第46話 力こそパワー
ヴィズダム・シュランゲと名乗った男は執事の仮面なんて脱ぎ捨てて、トリアングロの者として存在した。
「どうぞシュランゲとお呼びくだされ。シュランゲは家名ですが、名乗れるのは当主だけなのが我が国の文化なのでございます」
つまり親の栄光にはすがれず、息子や娘は庶民であるということかな……?
いやそもそも、陸軍と言ったねこの人。軍隊、だと貴族という扱いになるのか? ダメだ、物を知らなすぎて何が何だかよく分からない。
「時に、リィン嬢」
「な、にですか」
正体がバレた。いや、正体をバラしたのにも関わらず余裕な態度。
まるで障害になる物なんてここに存在しないと言いたげな態度だ。
私は警戒を高める。
この余裕っぷりだともしかしたら、戦闘になれば私とライアーだけじゃ勝ち目ないかもしれない。
時間を稼がなきゃ。私の視界を通して見ているペイン達が駆け付けられる時間を。
「──トリアングロにいらっしゃいませんかな」
「……は、」
まさかの勧誘にギョッと目を見開く。
聞き間違いだと思ってライアーを見上げると、口に手を当てて困惑している様子だった。
「貴女はまだ若いにも関わらず、大人に紛れ……。いえ、大人でさえ超越する実力をお持ちだ。こうして、証拠も何も残さず、子爵の信を得たはずの私を見つけ出す、ほどには」
……。
私は、このクアドラード王国とトリアングロ王国の関係をあまり知らない。戦争をしており、停戦中ということ程度。
組織形態も全く知らない。
もしかしたらクアドラード王国よりも素敵で、そして待遇もいいかもしれない。
「とても魅力的と思考するです」
「でしょう」
「私の生きる選択肢を増やすが可能ですし、勧誘するからにはサポートぞしてくれる。辺境伯令嬢よりもずっといい生活ぞ保証してくれるですぞね?」
「もちろん!」
輝かしい笑顔で肯定するシュランゲ。
私の実家を知った状態で告げられる言葉に、さらに魅力が増す。
──けど。
「断る」
「おや」
私は腕を組んで睨みつけた。
「この国で生まれるした以上、私はこの国の人間ぞ」
深窓の令嬢はあまりにも世界を知らない。ただの庶民なら国は簡単に捨てられた。
でも、辺境伯の令嬢として、貴族として生まれた以上。
「例え内部が腐ってようがクソみたいな国だろうが、自分が変えるすてでもクアドラード王国の貴族として生きるです」
っていうのが建前。
「あと魔法国家万歳。得意分野をいくらでも生かすが可能の便利な国をおめおめ捨てるものか」
「おい……」
隣のライアーが気の抜けたツッコミを入れる。
いや、だって仕方ないじゃん。小さな箱庭でしか暮らしてないし、街に出て1ヶ月も経ってない世間知らずのままで、他の国がどうかは知らないけど。
魔法国家って、最高じゃん?
いくら魔法で奇抜なことをしても、無詠唱しても、まぁ大概は驚かれるけど『行使可能の可能性』がこの国にはある。それに人間よりも魔法を扱うのが上手いエルフもいる。
あと家柄が家柄なのでやらかしても大体大丈夫。
軍事国家。実力主義の国とか組織は確かに楽そうで私も実力はある方だと自負出来るが、それって自分よりも実力持ってる下に追い上げられる怖さがあるも同然。
私は別に王様になりたいとか贅沢したいとかじゃなくて、普通に平凡に暮らして胃にストレスかけない生活がしたい。
そこそこの地位でそこそこの権力でそこそこの実力持っている方が心の安寧。
そこそこかはさておき。
「あぁ、たしかに。──我が国に魔法は要りませんな」
迫る腕。
眼前。
爪が。
「ッッ!」
ビッと鮮血が走る。
──ドッ!
「グッ!」
お腹に入れられた強い衝撃を受けながら私はその力に抵抗することなく蹴り飛ばされた。
「リィン!」
「おやまぁ……。これは驚きました」
シュランゲが右手に付着した血を払うと、地面で転がり込む私を見下ろしていた。
「危機反応がよろしいようで」
「ゲホッ、ゲホッ!」
さっき、一瞬にして私の前に移動したシュランゲ。
彼の腕がしなる鞭の様にニュルンと私の目を狙ったのが分かった。爪が蛇の牙のようで、怖かった。
詠唱が必要な魔法職は喉を狙えば大概何とか出来るけど、私は無詠唱で必要無い。でも、目に食らったら本当にまずい。魔法が狙えなくなる。
頭を反らす事でかろうじて避けたけど、避けきることも出来ず鋭い刃に額をザックリやられた。流れる血で片目が塞がれる。
そしてその一瞬の隙で蹴り飛ばされたってわけだ。
「ふむ、思っていたより手応えが無い。後ろに飛びましたか」
うちのレイラお姉様(クソ鬼畜)の対戦相手してたらそりゃ怪我が少なくなる方法編み出しますわ! 怪我が出来ないとは言ってない!
