第83話 孤鼠々々
宿に戻った監視対象を監視がじっと見つめる。
監視対象は2人いて、監視役は自分1人。幸いここまでは揃って行動してくれた為監視しやすかったがどうしても見えないタイミングが出てしまう。まぁメインで監視している少女の部屋に潜り込んだ。
監視は透明化の魔法を念の為掛け直し、部屋に佇む。
年頃の娘だ。果たして真実はどうなのであろうか。
聞けばこの監視対象はトリアングロの手のもので、第2王子であるエンバーゲール殿下を誘拐した一味の可能性が高いという。
話を聞く限りはそんな要素はなく、ただ冤罪に怒っている様にしか見ないが……。
邪心を振り払う。
一度だ、たった一度。許されない失敗をした。
ファルシュ家に潜り込み、あろうことか王宮からの手の者だと漏らしてしまったのだ。
ファルシュ家は新興貴族だ。つまり現在の領主であるローク・クアドラード・ファルシュは初代であるのだ。
クアドラードの名が付くように、ロークは王家に数えられる男であった。
20年前、ロークは第2王子として王都で暮らしていた。
その当時は現国王のロブレイクとロークは王子として父親の下にいた。
決して王にはなり難いポジション。
幸いなことにロークは王の席に興味はなかった。あるのは『死』のみ。ロークは、人の心がよく分からなかった。
人が死ぬということはどういうことなのか。人を愛するということはどういうことなのか。
20年前ですら既に2人の子供に恵まれ、平民上がりの男爵家の娘と結婚していたが、ロークには理解し難い感情であった。
戦争の停戦契約が結ばれる頃、ロークはそれはそれは鬼神の様であった。戦場で暴れ回る金色の死。家に帰らず、当時の辺境伯──ブライト家に居候をし、ちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返していた。
停戦契約が結ばれたのはクアドラードの当時の国王が渋々ながらも了承したから。そしてその原因を作ったのはロークと宮廷相談役のルフェフィアだった。
2人は大罪を犯した。国を裏切るような大罪だ。
しかし周囲の庇護もあり、更にいえば当時の国王が大分ぶっ飛んでた頭パー野郎であった為、情状酌量の余地あり。と。
ロークは罰として、ブライト家とオーディネリー家が治めていた土地を継ぎ、辺境伯として国境の領地を任されることに。
ルフェフィアは宮廷相談役を退職することに。
そして国王は、王子に席を譲った。一応形式上は。それが今の国王ロブレイクである。
辺境伯に飛ばされたロークはこれ幸いと戦を待ちわびた。
もう少し、もう少し殺せば、何か理解できるのかもしれない。そこにあるのは狂おしい知識欲だった。
死は唐突に訪れる。
ローク・ファルシュの妻、シャーロットの死去。14年前の話だ。
その時からだろう。飢えた獣が鳴りを潜め出したのは。
シャーロットが亡くなる寸前、リアスティーンという子供が生まれた。その子はファルシュ家の獰猛果敢──もとい、ちょっと過激な話題はなく、病弱で屋敷から中々出られないという。
ここまでつらつらと語ったが、要するに『あの弟の娘が病弱だと? 姪っ子の様子がめちゃくちゃ気になるから探ってきなよYOU!』……という話だった。
そうですよね、国王陛下。前国王の性質を色濃く継いでるロークの娘がシャーロットに似て病弱なんですもんね。そりゃ気になりますよね。
──真実は残念ながら、病弱さなど欠けらも無い。普通に色濃くロークの血を継いでる。
ただ不思議なことに、何故か原因を覚えていない。任務を失敗した理由を。何故自分は任務を失敗していたのだろうか。何故、どのようにして、王宮からの者だとばらしてしまったのだろうか。一体誰にそう告げたのだろうか。
「ふんふふーん。ふふーん」
鼻歌を歌いながら呑気に着替え始める娘。
ようやく眠りに就くことが出来て嬉しいのだろう。
監視役は呑気だなぁなんて思いながら念の為視界に入れながらも焦点をズラした。
そんなことあるわけがないのに。
この状況で、鼻歌歌えるほど呑気になれるわけがないと言うのに。
「──〝ロックウォール〟」
たった少し意識を逸らしたそのすきに、石の壁に囲まれた。
ここは宿の2階で直接使える土が無いというのに地面から地魔法が生えた。
なんという、魔力!
