第272話 モブでザコの末路
「今宵は新たな門出として、新たにデビュタントを迎える者を王家として皆に紹介したい」
あ、もういいです。
もういいです陛下。もういらないです。
私は否定の視線を送るが、隣に控えるシアンが『ここで目立たなかったら意味が無いんだが?』って顔して圧かけて来る。
シアンの復讐は、単なる刺し違えではない。
彼の望むのは未来永劫の烙印だ。
魔法家系の実家に『お前らが必死に取り入りたい相手のそばに、俺はいるんだぞ』と突き付け、重宝される姿を見せつけ、嫉妬と不名誉を抱かせ続ける。
それは闇討ちや暗殺よりも残酷で、時間をかけて骨の髄まで腐らせる復讐方法。
未来永劫、滅びることの無く、不名誉と羨望を抱えたまま後ろ指を刺されて欲しいと、そう陰湿に願っている。
だから──私は憧れの存在としてアピールしなければならない! のは! わかっているけれど!
もう、私の胃が持ち上げられすぎてねじ切れそう!
伝手と相談役ってポジションだけで十分すぎると思うんだけど、もう、もう良くない?
「(さっさといけ)」
……奴隷の支線の圧が強いよぉ。
でもね、シアン。ちょっとだけ待ってね。
断 罪 が あ る ん だ !
場のざわめきがぴたりと止まる。国王の言葉を遮るなど、本来ならば不敬極まりない行為。だが、今はそれを承知で。
「──陛下の御言葉を遮りまして、誠に申し訳ございません」
腹に力を込め、丸暗記した言葉を淀みなく口にする。
緊張で指先が微かに震えているのは、裾を握り込んで隠した。
「私などの紹介よりも、この場に集う皆々様に知っていただきたいことがございます」
ホールに張りつめた沈黙を、国王の重々しい声が打ち破る。
「リアスティーン。今宵の花よ。言ってみるがよい」
ありがたいお言葉に深く一礼し、顔を上げる。
そうして、視線を人々の上に巡らせ、静かに口を開いた。
「……私には、同じ学び舎に通う大切な学友がいます」
セリフを読んでいると思われないように気を付けて声を震わせる。
「けれど彼女は先日──無理やり麻薬を投与され、今も意識不明の重体にあるのです……ッ!」
ぐっと喉を詰まらせ、手の甲で目元を押さえる。
わざとらしい泣き真似でも、この場では十分に効果的だった。
「本来であれば……彼女もこの場に居たはずなのに……ッ」
ぐすん、と鼻をすする音が広間に響く。
ちなみにその女、元凶なので麻薬耐性があるのかめっちゃピンピンしてます。
「まぁ……」
「なんとお可哀想に……!」
「子供にまで……麻薬を……?」
貴婦人がハンカチで口元を押さえ、若い貴族が憤然と拳を握る。
同情と憤りが、場を覆い尽くしていく。
私はその熱を逃さぬよう、涙を堪える顔のまま、さらに告げた。
「そして──この国を蝕む麻薬の元凶。皆様のお力添えを得て、ついに見つけ出しました」
実際は元凶が流した先の家を知っているので答え合わせしただけなのだけど。
苦難あって見つけた、調査した、の方が耳障りがいいのでね、遠慮なく使わせてもらいますよ。
タイミングを合わせるように、ヴォルペールがそっと一歩進み、エンバゲール殿下へと耳打ちする。
殿下は一瞬眉をひそめ──しかしすぐに表情を消し、静かに頷いた。
彼が陛下のもとへ進み出ると、群衆はざわつきを飲み込むように息を止めた。
「こちらが資料です」※何も知らない
そう言って差し出された束を、国王がゆっくりと受け取る。
混乱してるエンバゲール殿下には申し訳ないけど、貴方は盾役なんだからヘイト回りそうな立場には進んで立ってもらわなきゃ。
そして陛下は、資料を確認して驚いた……フリをした。
「……これは──!」※こっちは知ってる
怒りを込めた声が、重苦しいホールに響き渡る。
「モザブーコ!」
その名を指弾のごとく叫ばれ、場の視線が一斉に一点に集まる。
青ざめた男が、震える膝を叱咤しながら前へと進み出た。
「へ、陛下……! これは、何かの間違いにございましょう……!」
情けない声に、観衆から容赦ない囁きが起こった。
「……ほう。ここに記された書状には、ロント王国との──麻薬取引の証拠が記されているようだが?」
唇を噛み、男は頭を垂れる。
「そ、それは……な、なにかの……気のせいかと……」
キョロキョロ視線が泳いでて見るだけで楽しく図星つかれてるー! 楽しー!