蹴りの衝撃逃がすために若干、ほんの少しだけ後ろにとべた。抵抗することなく蹴りが入ったけど、私は蹴りを受け止めることが出来るほど頑丈じゃない。
ううううう痛い。
痛い。
でも、見ろ、視ておけ!
ペインに情報を伝えろ。
例え私がここで死んでもペインが何とか出来るように。
……。
「いやそれは全くもって不服だわ」
自分が死んでもとか自己犠牲精神発揮するつもりは無い。
視界の中でライアーが剣を抜いて警戒しているのが見えた。
「っ、ぐ」
立ち上がれば痛みが走る。でもそこまで激しい痛みじゃない。よし、おーけー。折れてない。打撲だけだ。
「ライアー殿、どうでしょう。そちらを裏切りませんかな」
「……。」
「おやまぁ、だんまりですか。若い者にフラれてばかりで、ジジイは寂しい限りです」
シュランゲは型を構えた。
なんの型か分からない。知識は全くない。でも蛇の様だと。
知らないって、恐怖だ。
一撃許してしまったこともあって思わず後ずさる。
なんか、なんかカンフー映画で見た事ある……! なんだっけこれ……! 唸れ私の灰色の脳細胞! 削除された前世の記憶を思い出すんだ……ッ!
「リィン嬢ならともかくライアー殿なら勝ち目の薄い側に付かぬと思ったのですが……ふむ……」
懐柔しやすいと思われているのかライアーにまで勧誘の魔の手が伸びた。
ライアーはガン無視という対処を取ったよう。
この爺さんに付き合っていたらペースが持っていかれる! 多分無視が1番いい選択、なのかもしれない。
「もしや勝ち目の薄い方は私なのかもしれませぬな」
シュランゲは素早い足さばきで数メートル離れた私の元まで──!
──ガッ!
シュランゲの鋭い拳から放たれる突きが、私の前に立ったライアーの篭手にぶつかり。
そして蛇のようなニュルンとした動きでライアーの腕を逸らしてしまった。
「グッ!」
「おっと、失礼致しました」
絡みつくような『殴る』だけの行為。ライアーの横腹を抉った。
「ッ!」
ライアーはバッと距離を離して私の傍にやってくる。
「おい」
「──スピードはライアーが上ですけど、瞬発力は向こうが上。技術的にも上。接近戦は分が悪きですね……。あ、何か言いかけるしますた?」
「…………いや、その通りなんだが。こう、俺が言うのとお前に言われるのとじゃ、気持ちが違ってだな」
事実は事実なんだから文句言わない。
「受けた左が軽く麻痺した。薬や魔法を使った気配はねぇし、軽く見えても受けるのは得策じゃねぇ」
普段なら音を鳴らさない左の篭手。
それが小刻みに震えているのかカチャカチャと金属の掠れる音がする。
「受けるすると、ダメ。スピードも存在する」
さて、どう攻略しよう。
「……は!」
ピキーン。
その時灰色の脳細胞が輝いた。
「なんだよ」
「小細工も力技の前には無力!」
私は手を前に出した。
シュランゲは興味深そうにこちらを見ている。
「──〝アイテムボックス〟」
そして私は、魔法で収納したソレを取り出した。
ありがとうリリーフィアさん、魔法を教えてくれて。
まぁ、私が使うのは。
「箒?」
掃除用具なんですけど。
ごめんね! 特に面白味もない変哲もない普通の武器で!
掃除用具って言ったり武器って言ったりやかましいなと思ったそこのお前はいい子だから黙ってなさい。
「跨るです」
「お、おう……。…………………………ちょっと待て」
私が何をしようとしたのか察したライアーは停止した思考回路を回復させた。
ふっふっふっ。
〝サイコキネシス〟
私は箒で盛大に浮かび上がった。それこそ人間の脚力では届かない距離に! 魔法を使わなければ届かない『縦』の位置に!
「あぁぁぁぁくそ! お前本当にクソ! シュランゲ逃げろ!」
「ライアーどっちの味方?」
逃げろと言いながら私の攻撃対象から全力で距離を離すライアー。自己保身の塊で好きだよ。トマトの次に。
「いっつしょーたいむ!」
〝ウォーターボール〟!
「の、複数形ぃ!」
ボボボボボ、と水の塊を私の周囲に沢山生み出した。
「リィン! 子爵邸が壊れない程度にはしろ!」
ペインの声が聞こえた。
下を見れば、シュランゲを取り囲む様にCランクパーティーがバラバラと点在していた。
ペインも追いついた、恐らく私兵団も子爵もいるだろう。
「──くたばれ」
私の呟きと共に、ウォーターボールは勢いを増して標的に向かって飛んで行った。
「あぁ、これは勝ち目がありませんな」
愉快そうに笑いながら白蛇は水に溺れた。
作者は戦闘描写(しかも一人称)が死ぬほど苦手なので常にサボることを考えています。