第267話 ニセモノたちの社交界
エンバーゲール殿下は私の従者を見てとんでもなく驚いていた。
けれど、主人を無視して従者に話しかけるのは社交界のマナー違反。ぐ、と飲みこんでエンバーゲール殿下は私に微笑みを浮かべた。
「最近体調が優れないという噂を聞いたのだけど、顔色も良さそうで安心した」
「ふふ、ありがとうございます」
死ぬほど忙しかったんだよ、これのせいでね。
「ローク叔父様もお久しぶりです」
「やぁ。大変だね」
殿下は私のパパ上へも軽やかに挨拶を投げる。パパ上は意味深な笑みを浮かべて、それだけで会話を締めてしまった。嫌味ったらしいお返事だ。
「じゃあ、私はもう行くからね。ヴィクトリアとブライアンも来てるから、後で挨拶しなさいね」
「もちろんですわ」
私が返事をするとパパ上は人の中へ消えていった。
ヴィクトリアとブライアンというのは長女と長男のことだ。歳が離れてるし、騎士団に所属しているから二人共あまり話したことないんだよなぁ。
「あの二人は相変わらずかな……」
エンバーゲール殿下は懐かしそうに目を細めている。あれ、年齢も確か違うはずだし、なんで知ってるんだろう。
「ご存知なのですか?」
ヴォルペールが私の不思議そうな顔を見て代弁してくれた。愛してる。流石言語不自由のフォロー者。
「あぁ。リアスティーンは病弱だし、ヴォルペールも関わりが無かったか」
エンバーゲール殿下は『リアスティーンは引きこもってたから家に遊びに来たって居なかったよな』『ヴォルペールは婚外子だから外交できないし従姉兄については関わったことないよな』と思い出したのかぼかしながらも気付いたようだ。
「私は騎士団かぶれでね。ヴィクトリアもブライアンも互いに騎士団にいる身内だから、よく関わりを持っていたんだ」
「まぁ」
そういやこの人騎士団にいたっけ?
私は冒険者生活をしてから騎士団の存在を知ったからあまり詳しくないけれど。
文武両道で正義感も強くて弱者に優しい。
『ね、扱いやすいでしょう?』
べナードに『どうして第二王子を裏切り者になるように手引きした?』と聞いた時に教えてもらった覚えがあるな。べナードの笑顔、腹立つんだよ。もちろん王様の作戦だと思うんだけど。
「ところで、リアスティーン……。後ろに控えてる彼について──」
「リィ、アスティーンさん!」
「わっ!」
私に緑色のわんぱくが飛び込んできた。
遠慮ない勢いで、後ろ向きに倒れそうになったときシアンが片手で受け止めた為、無事ですんだ。
「ありがとう」
「いえ」
シアンの微笑みにご婦人達の黄色い悲鳴がどこかから聞こえた。
さぞかし美男子なのだろう。本当に、顔の美醜の見分けがつかないのだけど。
「リアスティーンさん! ご招待ありがとう! 私、パーティ初めてなの」
「エリィ。ふふ、よかった」
わんぱくエルフは悪びれるどころか瞳をきらきらさせている。
そう、エリィだ。
エリィは私よりも濃い色の緑のドレスを着ている。普段着もドレスだけど、パーティー用に用意したドレスなのだろう。
「それにしても、リアスティーンさんとっても綺麗だわ。すーっごくよ! いつもと印象違うのね」
「ありがとう」
せっかく視線が集まっているので、花がほころぶような笑みを浮かべて可憐なイメージを印象付けた。
ここぞとばかりに、私は完璧な笑顔。
可憐・優雅・深窓の令嬢のイメージ三点盛りで視線を釘付けにする。
「???」
──が、エリィの顔は。
どう見ても『詐欺では?』と言いたげな、眉をひそめた疑惑の表情。
おい、エリィ。
その胡散臭いものを見るような顔だけはやめなさい。
「エリィ、彼らに挨拶を」
「まぁ、紹介してくださるの」
「この国の……」
しまった。名前が発音できない。絶対できない。
「太陽たる、第二王子と、第四王子で、すわ」
あとは任せた! ペイン!
「ご紹介に預かりました。ヴォルペールです」
「ご丁寧にありがとう、ヴォルペール様。……どこかでお会いしたことありまして?」
「いえ? こちらはエンバーゲール殿下です」
しれっと嘘つきやがった。
混乱した状態のエリィと私を見て、エンバーゲール殿下はキョロキョロと追加で混乱した様子を見せた。
「……? エンバーゲール、です。エルフのお嬢さん」
「…………?? どこかでお会いしたことありますわよね?」
「そうですよね?」
互いに首を傾げる。
エリィは、国境で客人として扱われている時に微妙に会っている。多分、ほんの一瞬で、傍若無人に振る舞うようにしていたからエンバーゲール殿下に気付かれてないだけで。
「……っ!!?? 貴方!」
エリィが私の方向を向いた途端、私の後ろに控えていたシアンを指さす。
「貴方あれね! あの、門で、ダイレクト入門にご協力されてた方!」
「……ダイレクト入門」
お前そんなこと企んでたのか、って視線が私に向けられる。誰にって、シアンとペインの両者にである。
「久しぶりね、ふん縛ったことは許してあげるわ!」
「発言をよろしいですか?」
「えぇ、もちろん」
シアンは私に許可を取るだなんてイイコのフリをしながら一歩前へ出た。
「お久しぶり、です」
シアンはエリィに言うフリをして、ちらりとエンバーゲール殿下にも視線を向けた。
「リアスティーン、彼を紹介していただいても?」
「えぇ。私の……大事な人ですわ」
大事な大事な奴隷である。他意はある。
「……元々騎士でしたが、今はリアスティーン様にお目にかけていただいてます。それはもう、大事に」
エンバーゲール殿下の視線が私やヴォルペールに向かう。『あれ? もしかして幹部って知ってるの自分だけか?』みたいな視線だ。
「──カデュラ!!!」
叱りつけるような怒声が響いた。
本日の娯楽が釣り餌に引っかかったようだ。
その瞬間。
シアンが私に向けてにこぉっと──嬉しそうに、楽しそうに、最高に煽りきった笑みを浮かべた。
……こいつ、完全に遊んでやがる。