第284話 ちょっと変わったは異世界基準
さて、神使教でギルドカード回収という用事が終わり、リックさんの予定は終わったと言っても過言では無い。
しかしながらやることは正直ないのだ。
「どうする?」
「そうですねぇ……」
シンクロ邸にも泊まる……というか帰る予定だけど、あちらの家はまだ準備最中。
家に慣れる前で環境の変化もあるだろうし、資金には余裕があるから冒険者は宿に泊まるのはありかな。
4人部屋とか取っておくだけで別に泊まらなくてもいいし。
「よーし!冒険ぞり!」
平凡な冒険者生活を楽しむぞ、おー!
というわけで、ギルドマスターのオススメの宿、囲炉裏に向かった。
ギルドから少し歩くと言っていたが、シンクロ邸にめちゃくちゃ近い場所で、家から徒歩5分、ギルドから徒歩15分といった感じのいい立地にあった。
「絶対ここ」
「……まじで変わってるな」
外観でわかりました。間違いなくここです。
無骨な建物画並ぶ中に、明らかに異質な建物。すごく和風な建築物がそこにありました。
名前からしてそうだと思った。
私達は早速入ることにする。暖簾を潜り、引き戸をあけると、中は小綺麗な宿だった。
「こんにちは〜!」
「らっしゃい、囲炉裏へようこそ。宿泊でござるか?」
「……キャラ、濃」
「ござる??? リィンの語彙には慣れたけど、語尾変には慣れてないな」
「綺麗な宿だな。扉は変だけど」
私は聞いてきた人に返事をしたを。
「です!四人部屋、空くすてますか?」
「無論でござる。夕食付きで四人だと金貨一枚と、少々高いが、大丈夫でござるか?」
ぐ、一泊で一般的な家庭の生活費の四分の一位は持っていかれちゃうのか。
ま、まぁお試しってことで。幸い資金に余裕はあるしね。
「宿泊するです、あ、私とライアーが払うですからご安心下さいです」
「ええー、リィンちゃんに払わせるのはやだな」
「では経費にするです。必要です経費」
「必要経費、だけでいいからな。真ん中に変な言語入れんな」
「案内するでござるよ、拙者についてくるでござる」
玄関があったので、私は靴を脱いでスリッパに履き替えた。靴は靴箱にしまって案内の人について行った。
それに習うように靴箱にしまう男性陣。
「む、失敬。失念しておった。この宿は土足厳禁。こちらの受付からは靴を脱いでいただくでござる。靴はそこの靴箱か、部屋に靴置きもござるので、どちらかに置いておくでごさるよ」
「わかるますた」
宿は上履きだからか汚れが無く、木でできた綺麗な縦物。中庭っぽいのもあるし、ロビーや食事処っぽい場所もある。
奥まで行けば部屋が並んであり、その一角に案内してくれた。
「こちら梅の間でござる。鍵付きの部屋で、鍵は2つ。外出の際は鍵を持って出ても良いが、紛失した場合は罰金があるため、不安であれば受付で預ければ良いでござる」
「なるほど」
「長期滞在は3日に1度部屋の清掃に入らせていただくでござる」
案内の人は次々に注意事項を告げていく。
中の備品に関しては持ち出し厳禁。タオルは至急されること。
「それからこの宿には、2つの名物があるでござる」
そうして案内されたのは、なんと、温泉だった。
「ひとつはこの温泉!」
「「「おお〜〜!!!」」」
歓声を上げる。
まさか温泉があるとは思っても無かった……!