石の壁といえど、平べったい壁ではなく檻の様に細長い物が三角錐の形で取り囲む。
これは、やられてしまった。
「真っ黒鼠よ出ておいで〜」
呑気に歌を歌いながら少女が近付く。
その日、男は思い出した。
同じように見つかった恐怖を……。
思わず蓋をした拷問の屈辱を……。
練り上げられていく魔力に忘れていた記憶を思い出す。そうだ、あの日ファルシュ邸に潜り込んだ自分がバレたのは同じような不思議な言葉を話す少女の存在を。
「でないと水責め火あぶりぞ〜」
──あっ、これローク・ファルシュの娘だ。
奇しくも、同じ人物に失敗を許してしまった。あー。これ死んだな。物理的に。
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サイレントを部屋にかけて隣の部屋にいるライアーに聞こえない様にすると、私は普通に鼠捕りをした。至極簡単。魔法の効果が切れるタイミングを狙い、再び魔法をかけた瞬間の魔力を辿って捕獲しただけ。
2種類同時に魔法を使えないのか、透明化させた状態で防御魔法が使えなかったらしく。簡単に姿を表した。
ガッツがないぞ鼠くん。
鼠はスっと腰を下ろして片膝を立てた。
「……お、久しぶりです。リアスティーン・ファルシュ嬢」
「ん? んん?」
しかも貴族の私と冒険者の私では大分印象を変えているから特定出来るのなんて言語と髪色くらいしか無いはず。
リアスティーンである時に、不思議語を喋った家庭外の人間。
「あぁ! 王宮からの鼠ちゃん」
「…………黙っとくんだった」
ボソッと後悔を呟いてももう遅いんだよねこれが。
私が思い出してしまったのが運の尽き。いや、それ以前に私に関わった時点で運が尽きているかな。
「それで、また王宮からですか。今度は第2王子様の誘拐? ねぇ鼠ちゃん。賢い鼠ちゃんは、私にそんなことぞすて利益になるとは思わぬですよねぇ?」
箒を取り出す。
ペシペシと鼠ちゃんの頭に穂先で叩き始めた。気分はお坊さん。こいつは木魚。
痛くは無いけど、貴方は思い出すよね。
ファルシュ家で受けた──というか私がした拷問でギャン泣きした記憶を。
拷問って言ってもそんなに痛いもんじゃないよっ、だって私センシティブなこと出来ないもんっ!
……ただちょっと人間の尊厳を失うようなことしただけで。うん。最終的に逆さ吊りにしたけどさ。晩御飯食べたかったし。
ただ鼠ちゃんはそれを思い出してブルブル増えている。
良い子のみんなは拷問内容なんて聞いちゃダメだぞ! いくらあくどい男だろうと、ライアーにもペインにも言えないなぁ。細かい内容。
「はい、はい、そのとおりで……」
いやー良かった! 私が貴族だと知ってる人間が居て!
トリアングロの者でもなければ、貴族として誘拐するメリットも無い。ねー、鼠ちゃん。
「鼠ちゃん、命ぞ、ある?」
「(ビクゥッ)」
私が問いかけると面白いくらいに体が跳ねた。
この人素直過ぎて密偵向いてないと思う。まぁだから透明化の魔法オンリーで探っているのかもしれないけどさ。
「…………いや、正直。無いです。はい。俺今回失敗したら確実に処分され」
「辺境伯の娘ぞ敵に回すして、それでも生きるが可能?」
「ひぇ」
私鼠ちゃんの身分をよく知らないけど、まぁ辺境伯の娘の方が権力的に上なんじゃないかな。
こういう密偵監視って能力だけで選ばれるから、生まれた頃から貴族として育てられた貴族はオーラがあるので向いてないことは断定出来る。
法律的に身分差を除外したり、君主の身分に追随するなら話は別だけどさ。
私、これでも深窓の令嬢やってるの。か弱い女の子なの。世間に向けて泣いたら勝てるのは私だよ。
「ともかく、鼠ちゃんは私の身分ぞ伝えるして。状況的に主は大臣?」
「はッ、ハイっ」
「……。そしてそのまま私ぞ探り続けるして」
「はい……はい?」
声が裏返った。主は国王だな。
監視役を証人にする。
本当はこの鼠ちゃんに精霊不可侵の場所を教えてもらおうかと思ったけど、情報の経路が無ければ証拠にならない可能性がある。
王都で精霊不可侵の場所を鼠ちゃんに聞いたと証言すれば、鼠ちゃんと私が繋がっていることになり、鼠ちゃんの監視記録が全て無駄になる。懐柔されたと思われてしまう。
犯人じゃない証言になっても、共犯者じゃない証言にはならないしね。
「はぁ、鼠ちゃんさ、相手ぞ悪かったとは言え、少なくとも3人に速攻バレるしているの、まずき事と思うですよ」
分かりやすいように区切って区切って優しく教える。
それなのに鼠ちゃんったらびくつくびくつく。
失敬な、こんな可愛い女の子に責められるのなんて一定の界隈ではご褒美なんだぞ!
「さ、さんに、ん?」
「お前密偵向いてなきです」
「んぐぅ……」
項垂れた。
いや、本当に向いてないと思う。それが演技だったら流石に私が泣いちゃう。