第275話 目立ってなんぼとは言うけど末代なので
こんにちは、デビュタントリアスティーンことリィンです。
くすくすとエンガス家を馬鹿にするような雰囲気に包まれた会場に、シアンはご満悦な雰囲気を醸し出しています。
まっっっじで苦労した。
私はこれまでの苦労を考えて小さくため息を吐き出した。
シアンにまず経済を学ばせたのは、モザブーコの貿易と、エンガスの新規事業の販路を握りしめてもらうためだった。
そこから魔法に関する裏工作というか、改良したり組み立て直したり。魔法に関することがなんやかんやいちばん大変だったかもしれない。
一番やりたくなかったけど楽しかったのはエンガス家をまるまる魅了する事かな……(照)
「さて」
王が、場の空気を切り替えるように低く声を発した。
断罪という暗い影が引き、今度は光を差し込ませる番だと言わんばかりに。
「改めて皆に紹介しよう」
崩れ落ちるエンガス家を一瞥して、私は背筋を正し、これから自分が踏み込む社交界の先人たちを一人一人、舐めるように見渡した。
視線と視線が交錯し、敵意も興味も羨望も、どれもこれもこちらに向けられているのが肌で分かる。
ひやー! 怖いよぉ!
末代で私で終わりの家に嫁ぐので社交界は家のこととか考えなくていいので気楽だけど。
あー良かった! お家がダンボールハウスで。
「──宮廷相談役、リアスティーン・ファルシュである」
宣言と同時に私は裾を摘まみ、完璧な角度でカーテシーをした。
絹のドレスが光を受けてひらりと広がり、宝石のような装飾が瞬き、反射した光が壁や天井に踊った。
「宮廷相談役……!?」
「まさか、あのファルシュ嬢が……」
「だから、パーティーにあのエルフが出入りしていたのか」
ざわめきがあっという間に波紋のように広がった。
目を見開き驚く者、顎に手を当て納得する者、思惑を計算しながら隣と囁き合う者。
──そして、明らかに悔しさを押し隠せず唇を噛む者もいた。
「逃した魚が大きすぎた」という後悔が、あちこちの顔に浮かんでいる。残念だったね、復讐相手じゃなければ、正当にお近付きになれたかもしれないのに。
王は人々のさざめきが収まるのを待ち、ゆっくりと口を開いた。
「宮廷相談役の名を耳にしている者も多いであろう。王都の識別結界の永久化、既存魔法の改良これまで人にはなし得なかったことを成し遂げた」
「陛下……いえ、皆様のお力があって……」
私は少し困ったように謙遜した。
いや、ガチで私だけじゃ無理みだよ? フェヒ爺いないと、本当に無理だったよ?
あのエルフの撒いた種をあのエルフに魔法で水やりしてもらってあのエルフに育ててもらったみたいな感じだよ?
私の手柄にすることは決まっていたので、そこまで強く否定はしないが、純粋で可憐で優しい少女の皮を被っているからそれっぽい感じにする。
「この場には、もう一人紹介せねばならん男がいる」
王が片手を軽く振ると、重厚な扉がきぃ……と音を立てて開いた。
現れたのは、白を基調とした軍服仕立ての礼装の男。
夏の空のように澄んだ水色と、若葉のような緑が差し色となり、どこか涼しげで清廉な印象を与える──まるで今夜の私のドレスと対になるような装いだった。
「──ライアルディ・シンクロ子爵のご入場です!」
宣言と同時に、会場の視線が一斉に扉の方へと注がれる。
ライアーは一歩、また一歩と真っすぐに進み出て、赤い絨毯の上で立ち止まると深々と礼を取った。
その瞳が、私をまっすぐに捉える。
血のように鮮烈な、そして私が身につけている耳飾りと同じ色で。
どこからどう見ても、お揃いとして仕立てた『婚約者です』と言ってるような装い。
やぁ、相棒。
場はしっかり温めておいたよ、と私は心の中で小さく呟いた。
ライアーの目が余計な真似をとでも言いたげに細められ、口元が僅かに緩む。それは叱責ではなく、むしろ楽しげな微笑だった。
ところでその好青年に見える魔法って何使ってんの? 麻薬?
「此度のトリアングロとの戦で、我が国が勝利を得たのは、この男の尽力あってこそだ」
王の声が響くたび、会場にどよめきが走る。
ライアーは淡々と、しかし傲慢さを隠さず一礼する。
叙爵式に居合わせた者は既に彼を知っていたが、今この場で改めて紹介されると、重みがまるで違う。
「そして、この時をもって──」
王はゆっくりと私とライアーを見渡し、にこやかに告げる。
「正式に、ライアルディ・シンクロ子爵と、宮廷相談役リアスティーン・ファルシュの婚約を発表する」
広間が一瞬、静寂に沈む。
次の瞬間、歓声と拍手が一斉に湧き起こった。
視線を動かすと、崩れ落ちたエンガス家の者たちが蒼白になっているのが見えた。
口元を覆う者、唇を噛み締める者、呆然と立ち尽くす者。誰一人として声を上げられない。
その様子を、壁際へ移動したシアンが冷たい目で見下ろし、口の端をゆっくりと吊り上げた。
楽しそうだな。
どうやら彼の満足のいく復讐が出来たみたいだ。
楽団が合図を受け、華やかな舞踏曲を奏で始める。弦の音が天井のシャンデリアに反響して、光と音が渦を巻いた。
ライアーがゆっくりと歩み寄り、私の前で立ち止まる。
右手を差し出し、ほんの少しだけ眉を上げた。
「──お相手、願えますか」
舞踏会の主役は、もう迷う必要はない。
私は軽やかにドレスの裾を持ち上げ、笑顔で手を重ねる。
「もちろん」
に、似合わなすぎて笑いが込み上げてきた。