表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/277

第39話 クアドラード王国の白華教


 昼、表沙汰にはならないニュースが私に飛び込んできた。


「──あ、リィン。奴隷商から伝言。お前が狙ってた奴隷、他のやつの手に渡ったってさー」


 宿に訪れたのはペイン。

 軽い調子で告げられた言葉に脳みそが一瞬処理を拒んだ。


 太陽も高く昇った日中。

 なんでペインが、と思ったが良く考えれば彼らはこの街に来たばかり、依頼を受けてない可能性もある。


 そして彼の発した言葉を飲み込んでいく。

 奴隷なんて狙ってない、けど、タイムリーな話題だ。特に関わりのある奴隷って言うと元盗賊達。


 他のやつの手に渡った。

 つまり、私に情報が入ってこないという事。


 売られた? いいやそんなわけが無い!


「それ! ライアーにも伝えるして!」

「は!?」


 壁に立て掛けていた箒を手に取って駆け出す。

 ペインがあの碧眼を丸くして驚いていた。


 魔力まだ回復しきってないんだよもう!

 サイコキネシスが使えたら速攻箒に乗るんだけど!




 他のやつの手に渡った。言葉を変えるとこうだ。

 ──他のやつの手により殺された。




 ==========




「ぜぇ……ぜぇ……うぇ……」

「リィンさん……! いらっしゃいましたか」


 久しぶりの全力疾走で息が絶え絶えの私に気付き奴隷商の店内からオーナーが出てきた。


「あの、大丈夫ですか?」

「ぜぇ……うえっへ……ど、れ……」


 たったか案内と説明をしろ、という気持ちを込めて睨むときちんと伝わった様で店内に入れてくれた。


 昨日やってきた応接室。

 そしてその奥に通路があった。


 扉を開けると、ツンとやってくる血の香り。

 この不快な臭いで私の予想が合っていたことを知る。


「う……っ」

「……奥に」


 奥!?

 入ったばっかりの状態でこんなに臭うのに奥にあるの!?


 思わず鼻をつまんでしまうほど噎せ返るような血の臭いが、足を進める事に強くなっていく。


「…………ッッ!」


 そこにあるのは、おびただしい数の死体。

 1番広い牢屋の奥で、死体が積み重なって居た。


 床を染め上げる真っ赤な液体は、酸化しておらず未だ鮮やかでこの場に起こった惨状をリアルに伝えてくる。


「16人全員?」

「正確に言えば、18人です」


 その2はどこから出てきたのか、疑問に思うとオーナーさんは口を開く。


「従業員として使っていた私の奴隷も。2人。恐らく目撃したのでしょう」

「あぁそうか、見張る人」


 大人数の犯罪者を一つの牢屋に入れておくのはとても危ない。だから見張りをつける必要もあったってわけか。


「くそっ」


 思わず舌打ちが零れる。

 暗殺の警戒、しとくんだった。


 捕縛されて1週間以上も経っているから行動的にとても遅い。いや、だからか。警戒が緩むこのタイミングに暗殺したのか。


「口封じ……、つまり盗賊共は必要な情報を握るすていたと。あの魔導具に何かあるですね……。それに、盗賊の情報ぞ辿るすれば多少は情報が……。クソ、遠回る! 時間稼ぐ予定か……!」


 ただ普通に口封じだけならまだ救いはあるけど、事件の解明を後回しにさせて時間稼ぎさせるようならとてもまずい。

 というか普通に情報源無くなったの辛い。


「鍵、外す状態。死因は……喉をひとかき」


 首から血抜きされた状態。この人数を叫ばさずに一気に殺したってことはかなりの手練。

 ひとまず一般的な体格の死体を触診する。


 顎、首。硬直。肩、肘。硬直。

 手足の指も硬直してるな……。

 うーん、間違いなく全身の硬直。ガッツリってほどじゃないけど。


 瞼を開く。

 瞳孔がキュッと縮まった状態で、角膜も乾燥しているし若干濁っている。


「死亡推定時刻は……なるほど、夜中ですかね」


 11時間前、深夜の0時〜2時。未明ってところか。

 人気の少なくなった状態で一刺し。


「オーナーさん、目撃は」


 ひとまず情報を集めようとオーナーさんを振り返ると。


「…………………………はっ! あ、いえ。全く」


 呆然とした表情で見ていた。

 私が声をかけたことで正気に戻ったようで、しどろもどろながらも答えを発する。


「……何故動揺すた?」

「…………普通言葉も不自由な子供が死体を見て冷静に現状把握出来ると思いますか?」

「…………。」

「ね?」


 ひ、否定出来ない……!

 そりゃそうだよねーーー! 普通は死体見てまともに行動出来ませーん!


 いや、だってこの場でもっと情報を必要としているのって私じゃん……。探偵なんてものは存在しないんだし、私がやらなきゃ誰がやるってのよ。


 死体、別に初めてという訳では無いし。


 でも勘違いしないで欲しいのは死体に慣れているという訳では無い……!


