第270話 エルフ族の繋がりは利用価値が高い
「エディ様」
私が声をかけたのは、深い森を思わせる緑の髪を肩まで流し、白銀の刺繍を施した濃緑の外套を羽織るエルフの領主──エディルファジー様だった。
なお発音はできない。
すらりとした肢体に、夜会の光を柔らかく受ける宝飾品。精霊に祝福されたかのようなその姿は、ただ立つだけで場の空気を変える。
エルフは、この国では特別だ。
色んな種族がいるけれど、クアドラードにおいてエルフは魔法を使う種族の理想とも言えるのだ。
「リアスティーン、素敵な招待状をありがとう。エリィが迷惑をかけてないかな?」
緑の髪を娘と同じ色に揺らして、穏やかに笑む。
その微笑みに合わせ、エリィが隣で少しむっと頬をふくらませていた。
「えぇ、大丈夫ですわ」
私が微笑み返すとそれだけで周りはザワザワと踊らされた。
「まさかリアスティーン様はエルフの方と面識が?」
「なんと名誉なことか……今宵デビュタントの子がエルフ族長と交流があるとは」
「ということはあのエルフのお嬢さんは」
群衆のざわめきは、私が意図していた通りなのでしめしめと思いながら、挨拶をする。
エンガス家には視線を送らない。彼らは今、失意の底に沈んでいる。いや、だからこそ、群衆の一部として扱う。わざわざ興味を示す必要なんてない。ここで優先すべきは「パーティの顔」としての立ち回りだ。復讐を優先して本来の仕事を疎かにするのは愚か者のやり方でしょうし。
まぁ、そもそも復讐と言ってもシアンが復讐するって目的だからね。
「そうかそれは良かった」
エディ様はふと目を細める。その切れ長の瞳が、ちらりとエンガス家に、そして私に。あぁ、完全に娯楽を見る目。
娯楽ですどうも。
「リアスティーン、次はいつ家に遊びに来るんだい?」
「んっ」
すっごい親しげな表情で手を取られた。
あれ、私とエディ様っていうて2回くらいしか会えてないですよね?
この親しげな雰囲気、どう解釈したらいいんですか。
「えぇ……」
「お父様! リアスティーンさんは私のお友達なのよ、取らないでちょうだい」
「ふふ、そうだったね。エリィのお友達だったね」
娘の抗議を軽くいなすように返しながら、エディ様は私の手を離さない。
そしてそのまま、耳元へと顔を寄せた。
「──ごめん」
えっ。なにその急転直下の謝罪。
なんで謝るんですか!?
怖い怖い怖い。
「もう、本当に、やる気満々で。私もそれはやりすぎだって止めたんだけど、あの方相手では私には少し荷が重くて」
まるで親しげに微笑んでいるように見せかけてどえらいくらい謝罪してる。
あの方……? やる気満々……?
ちょっと待って、エディ様、なにを謝ってるんですか。
まさか、その贖罪のために私の利益になることしてくださってる?
「すまないね、生きてくれ」
「……エディ様???」
待って、見捨てないで。
そんな謝罪に動揺していると。
場を切り裂くように、天井から眩い光が降り注いだ。
翡翠色と黄金が入り混じる魔法陣が宙に広がり、風が巻き起こり、貴族たちの衣の裾や髪を激しく揺らす。
「な、なんだ!?」
「襲撃か!?」
誰かが叫ぶと、周りは一斉にざわめき出した。
青ざめた令嬢が悲鳴を飲み込みながら口元を押さえ、椅子を倒した青年が腰を抜かす。
兵士ですら腰の剣に手をかけながら後ずさり、貴婦人はスカートの裾を掴んで逃げ場を探す
例外は、ただ二人。エディ様と、私のパパ上くらい。
つまり、この規模の魔法に表情を変えずに立っていられるのは、それだけの化け物級の実力者ってことだ。
なになになに本当になに。
「リアスティーンさん……」
エリィが私の腕をぎゅっと抱きしめた。
すると、魔法の洪水の中から、一人のエルフが悠然と歩み出てきた。
栗色の髪をゆったりと後ろへ流し、宝石を散りばめた衣を纏い、わざとらしいほどに偉い人感を漂わせている。
彼は、群衆を一瞥すると──まっすぐ私を見て、口元に柔らかな笑みを浮かべた。
「会いに来たぜ、我が愛弟子よ」
──私がリィンなら飛び蹴りで顔面潰してた。
何やってんだこのジジイ!!!!!
フェヒ爺!? どうしてそんなド派手なことをしたんですか!?
この後登場を控えている王族とライアーの印象が霞むでしょう!? 何してくれてんの!?
舞台をぶち壊すその本人はといえば、にっこにこのいじめっ子の顔で、優雅にこちらへ歩み寄ってくる。
やめて。来ないで。
「フェフィア様……」
「フェフィア様ですわ……!」
隣のエディ様が、まるで王族に頭を垂れるかのように深く礼をした。
……そう、つまり。エルフの族長たるエディ様すら頭を下げる存在。
この国のエルフのトップたるエディ様の、さらに上ってことだからね。
そりゃ、まわりは動揺する。私もしてる。
「…………………………師匠」
私はフェフィアという名前を発音できないので苦肉の策で『敬称』で呼んだ。
私の気持ちも発音も分かっているフェヒ爺は、くっくっくっとあくどい笑顔で顎に手を当てている。ほんとにこのクソジジイ、ぶち殺したい。ぶち殺す。いつか私ではない誰かが必ずぶち殺す。
「師匠、いい響きだ……。うちの弟子は皆が皆俺をジジイだのなんだの言ってくるからな……」
そりゃ言うだろ。
「フェフィア様! すごいですわね、さっきの魔法!」
「あぁ、害はないぜ? 魔力を可視化させてそれぞれの属性を練り込んで、ガーッとバーッとやって、転移魔法使っただけだからな」
「それは『だけ』とは言いませんわ! 特にどわーってなるところはすっごくすごかったですの!」
擬音語エルフ共がよぉ……。
私は我が従兄にヘルプの視線を求めた。二人して逸らされた。この野郎。
「愛弟子よ、デビュタントおめでとう。プレゼントに屋敷用の結界魔法道具を作っておいたから、受け取れ」
「……ありがとうございます」
上から目線!!!!
プレゼントに名前だけで良かったのに、なんで張本人来ちゃうんだよ。
「登録した魔力以外のものを通さない優れものだ。A級の魔物の魔石を使った、これだけで屋敷が建つくらいの物だ。使うといい」
「ありがとうございます」
ふむ、価値が分からん。魔法道具は冒険者生活を始めるまで全然知らなかったんだぞ。
そんな気持ちを込めて微笑めば、これまた意地の悪そうで最悪な笑顔を浮かべた。
「愛弟子のためだ」
するとフェヒ爺は、私の後ろに控えているシアンに目を向けた。
「前は作業を手伝わせて悪かったな!」
フェヒ爺は親しげに声をかける。
多分、フェヒ爺の家でやった無駄な農作業のことだろう。
だけど、なんの作業とは言われてない。
つまり『エルフと魔法的な何かに目をつけられてるんだ!』とも取れるって訳。
助かるけど、助かるけどぉ!
フェヒ爺は要らん!
「……リアスティーンのこと、よろしく頼むぜ?」
「もちろんです」
胃がキリキリする痛みに襲われながら、私は口元に手を当てにっこり微笑んでいた。ヘルプミー!