっしゃる様だし。グリーン子爵が『一緒にされたくない』と消えるくらいには。
カジノは胴元が稼げる仕組み。
クアドラードの膿を集めて、金を巻き上げて、さて、一体何を企んでいるのでしょうか。
根拠もないただの勘。
私、ポーカーが得意なの。
ハッタリかますのが。
カジノオーナーはゴクリと喉を鳴らして口を開き。
「──いやお前ただ黒幕殴りたいだけだろ」
「ライアーーーーッッッッ!」
「あっ」
やっべ、と言いたげに口を塞ぐライアー。
おま、お前さあ!
「いや、ホント悪ィ、あまりにも胡散臭すぎてつい本音が」
「このタイミング! タイミングぅ!」
「俺らコンビネーションもだけどコミュニケーションも足りねぇと本気で思うわけ。んな即興に着いて行けるかよ」
サイレント大爆笑野郎が指さしながら無音で笑っているけど、お前は喋らなければ良いってわけじゃないからね!?
「ふっ、ははは、面白い方達ですね。まぁ、残念ながらそんな物騒な賭けは無いのですが」
地下闘技場の内容は物騒じゃないのか。
でも思わずホッとする。どうやらあまり気にしてない様だ。
するとキラキラした笑顔で奴隷が駆け寄って来た。
「ご主人様見ましたかな、魔法を使う奴らを殺す奉仕活動ほど楽しいものはありませんな!」
お前が物騒してどうするシュランゲ!
「この空間で1番物騒なのリィン様の連れなのでは?」
カジノオーナーの疑問に思わずぐうの音も出なくなってしまう。わかる。
「……ライアーの大バカ野郎。うんこ髪野郎」
「おい下品な言葉はやめろ」
「少々頭がパーなのではなくて? あぁ、道理で。おクソの髪色していらっしゃるのね」
「お前の言語本当にどうなってんだ? お前の出身のファルシュ領は異界か? むしろ本当にこの星の存在か?」
ファルシュ領が異界なことは否定出来ないけど正真正銘この星の人間ですー!
「お連れ様が残念ですと苦労なさいますね……。お話を聞くと非常に苦労されている模様」
「そうですぞ」
あぁ、胃が痛くなってきた。意味深ムーブが無意味と化した。
絶対後で殺す。ライアーのクソ野郎。
そりゃ、自分でも全く違う演技をしたけどさ。トリアングロ側には付きたくないしかと言ってクアドラードも好きではないし、戦争は起こって欲しくないし関わりたくもないけど!
「もしや」
カジノオーナーは顎に手を当てて考えた。
「もしや?」
「あぁ、いえ、もしかすると。……リィン様、第2王子殿下の誘拐の疑いを掛けられておりますか?」
思わず警戒を上げた。
それに気付いたオーナーは慌てて手を振る。
「私は関与してませんとも。ただ、地上の闘技場は注目しておりましたし、地下にいらっしゃる貴族の方々は皆口を揃えて言いますので。『第2王子殿下が手に入れば』と」
おっ、と。
カジノオーナーともあれば情報を入手出来るし、何かあれば情報提供でも頼もうかと思っていたから。ある意味丁度いい情報。
冤罪という言葉からその結論に至ってもおかしくは無い。
「私がこのカジノを経営している理由をお教えしましょうか。クソの様な貴族の力を削ぎ、経営を傾かせているのです」
思わず目を見開く。
貴族の力を削ぐ。と、言うことは不敬罪みたいなもんだ。あまりこの国は法律の力は強くないけど。
「少々難しい話になるのですが、クアドラード王国としても邪魔でしょう。ろくでもない貴族が金を抱え込み、経済を止め、資金故におかしなことを企むのは」
参勤交代という言葉がやけに脳内に残っている。
確か東の方の国の文化だ。
その文化は領主が定期的に大勢の人数を連れて王都に向かうって感じのもの。まあ大雑把だけど。
内乱や革命を恐れる国王が、諸々の領主に戦争をさせないようにお金を使わせる、という目的があるらしい。
つまりこのカジノも、金を溜め込み内乱を起こすことがないように消費させている。
そういう目的らしい。
「はぁ、なるほど。魔法さえ優れるすれば貴族になるが可能の人、ありますね。その子孫は親の栄光にぞ縋るクソでしょうし」
そこまで読み取れればひくりと頬が引き攣った。
「だからお前、お前そういうところなんだよ。だから、なんで理解出来るんだよ」
言語と脳みそは別物です。
「はは、まぁ、話はまたに致しましょう。チップが少々多いですので、別室に用意させていただいております」
そう言って案内されることに。
はぁ、仕方ない。出来れば早い内にカタをつけたいもんだけど。鼠ちゃんは居ないし、証言出来る中立者が居ない中で長いこと過ごすもんじゃないかな。
このオーナーがトリアングロに関わってないなら黒幕を一気に捕縛! なーんて事は出来ないわけだし。トリアングロを差し出せば良いけどここにないならその策は無しです。
「ライアー、後で覚悟すておいて」
「嫌だ。普通に断る」
「悪きと思ってる?」
「思ってる思ってる。……実際無意味な演技だったんだし別にいいじゃねぇか」
「おっさん!」
「チッ、地獄耳め」
文句を訴えようとライアーを見上げた瞬間。
──ビリッッッ
体が一瞬で震え上がった。まるで電気を流された様に硬直する私の体。
あ、まずい。これはまずい。気絶する。
「ラ、ィ……」
ぼやける視界の中で、倒れ込む私に手を伸ばすライアーの姿が見えた気がした。