第277話 行先案内人の大臣補佐
デビュタントも無事に終わり、社交界デビューしたことから適度に招待状が届き始めた。
「リアスティーン様、今回は私共のような商会をご利用いただきまことにありがとうございます」
「香辛料に麻薬を混ぜているとは、同じ香辛料を扱う商会として許せません。ぜひ婚約者のシンクロ子爵にもよろしくお伝えください。リアスティーン様の為なら格安でお譲り致します。もちろん、麻薬なしで」
ファルシュ家と大きい繋がりがある、国内最大シェア率を誇る商会に降りかかる火の粉を振り払った事で貴重な繋がりが出来た。
それ以外にも宮廷相談役として大臣補佐達とやり取りが増えてきている。
そんな折。
「おうち、出来たぞ〜!」
夏休み前、わざわざ学校ではなく宿泊している宿に来て、ペインがそう言った。
宿暮らしの資金は地味に痛いけど、そこんとこはみかじめ料じゃないけど奉納金ということで動物パーティーの収入から五割ほど貰っている。もう少し取り分少なくてもいいと思ったんだけど、全員(元トリアングロ勢含む)に止められてしまったから五割だ。
「おうちって?」
「おー、お前がエルフの真似事と猫と戯言してた街でおうちが建ったって」
「何してんだよ」
元トリアングロの第二都市でシンクロ子爵家の屋敷が建設された、とペインが伝えてくる。
「ご褒美らしいぜ?」
「複雑〜〜」
家主の預かり知らぬ通り道とかありそうですごく嫌だなぁ!
ペインは夏休み中に視察と経営手段をどーこーしろ、みたいな視線を向けてくる。移動が先ずだるい。
やれやれ、裏技を使うか。
「グルージャあ!!」
別の席で食事を取っていたグルージャ(麻薬売人のクソ野郎の姿)を呼ぶと、彼は嫌そうな顔をしてこちらにやってきた。
「……なんですか?」
「グルージャ、一週間以内に新シンクロ領地に辿り着けるぞね?」
「イエスかはいしか認めないやつですね!? くっっっそ!」
「麻薬」
「はエス!」
グルージャは残っていた食事をかっこみ、準備もそこそこに宿から慌てたように出ていった。
さーて、一週間でたどり着くかな?
奴隷契約を使った転移方法は、また別の機会に説明しよう。
「でさ、家に人は居ねぇわけ。そこでちょっとお願いがあるんだけど」
ペインの『お願い』に麻薬だったり幹部捜索だったりで巻き込まれた私の嫌な予感は割と当たる。
なので嫌な予感がするので断ると……。
「──お前らがしっちゃかめっちゃかにした戦争の後片付け、大変なんだけど」
「…………ライアーのバカあ」
「俺か!? いや否定はしないが、お前も大概だからな!?」
戦争で勝利に導いたとか言うけど、それ以前に貴族の屋敷を抜け出したこととかライアーの事とかの犯罪行為を帳消しにしてくれた部分、頭が上がりませんでした。
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「今日は時間を取ってくれてありがとう。改めて挨拶をすると、私は第一大臣補佐、ダフォディル・ドラートドーノ侯爵です。冒険者のリィンとライアー?」
「はい! リィンです! ね、ライアー」
「そうだな」
何でもかんでもペインが案内してくれるわけではなく、本日私たちの行先案内人を努めるのは大臣補佐の方だった。
大臣補佐は大臣のエルドラードさんをサポートする四人のこと。
第一大臣補佐、ダフォディル・ドラートドーノ侯爵
第二大臣補佐、エドワード・ゴールド公爵
第三大臣補佐、ディートヘルム・レニティヴ伯爵
第四大臣補佐、エレオノーラ・シュテーグリッツ伯爵夫人
この四名だ。
「侯爵!」
「ダフォディルでも良いですよ?」
「侯爵」
「……呂律が回らないですね、可哀想に」
ドラートドーノ侯爵とライアーから哀れみの目を向けられてしまった。
「大臣補佐というのは少々役割がありまして。大臣は伯爵ですから、それを補う公爵と侯爵が必要なんですよ」
