第48話 おあとがよろしくないようで
その日。冒険者ギルドで、リリーフィアさんの悲鳴が響き渡った。
「えぇ!? ライアーさんはともかくリィンさんもこの街を離れるんですかぁ!?」
キィン……。と耳に障る声。
思わず私もライアーも耳を塞いだ。
「と、言うしてもすぐじゃ無きですよ?」
戦いの後、子爵邸で怪我の治療を受け、そして徹夜だったこともありすぐ休息を取った。
昼には起きて子爵邸を去ろうとしたんだけど、招待された貴族飯には逆らえなかったよ。ひ、久しぶりの金かかったご飯〜! 飛びついたよね。マナーを使わない意識に気が回ってよかった。あぁでも実際はそこまで酷くしなくても良かった。せいぜいナイフとフォークの使い方に首を傾げて、子爵の真似をする程度。
リーヴルさんとかテーブルマナー綺麗だったし、ラウトさんやライアーも歳のおかげか庶民と考えれば特に文句無しのマナーだった。ペインはマナーをあまり知らないのかリーヴルさんの真似をしていたし。もう1人の男……、名前すら分からない気配の薄い人と、サーチさんはボロボロだったけど。
その時の子爵の顔と言ったら。『貴女絶対テーブルマナー知ってるでしょ……? あ、いや、言語を考えたら知らない可能性もある……?』って感じの顔してた。混乱オブ困惑って感じ。
そのあとはあまり長居するのもどうかと思ったのですぐにダクアに戻ってきた。
先に私兵団がある程度の後始末を終わらせてくれていたので、騎士団やら奴隷商でちょっとだけお話した後、各自解散という流れになったのだ。
「1ヶ月は盗賊の取得物の提示ぞあるでしょう? あと1週間は最低いるですよ」
「ううーん。ギルドとしても実力のある冒険者には定住して貰いたいものなんですが……」
「滞在の義務は──ありませぬよねぇ?」
私はギルドカードを取り出した。
そこに書かれてあるランクは、Fランク。
同じようにライアーも義務のないFランクの冒険者カードを持っている。
「あははー……。──本当に余計なことに気付いてくれやがりましたよねお二人とも」
この世界に同意書なんてものは何も無いけど、Fランクはただの身分証ってだけで何も義務が発生しないのはよく分かった。Fランクの私が知らないってことはEランクに上がると強制的に説明されるんだろう。
多分、デメリットも存在するだろうけど義務が最大のデメリットなので問題無い。
「まぁ、ともかく無事依頼を達成出来たようで何よりです」
「……これ、依頼になるです?」
「表沙汰に出来ると思います? えぇえぇ、はっきり言います、無理ですよ。依頼として処理は出来ません。私とギルマスも昨晩ざっとした報告は聞いてますが」
ですよね。
トリアングロのスパイが子爵邸に長年潜んでいた上にスタンピードに関わったであろう事件を力技で解決した。だなんて。
「戦争の予兆がありますね……」
「だろうな」
「でしょうね」
「そこに気付けるから貴女達はFランクのままなんでしょうね」
スタンピードが意図的に起こった事件だと確信が取れた現状。国の食料庫であるグリーン領の首都が狙われたのも分かる。兵糧攻めは基本だし。
「ま、俺らは暫く国境から離れる」
「事件に関わった以上、それが確かに安全ですね。私は、個人としては、非常に、ダクアに残って欲しいものですけど」
「リーベがいるから無理」
「サブマスいるから無理」
「なんでリーベさんと同等に扱われるんですか!」
いやだって、絶対私たちの事便利だとか味しめて使いまくるじゃん。無理矢理FランクからEランクに上げようとしたの覚えているからな。
「……まぁ、お2人ともご無事で何よりです」
「こいつ額やってるけど」
「そういうのは! 私がちょっとかっこつける前に! 言ってくれませんかね!?」
ペローッとライアーが私の前髪を捲ると額が空気に晒される。
リリーフィアさんは私の額を覗き込んでうわぁと呟いた。なんだようわぁって。そこまで酷くは無いでしょ。
「回復魔法でも治らなかった深さですか」
「魔法って、傷跡1つ無く治るが可能だと思うすてますた」
「んなわけねぇだろ」
「回復魔法って他人の魔力で自己回復能力を速めるだけの物ですからね? リィンさんの言っている事って、おとぎ話とかのレベルですから」
「ぶぅ!」
それ、何回も言われた!
ペイン達に馬鹿にされたばっかだから!
回復魔法があれば出血死とかは免れるけど、欠損が治ったりー、とか瀕死の重体も健康体にー、とか。そんな『魔法』みたいにとはいかないんだなぁ……。
現実って世知辛い。
「ところで」
ライアーが腕を組んで肩の力を抜く様に軽く息を吐き出した。
「──ギルドの入口で盗み聞きしてるクラン共」
「あっ、バレた?」
「ヒュー! 流石ライアー! この勝ち組!」
「この街出ても元気でなー! 俺はお前を殺しに向かうが」
「俺はお前のおかげで呪詛を覚えた覚悟しろよこのボケカス」
オルァ゛ッ! と本気で殴っている月組。
ライアーはギャイギャイ言いながら避けたりぶん投げたりしている。ヤダヤダ、男の嫉妬って……。
「優越ぞねぇ……(心からの本音)」
「俺最近よくわかったんだけどリィンって性格歪んでんな」
ギルドの外から現れたのは月組で、どうやら言い争っている内容的にリリーフィアさんの叫び声で聞き耳を立てていたみたいだ。つまり最初から。
ギルドに来た時間が普段と違って他の冒険者とかち合う時間だったし、特に危うい所は話してないから別にいいけど。
隣に来てカウンターに持たれかけたグレンさんが私の頭をグリグリと大雑把に撫でた。
「リックさんは?」
「あそこで面白そうだからって混ざっている」
月組VSライアーという負け試合を繰り広げている中に、能天気に笑いながら混ざっているリックさんがいた。
「私もしもしぞするとアイドルなのでは」
「もしもしって……。あー、知らないか? あいつらお前のファンクラブ作ってっけど」
「初耳ですよね。普通本人に許可取るしませぬ?」
「取りはしないだろ」
「せぬですかー」
あ、どうやら意外にもライアーが月組を沈めきったみたいだった。
タイミングが合わなかったのか10人くらいしか居ないが。
「あいつ、変わったな……」
「どいつ?」
グレンが遠い目をしてその惨状を見つめる。
私が首を傾げれば、グレンさんはこちらを見ていないが答えた。
「ライアーだよ」
「おっさんが」
「ここに来たばっかの頃は……あー、女好きなところは変わりねぇけど、からかっても感情は基本出さないし、もっとこう、トゲトゲしてた」
「面影の心当たりはあるです」
無一文から始めた冒険者生活。
コンビを仮で組んだ時、なんてクソみたいなおっさんしかいなかったんだろう。神様私のこと嫌いなのかな。なんて思っていた。
親切とか一切無いし、他人に興味なんてありません、みたいなスタンス。子供だろうと容赦なく使うし、普通に囮にしようとする。
そんなクール気取ってカッコつけていた男がギャースカ騒ぎながら感情むき出しで子供みたいにはしゃいでいる。
「私が原因で変わるすたなら」
……この変化が私によるものなら。
そんなことを考えてグレンさんを見上げた。
「──愉快極まりなき」
嘘つきの私が、心からの笑みを浮かべて。
これにてダクア編は終了です。小話挟んで次は王都に移動してもらいます。
ここまで読んでくれてありがとうございました。評価感想よろしくねいやまじで。