第287話 使い勝手は使い手が決める
「……っしゃ、取ったどー!」
「まじで!? 姉ちゃん、ホントに抜いたのかよ!?」
「足つけられないように遠回りして帰ったけど、ありゃ絶対取られたことにも気付いてないぜ!」
薄暗い裏路地に、ひそひそとした笑い声が響く。
陽の光もろくに届かない通りの奥、崩れかけた木箱を机代わりに、五、六人の少年少女が輪になっていた。
その中心で、リーダー格の少女が泥まみれのマントを翻し、得意げに財布を放り投げて見せる。
「へへっ、見るからにボンボンだったもんな。あんな小奇麗な靴、こっちじゃ一生履けねぇっての」
「中身、見ようぜ! 早く!」
「慌てんなよ、焦ると落とすから……っと」
少女が財布を開く。中から銀貨と銅貨、そしてお目にかかることが無い金色の硬貨が一枚こぼれた。
わずか十枚そこらの金属片に、全員の目が一瞬で輝く。
「うおぉ……!」
「やっべぇ、金だ金! 初めて見た!」
「パン、何個買えるかな……」
「バカ、全部食うなよ!? 明日もあるんだから」
「やー、これ金なのまじぃな。俺たちみたいなのが金を持ってたから警戒されるよな」
喜びながらも、どこか慎重だ。
食べ物を買えるという事実が、まるで奇跡のように思える。
この界隈じゃ、腹を満たせる日は月に数えるほど。昨日までのパンのかけらを、全員で分け合っていたのだ。今日は一人一つ買ってもお釣りが出る。
リーダーの少女は、汚れた指で一枚一枚を数えながら、鼻で笑った。
トリアングロでは弱肉強食で、実力のないものや弱いものは淘汰され、世界の住み着こで強者に怯えながら生活しなければならない。
そんな中で孤児達はハイエナのように、明日を生きるためにスリや盗みを働いていた。
「ほら見ろ。あたしの勘、間違ってねぇだろ? 夜にひとりでうろついてんのが悪いのさ」
「でも姉ちゃん、もし捕まってたら……」
「捕まってたら、そんときゃそんとき。どうせ牢の飯のほうがマシだろ?」
「たしかに!」
その返しに全員が笑う。
どんなに苦しくても、笑ってなきゃやってられない。しかし、今回ばかりは喜びの笑顔を浮かべていた。
「しかしよ、最近ほんと変だよな」
年上の少年がつぶやく。
「きれいな服のやつ、増えてきてさ。前までこんな通り歩く金持ちいなかったのに」
「まぁいいじゃん。歩いてくれるなら、あたしたちの仕事が増える」
「ははっ、それはそう!」
「それに最近はガキも増えてきて、金になる情報もそんなに無いし、臨時収入が増えれば増えるだけ、ありがたいってだけだ」
「ガキって何歳ぞ?」
「乳飲み子がいっちゃん小さいかな? 歩くようになった子もまだ病気しやすい時期だからなぁ。センセーに頼むにも金がかかるし」
そのグループの中では小さな体躯の子が震える声で尋ねた。
「……また、怒られたりしないかな」
「誰に?」
「前の大人たちみたいに……」
沈黙。ほんの数秒、空気が凍る。
リーダーの少女がわざと大げさに笑い飛ばした。
「バカ言うなって! もう前のヤツらはいない。今はあたしらだけだ。全員戦争に行った」
「うん……」
「それに、これだけあれば当分は死なねぇよ。腹さえ膨れりゃ、寒くても暑くても怪我してても動けるし、走れるし」
「姉ちゃん、走るの得意だもんな」
「当たり前! だてにスリ七年目じゃねぇ!」
「へぇ、七年もスリぞすてるですね」
さぁ次は誰を狙おうか。
そう企んだ彼女たちに、何かしらの違和感があった。
「──みぃつけた」
見慣れない金髪の子供が、輪の中に入ってにっこりと微笑んでいたのを見て、全員が悲鳴を上げた。
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ノアさんが財布をスられたと聞いて、明らかに人の目が入らない所をメインに探し出すとあっさりと見つかった。
と言っても、1.2時間は探す時間を費やしたけれど。
「さ、その財布返すすて貰いましょう」
「だ、誰が渡すかよ!」
リーダー格の少女が財布を抱え他の子供たちより一歩前に出ている。一丁前に庇っているのだろう。
「お前、あのおぼっちゃまの仲間だろ? いい身なりしてるおぼっちゃまに伝えときな、足元に金掛けてると狙われるってよ!」
そう宣下した子供は、私に砂を投げてきた。
驚いて目を閉じた私が再び目を開けると、四方八方に逃げる後ろ姿。なるほど、一瞬の目眩しで生存率をあげる方法か。逃げ足だけは早いらしい。
けど残念。それが通用するのは、トリアングロでの話。魔法が使えるようになったこの場所では別の方法が取れる。
〝ロックウォール〟
「うわあ!!??」
「壁が!」
「姉ちゃん! 壁が出てきた!」
通路を防ぐように魔法を使ったので
「あのさ、もしかするとですけど、仕事出来る?」
「はぁ!?」
「私、人手を探すすて雇いたいのですけど。この街のこと、詳しき?」
子どもたちは顔を見合わせて「この人何言ってんの」って目をした。
でも次の瞬間、リーダーの少女が腕を組んでふんっと鼻を鳴らした。
「……あんたこそ、もしかして、すごいやつ?」
「私は、すごく無きですぞ。私の知り合いはすごき人いっぱいいます」
「ふぅん。下っ端ってわけ」
ちょっとだけ伝手が多くて、貴族の知り合いが多いFランク冒険者だよ。
「うちはこの五人ともう一人が動ける。あとは三人の小さい子。計九人。この街のことならめちゃくちゃ詳しいよ。どこで誰が支配してて、どこで誰が死ぬのか、よく神使教にリークしてるし。使えるとは思う」
「へぇ……!」
「スリも出来るよ。あんたがうちを雇いたい仕事内容にもよるけど、どうだい?」
警戒するように交渉を始める少女。
私はとりあえずアイテムボックスからパンをいくつか取り出した。
「まず、この国で働く始めるすた新しい貴族の使用人の……案内?」
「あぁ、いわゆるカモ?」
「そうそう。この国に不慣れな人達。それから、身なりのいい人たちの情報?」
得意分野な気がするんだよね。
その意味を込めてほほえめば、少女は毛を逆立てた猫みたいに怯えた。
「九人、まとめてある程度の報酬は確約するです。後、生活も保証しましょう」
「まじ!?」
「無論、働き次第ですけどね」
私はパンを渡した。奴隷たちように残していた分だけど。
「姉ちゃん……いいの……?」
「あぁ。こいつは、信用出来ない大人じゃないし」
なるほど、私が子供単体だっていうのが交渉の一手を買ったらしい。
「その財布はおぼっちゃまの故に、同じ金額だけ銀貨でお支払いしますね」
「……。ふぅん、よく分かってんじゃん」
そもそも逃げ場が無い子供たち。私が圧倒的に有利な状態だ。
少女は私に財布を投げ渡した。
「金額は……あぁ……ノアさん大金入れすぎぞり」
これ、金貨じゃなくて大金貨じゃん。
私は深いため息を吐き出した。
金貨の百倍の価値がある金貨を、持ち歩くんじゃない!
「とりあえず、金貨二枚分の銀貨をお渡しするです。一旦これで」
「やりぃ、二倍だ!」
喜ぶ子供達に、私はなんか騙した感じがして嫌な顔を浮かべた。




