第29話 嫌な予感は信じることに決めた
ライアーの剣でグチャリと右耳を切り落とす。確か、依頼表に書いてあった討伐証明みたいな部位はここだったと思うけど。
うぇ……。
「パースッッッ!」
「こっちに投げんな!!!!????」
切り取る時もキツいけどぶにょぶにょした肉片をずっと持っておくのも嫌だ。
だから私はライアーに向けて思いっきり投げました。
切り口から血液が放物線をえがき飛んでいく。避けられた。チィッ。
「お前らソロで動けるみたいだけどそんなんでコンビネーション取れるのか……?」
「「無理っ!」」
「声を揃えてくれるなお前らぁ……。というかライアー、俺ァお前がずっとソロだと思ってたんだが、ついにコンビ組んだのか?」
ギルマスの……えーっと名前なんだっけ……。
まぁいい、ギルマスの疑問にライアーは答えた。
「まぁ、一応」
「一応とは何ぞ! 一応とは!」
「いやまぁコンビ組むのに別に問題はねぇけど……お前ら相性多分悪いだろ……。性格も、戦い方も」
ギルマスとだけあってやはり良く見えている。
えぇそうですとも。
私のなるべく秘密にしたい力技の魔法を漏らしてしまう状況下だったからコンビ組んだだけで、前向きにコンビが組みたいと思ってコンビを組んだわけじゃ無い。
多分今までのようにソロで動く方がライアーは良いだろうし、私もそっちの方が都合がいい。おっとコンビ解消の危機。都合のいい大人は今は逃せない。
月組かおっさんなら圧倒的におっさんだ。
「……ライアーお前。──流石に惚れたとかって理由なら全力で阻止するぞ」
「誰がこんな胸も尻も色気もねぇあるのは食い気と外道な思考回路だけ! みたいなクソガキに惚れるかよ!?」
「喧嘩??? 言い値で買うですよ???」
殴るよ。そこのギルマスが。もしくは月組が。
「あ、先程の話の続きぞ。何故、なーにーゆーえー! ライアーは未だにFランクのままぞ!?」
「言ったれリィン!」
ビシィッと指さしながらライアーを見れば、ボリボリと頭をかいていた。
私ならともかく!
一体何年冒険者やってんだこの人!
やんややんやと私の味方をするギルマスを背に向けて居れば、ライアーは面倒くさそうに口を開く。
「不便はねぇだろ。無理に要領の悪い討伐ばかり熟さなくったって、夕暮れの実もお前の宿屋だってそうだ。効率と利益率の高いやつを優先して何が悪い」
「んぐぅ!」
「確かに、多少は優遇良くなるぜ? けどな、ギルドの干渉激しくなるし、ソロの俺は特に、お前と仮コンビ組まされた時みたいな話もEランクになれば増…………え…………。……。」
「…………。」
「…………っとぉ?」
ライアーの口が止まる。
そして私も同時に、多分同じ『推測』に思い至ったことだろう。
「……ライアー。EランクとFランクの最大の相違点ぞ、何?」
「……強制依頼が発生する。例えば街の防衛任務、前のスタンピードみたいなやつ」
「……義務?」
「……そう。Fランクは身分証に使われるだけの場合があるから発生しないが」
「…………Eランクからは戦闘も可能という証明」
FランクからEランクにランクを上げる時に出てくる条件であるように戦闘が出来るか出来ないかという振り分けでもある。
それによって戦闘ができる手が必要になれば強制的に駆り出されるのだろう。例えば戦争とか。
もしも、もしもだよ。
戦闘以外に強制的な義務が発生するとしたら。
1週間前の盗賊事件。
グリーン子爵紋章。
ランク上げを急かすギルド。
強制依頼。
盗賊の拠点。
……。
「ん? どうした?」
ギルマスが子供のように無邪気に首を傾げる。
「(企んだのは)どっち(だと思う)?」
「(ハッキリ目的伝えずに逃げ道塞ごうとする性格の悪そうな策が浮かぶのはこっちのギルマスじゃなくて)あっち(の方にいるサブマスターの方だと思う)ぞ」
私たちは目を合わせて同時に頷いた。
「……クラッ」
私はよろめいて背中から倒れた。
それをガッとライアーが支える。
「大丈夫か!?」
「アァ、目眩ゾ……」
「お、おい一体どうしたんだリィン」
焦った様子でギルマスが駆け寄る。ライアーがペタペタと私の首や頬や頭を触って様子を確認した。
「バックス、今日は中止だ。コイツは元々魔力切れ状態だったし、無理に動いたから多分体調も崩シテル」
あ、ギルマスの名前バックスさんだったか。
「そんな、折角バックスさんが居るデスのに」
「馬鹿。そんなこと言ってる場合か」
よろよろと立ち上がるもライアーに阻止されて、私は抵抗する気力もなくぐでんと体重を預ける。
「症状は?」
「悪阻とアタ」
「──吐き気と頭痛らしいな!!!」
うわうるさっ。
耳元で大声をあげないで欲しいと切実に思う。
「よし、俺はこいつを急いで宿に休ませてくるな」
「お、おう? いやちょっと待て任務が……いや動けなけりゃ意味が……」
「悪いがバックス、死体処理頼めるか?」
「ごめんですバックスさん……シュン……」
しゅん、と口に出した瞬間余計な口を開くなと言わんばかりに足を抓られた。またかよ。
痛みに悶えるが意地でも顔に出さないようにする。後で覚えてろ。
「おう、ま、任せろ……?」
「んじゃとっとと休ませてくるわ」
私を抱え上げて、ライアーはダッシュした。
「あっ、ちょっとま……!」
なにか言いかけたバックスさんだったけどまるで聞こえてませんと言いたげにライアーが走り去る。武器はお互い携帯してるけど、戦利品は入手出来なかった。
つまり単純に時間を無駄にしただけ。
バックスさんと距離を離せば、ライアーが口を開く。
「やべぇな」
「やばきぞ」
「お前の推測どんな感じだ」
お姫様抱っこ(※ただし元気いっぱい)の体勢で介抱されながら運ばれている。いやぁ、楽ちん。
「Eランクから強制依頼があるとするなれば、八割か九割は子爵関連」
「だよなぁ」
ダッダッダッ。
森を抜ける。
盗賊からの取得物で手に入れたグリーン子爵紋章付きの剣とその人物の私物らしき諸々。
当然、一緒に行動していたライアーは知ってるわけで。
「ライアー、お前もしかすると頭回る方……?」
貴族として私と同じ結論に至った事、そして厄介事を避けるためにFランクのままでいる事。
それらから考えると、多分彼は『要領がいい』人。
私が見上げればライアーは遠くを見て、言葉を漏らす。
「1人で生きてくにはな、踏み込みすぎないことも学ぶんだよ」
「早死しそう」
「なんでだよ」
今を楽したくて今を生きる最低限しかお金を稼がなくて、そんなのって絶対老後とか詰んでる。
いやまぁ、そのやり方は私にも言えるんだけど。私の場合1年冒険者やればいいだけだから。
冒険者で長生きするコツは、堅実に、そして危険を冒してレベルアップしなきゃならないんだと思うな。体が動くうちにね。
「ところでお前そのマント買ったのか」
ライアーがふと下を向き私の体を観察する。
私は黒いマントをまとっていた。
「可愛きでしょ」
黒いマントに箒。見るからに魔法使いって感じの姿だ。
ちなみに金髪の美人ちゃんだからこれはもう勝ったも同然だね。
一体何にって? 無精髭生やしたおっさんにです。