 ……。辺境伯邸にはね、それはそれは、紛れ込むんですよ。小汚い鼠ちゃんが。


 鼠駆除も使用人の仕事なんだってさ。異世界恐ろしい。目の前で鼠駆除が行われた光景を私はきっとこれからも忘れないだろう。



「ッ、リィン!」


 慌てた様子でライアーが駆け込んできた。

 さっきまで寝てたのか寝癖も酷い。


「コイツから話を聞い……ッ」

「うっわ……何だこの惨状……」


 ライアーの後ろからひょこりと顔を出したのはペイン。どうやら呼びに行ったまま一緒に来たらしい。

 2人とも慣れているのだろうか。顔を歪めているがそこまで酷いショックを受けた様子はない。いや現役冒険者の精神どうなってんの。


「そうぞ、ペインは何故?」

「ほんとに偶然このおっさんとすれ違って頼まれたんだよ」


 ピッと指さしたのはオーナーさん。

 たまたまだったらしい。

 まぁ、ダクアの冒険者ならほとんどが知り合いか。月組ってワンカウントだけど。多分私が知らなくても向こうは私を知ってるだろうし。(雑な信頼)


「他の手に渡った、ってそういうことかー」


 うげぇと嫌そうな顔をして鼻をつまんだ。

 詳しく知らなくても言葉の節々から読み取れる。現状を理解したペインはひくりと頬を引き攣らせた。


「なぁ」

「ん?」

「お前この状況平気なのか?」


 ライアーの疑問に私は吐き捨てる。


「全く」


 血の匂いに酔いそう。貧血に陥った気分。気持ち悪くてたまらない。


「いい、調べるなら俺がする」


 牢屋から引っ張り出されてペインに押し付けられる。

 ペインと目が合った。


「よっ」

「ばぁ」

「なんだそれ」


 なんか言わなきゃいけないと思って。でも出てこなかったから。


「……お前の相棒過保護だなー」

「私みたいな人間ぞ扱いに迷うすてるのでは?」


 子供扱いでも大人扱いでも女扱いでもない、なんか微妙な位置にいる気がする。

 私みたいな人種と接したこと無いんだろうなって。


「ザックリいってんな」

「手掛かりぞなりそうな物は? 私は見つける不可ですたけど」


 パッと見ただけでは分からない。ただめっちゃ対人戦が慣れているということしか分からない。


 ライアーはウンウン唸りながら死体を調べていく。


「……魔導具剥ぎ取ってみるか?」

「あ、魔導具使い切りですし再利用は出来ませんよ」

「いや普通になんか情報になるかと……」

「全くありませんね」


 奴隷のことなら奴隷の専門家。

 どうやら奴隷魔導具(正式な名前は知らない)は情報にならないらしい。うーん。


「死んだのは完全に朝か夜中か。死にたてだな」


 言い方。


 私の見立てでは夜中と言っても日付け変わった辺りだったんだけど、この世界では常識的に何か違うかもしれないし。私とライアーの意見が割れたってことは、自分の意見もライアーの意見も鵜呑みにできないかも。


 ま、これだけの手練だと死亡時刻は関係ないか。それより侵入経路を調べておいた方が……。


「──失礼します!」


 ペインの腕の中で思考の海に沈んでいると聞き覚えの無い声が響いた。


「白華教の者です! 迷い人を供養に参りました!」


 白華教。魂を輪廻へと送り届ける葬儀屋。

 ……とは聞いた、初めてお目にかかったけど。


 入口へ視線を向けると真っ白のカーネーションの刺繍を施した白い服を着ている人達が居た。

 血がありますけど真っ白だと汚れない……?


「白華教の方ですか。どうぞこちらに。あぁライアーさん、死体を渡しても大丈夫ですか?」

「あぁ、もう平気だ」


 何も手掛かりがないから、と文句を垂れながらライアーが私達の傍に戻ってきた。


「白華教って何ぞ?」


 ペインに聞いてみた。


「それ、俺に聞くより白華教の人に聞いた方がいーんじゃね?」


 それもそっか。

 私はリーダーっぽい女性に声を掛けた。


「白華教って……」

「白華教は、迷い人をこの世から解放し、魂を鐘の音と共に輪廻へと送り届ける組織。魂と肉体のどちらかをこの世に留めるべからず。悪人も善人も死は等しい。故に、死は何よりも重きを置くべき。それが鎮魂の鐘の教えである」


 私の疑問を遮るように定型文を喋った。

 勇ましい女性だ。声も太くハキハキとしている。声を聞くだけで思わず背筋を伸ばしてしまうような。


「──つまり」


 女性が振り返って私を見ると、ニコリと笑った。


「鎮魂の鐘という組織のクアドラード王国専用死体処理……。が、1番分かりやすいかな?」


 頭を撫でながら優しく教えてくれる。

 んぅ? 白華教って宗教だと思っていたけど、なんかちょっと違う?


「鎮魂の鐘っていうのは人が黄泉の道で迷わないように遺体及び死体を供養するためにあるんだ。クアドラード王国には『白華教』。トリアングロ王国では『神使教』。と、言うように国に合わせた名前に変えているんだ」

「へぇ! そうですたのですね!」

「もっと大きい大陸には常に煙で空が暗い国もあるという。そこでは鎮魂の鐘は『煙転教』と名乗っている」


 わしゃわしゃと撫で回しながら女性は説明を続けた。

 そして心配そうな声色で問う。


「人の抜け殻……迷い人だと言えど、死体を見るのは辛いだろう。大丈夫か?」


 眉を下げて私に視線を合わせる女性は、とてもギャップだった。


 はっはーん。この人町娘にモテるタイプの女性だな? そこら辺のおっさんよりはずっと女の人にモテ……──殺気!


「リ、ィ、ン?」


 口角だけが上がった状態で名前を呼ばれた。

 お、おっけー、何も考えてないです。決してバカにしてないです。してるけど。


「大丈夫ぞ、お姉さんっ! 心配、ありがとです」


 私は全力で媚び売った。



 というか、死体のことを人の抜け殻っていうの面白いな。魂の方が重要、と言う考えなのか。


 うーん。正解。



 魂がリサイクル式だと知った転生者の思考は誰にもバレないのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] リィンちゃんの戦利品奴隷達ィィ。゜(゜´Д`゜)゜。 いくらの損失だと思ってるんだ(おい) 凛々しく勇ましい白華教のお姉様、 にこやかにリィンちゃんの頭を撫で撫で 新たなジャンルのキャ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