細身で眼鏡の似合う理系おじさま風。優しげな笑みを浮かべながら、明らかに腹黒そうな侯爵はさらりと説明を続ける。
「この国の身分制度は、上から公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、騎士爵の順。三角形のように、位が上がるほど数は少なくなります」
「ふむふむ」
「そして特徴的なのは、王家の血筋を重んじる文化でしょう。初代国王がエルフと盟約を結んで以来、王家の血は特別視されています」
「へぇ〜」
「公爵、そして我が家の侯爵は、基本的に王家の血筋や分家を含むことが殆どです。リィン、貴女の領主、ファルシュ家も王家の血をガッッツリ引いています」
ですね、王弟ですもんね。
「大臣と大臣補佐は基本的に血筋ではなく能力で選定されます」
ゴールド公爵よりドラートドーノ侯爵が第一大臣補佐に選ばれているのは、つまりそういうことだろう。
「じゃあ、伯爵にも関わらず大臣やってるエルドラードってとんでもなく優秀なのか」
「えぇ」
「冤罪すたのに」
「ん゛、まぁまぁ」
冤罪(意図的)だったからその手腕に関係ないとは言えど、割と振り回した経験がある身としてはそこまですごい人なのか? という感想が浮かぶ。
あとエルドラードだし。
「それぞれには役割がありまして、今は担当とか言ってられない程の仕事があるのでしっちゃかめっちゃかしてますが」
「本来の担当って、どうなのです?」
「私は、主に軍部を。国境はファルシュ辺境伯に任せていますが、他国との貿易や交渉、さらには戦時下の兵備や物資。魔物被害や冒険者ギルドとの交渉も担当していますね」
こ、こ難しそう。
要は結構オールマイティーに交渉やってるってことだよね?
「他の人は何すてるですか?」
「そうですね、一角ですが……。ゴールド公爵は教育面や魔法、そして領地経営のノウハウや政治など、国内向けの仕事を担当されることが多いです」
「へぇ」
「なので、もし知り合いに新興貴族等がいらっしゃれば、ぜひ彼に頼るといいでしょう。リィンは宮廷相談役ですし、市民の生活面での相談が増えると思いますから」
意訳:シンクロ領地で困ったらゴールド公爵を頼れよ
あくまでも冒険者としてドラートドーノ侯爵と話しているからか、遠回しに教えてくれる。
「それからレニティヴ伯爵は騎士団を中心に担当されています。この国の四つの柱である騎士団や近衛の育成、それから今は元トリアングロの幹部や兵士の管理を」
あっ、それはそれは、お世話になります。
私の奴隷組もレニティヴ伯爵が諸々の手配をしてくれていたのかな。
「そしてシュテーグリッツ伯爵夫人ですが、彼女は商売や社交界といったこの国の金庫番のような方です。彼女の情報を元に他が動くこともあり。国民の娯楽面でも支えになっています」
つまり、国外1名、国内3名ってことだよね。
ドラートドーノ侯爵の負担多そう……。
そう思って見上げるとわ『分かってますよ』と言いたげに微笑まれた。
「ここは島国ですから。外界の情報は必要ですが、国交自体はそこまで重要視していないのです」
馬車が止まった。
侯爵がお手本を見せるように降りる時のエスコートをしてくれて、私はその手を取って元気にぴょんぴょんと跳ねて降りた。
「侯爵様、ありがとうござりますです!」
「いえいえ」
あくまでも、庶民の宮廷相談役なので。
「……ふぅん」
たどり着いたのは、まるで成金のような建物。規模は大きくないけれど、お金を持っていることを全面に押し出した品のない屋敷は……。
──というか、ここ、見たことあるな。
「つい先日、様々な理由がありこの屋敷の主が犯罪者奴隷落ちしました」
あっ。
「この屋敷に残された、あの豚ゴホン、元男爵の使用人達をどうしようか、という『相談』を」
あの、それって相談ですよね?