これがね、敵が頭使えるやつだと読まれたり対策打たれるけど、今回参謀系の方々は満場一致で『対策打つ必要ないだろう』となりました。証拠だけで十分すぎるってね。
「気のせいだと?」
「書状に署名まで残っているのに?」
「いやいや、証人も出るのではないか?」
「捏造の可能性があっても、あの反応では……」
モザブーコは滝のような冷や汗を流しながら、首を必死に振る。
「へ、陛下……! これは……誰かの陰謀でございます……! 妬みを持った者が、わ、我が家を陥れようとして──」
必死の訴えに、国王は片眉をわずかに上げただけだった。その冷淡さが、言い逃れを消して許さなかった。
「──陰謀、とな?」
低く響いた声に、会場の空気が一段と冷え込んだ。
列席する貴族たちが互いに顔を見合わせ、誰もがこいつはもう終わりだと悟る。
「ならば問おう。そなたの屋敷から発見された隠し倉庫──その中身までもが陰謀の仕業だと申すか? そなたの、私室の、奥からも向かえる、隠し倉庫だ」
国王の声が鋭く突き刺さる。
ヴォルペールが一歩進み出て、淡々とした声で補足した。
「陛下。調査の際、モザブーコ家の倉庫より、違法薬物が多数発見されました。証拠は揃っております」
ざわっ──!
広間のあちこちから、押し殺した驚愕と怒りが漏れた。
モザブーコは絶望的な顔で後ずさる。
「な、なぜ、いつの間に……!? 馬鹿な……! そんなことはあるはずが、ありえない」
そうだ。
調査は嘘だ。ただのブラフだ。
ただ、隠し倉庫の場所も、通路も、グルージャが知っていた。
「おっと失礼。……正式な調査はまだでしたね」
ヴォルペールのはったりだと言うことに気付いた貴族とモザブーコの顔と言ったら。
「ち、違うのです! あれは! 我が知らぬ者が勝手に──!」
「白々しい!」
堪えきれなくなった若い貴族が、思わず声を荒げた。
それが合図のように、罵声が広間のあちこちから湧き上がる。
「子供にまで毒を回したか!」
「貴様のせいで幾人の命が……!」
「恥を知れ、モザブーコ!」
吊し上げられる哀れな獲物に、群衆の感情は容赦なく叩きつけられる。
モザブーコは必死に手を伸ばした。
「た、助けてくだされ陛下! 私は! 私は無実で! そう、この紛い物が! 第四王子の仕組んだ罠で!」
しかし、王は冷ややかにその手を払い落とすような視線を与えるだけだった。
「無実だと? ……ならば、王国の法廷にて存分に証明するがよい」
それは、最終宣告だった。
モザブーコの膝が砕け、床に崩れ落ちた。
群衆は一斉にざわめき立ち、断罪の宴は熱を帯びていく。
「この様子では、裁判に要する時間もそう長くはあるまい。──よって、この場に相応しからぬ者として、退場させよ」
国王の冷然とした一言で、近衛たちが素早く動いた。
腕を掴まれたモザブーコは必死に振りほどこうとするも叶わず、引きずられるようにして広間を後にする。
その姿に、群衆からは「当然だ」「恥知らずめ」と小さな声が次々と投げつけられた。
一人の貴族の没落。
それは、今宵の宴における最高の余興となった。
「時に、よく分かったなリアスティーン」
「はい、最近、新しい動きがありまして」
私はシアンに視線を向けると、シアンは待ってましたと言わんばかりに懐から資料を取り出した。
「殿下」
シアンが軽く片手で差し出すと、エンバーゲール殿下は怪訝そうに眉をひそめた。
殿下はひくりと頬を引き攣らせる。
「お前……」
「持っていけ」
まるで友人のような気兼ねない対応。
まぁ、王家除籍されてるし、互いに弱点を握りあってるみたいだしね。元トリアングロ幹部と元裏切り者。
元クアドラードの裏切り者同士だ。
殿下は資料を国王の御前に差し出す。
広間が、再びざわつき始めた。
「……エンガス家と、モザブーコの合同事業計画……か」
読み上げられた名に、場がどよめいた。
幾人もの貴族が息を呑み、あからさまに顔を見合わせる。
宮廷魔法士や騎士団に人材を送り込んでいるような家の名が、ここで汚されるなど──到底想像もしていなかったのだ。
「この、体力回復薬。微量ですが、麻薬が」
さぁ、楽しい復讐の始まりだ。