「時間は昼の鐘から夜中。鐘は鳴らぬが、だいたい日付が変わる時間まで、宿泊者のみ利用可能でござる。……ここだけの話、入浴料を払えば入れぬこともない。ただし、綺麗に使うのが厳禁でござるよ。先に体の汚れを落とし、湯船に浸かるでござる」
他にもルールが細かく決まっているため、リックさんは既に首を傾げている。
うん、リックさんは単独行動禁止で。
「で、次の名物は食事処。こちらは夜のみの提供ではあるが、お主たちが食べたことないような異国の料理を振る舞うでござる」
「おお〜!」
私は大いに喜んだ。
期待、大だ。この内装にお風呂、そして絶対美味しいに決まってる。
「早速今夜から夕食を用意するでござるか?」
「──ぜひ!!!!」
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「食事で盛り上がれるなんざ、すごい才能だよな」(嫌味)
「食事ぞ楽しめぬのも素晴らしき才能ですけどね」(悪口)
折角なので第二都市をブラブラ観光……というか地形を覚えて、特に冒険することなく宿に戻ってきてご飯の時間になったのだ。
「リィンちゃんの魔力っていつ回復するんだ?」
「んー。明日にはまぁ困らぬ程度には使えるが可能と思うですよ」
食事処の席に着くと、他にお客は一人。
キョロキョロと辺りを見回していたから、私と目が合った。
泊まっているのも私たちとそのもう一人くらいだろう。私はニコッと笑って手を振った。
「さぁさぁお待たせしたでござる。これは拙者が海を渡った先の海外で修行してきた異国の品の数々。この箸という二本の棒で食べるのが本場流でござる、が、カトラリーも用意しているでござるよ。お好きな方を選ぶでござる」
そう言って運んできた料理は……。
「お、お刺身……っ!!!???」
「む、ご存知か。これは拙者が信頼できる商会から買取り、寄生虫除去の魔道具を用いて安心安全に食べられるように処理したものでござる。ショーユという、この国では馴染みのない塩っ辛いソースがござってな。それをつけて食べるのでござるよ」
先付けに小鉢、酢〆のお魚に、前菜で貝のチーズ焼きと市松模様の百合根とおぼろ豆腐?
メインにはお刺身、ローストビーフ、野菜の天ぷら。それからもつ煮に茶碗蒸し!
「ご飯物もオスシという魚を使った料理が来るでござるよ。──たんと召し上がれ」
私は早速食べ始めた。
これは、これは。
「うっっっ」
「リィン……? おい、どこか体調でも」
「美味すぎる……幸せ……私永遠とここにぞ暮らすです……」
家の近くにこんないい場所があるだなんて信じられない。トリアングロ滅ぼして良かった。
「めっちゃ喜んでて俺も嬉しい」
「それにしてもこの箸って難しいな。リィンはよく出来るけど、いや、かなり難しいぞこれ」
二人の手元を見るとぐにゃんぐにゃんと箸が逃げていた。
「ライアーは……」
「ん?」
かろうじて形になっているお箸の使い方してる。
「……ライアーってもしかすると器用ぞり?」
「不器用がここまで登り詰めねぇだろ。無駄な努力は嫌いだが、リィンが見てるなら努力する他ねぇしな」
ライアーはひょいと口の中に刺身を放り込んだ。
自論が『無駄が嫌い』なルナールらしい。無駄や無意味にはならないと踏んで箸の使い方をマスターする、と言っているようなもの。
うん、そうだよ。
私絶対ここ通いつめるから、予想通りだよ。努力して箸を綺麗に使えるようになってね。
「あっ……」
カロンコロン。箸の転がる音。
私たちの他にもう一人、肩身が狭そうに泊まっていたお客さんだ。
どうやらお箸の使い方に慣れなくて落としてしまったようだ。
「す、すみません。替えのものを頂けますか?」
「うむ、待つでござるよ!」
私は立ち上がって、そのお客さんの所へ向かった。
「こんばんは!」
「こ、こんばんは。お嬢さん」
「お箸、難しきですぞね。うちも連れがボロボロぞり」
「……。うん、お嬢さんは、えっと、お箸は上手だね?」
すごく丁寧な口調で、お客さんは私を褒めてくれた。ちなみにお箸『は』って言ったなこの人。何と比べた?
「お箸、似るすた経験ぞ所有済みですぞり」
「??????」
首を傾げる姿。
前髪は長く、目まで隠れる茶色。顔には黒縁の眼鏡をかけた冒険者風の格好。
冒険者と言っても武器は短剣のみのようで、傷や怪我の一切してない手。
いいとこの坊ちゃん感が滲み出ている。
あと私の言語を頑張って聞き取ろうとしてくれているところから、ツッコミとか苦手なんだろうなって言うのを感じます。
「私、リィンって言うです。お兄さんはなんて言うですか?」
「……ノアだよ」
「ノアさん! 一緒に過ごす同士、仲良くすてくださいね。あ、お箸の使い方なのですけどね、コツが必須ですて」
「は、はぁ。……なるほど、一本を持つところから始めるんだ。羽根ペンと同じ持ち方なんだね」
お兄さん、明らかにちゃんとした身分ありますやん。
私とペインを見習ってよ、貴族王族だってバレても逆に信じて貰えないくらいには馴染めてるんだから。特にペイン。私はほら、滲み出てる気品があるから。
私はノアさんにお箸の使い方をレクチャーしながら、美味しい料理を堪能したのだった。




