第26話 ご都合主義にはリスクがある
「アイテムボックスを習いたい?」
「肯定!」
幼き頃、私は空間魔法で習得したい魔法ナンバーワンを魔法の先生に告げた。しかし、結局教えてはくれなかった。少しだけ実家が懐かしくなり始めたので、思い返すあの日々。
初めて見たエルフは、今まで描いていた『ファンタジーのエルフ』……。
優しい口調で魔法の何たるかを教えてくれ──
「てッッッめぇ! 魔力操作だけは気ぃ緩ませんなっつったろーが!」
──る訳でもなく。
長寿種こその知識の深さを見せ──
「あ? 歴史なんて習わなくていいんだよ大体都合のいい通りに捏造してんだから」
──る訳でもなく。
魔法に長けたからこそ出来る分かりやすい説明──
「そこはガッ…! ってやってヒョイッとやりゃ出来るんだよ。あとはグッを直せばいいな」
──な訳でも泣く。
エルフのイメージを根本からファイアボールぶち込んでウォーターボールに沈めた様な、なんでこいつ辺境伯の家庭教師に選ばれたんだと思う程スラム街みたいな、そんなクソエルフジジイだった。エルフ族への好感度が下がった瞬間だよね。子供の夢を壊すな。
「だいちゃい! ふひゃ、ふ、ぴっ。……。てめぇは」
「俺の名前言うの諦めたな? 誰がてめぇだ寝かしつけるぞ魔法で」
「てめぇ様は、よっつの雛ぞ如きぴよりんに特攻ぞ可能として」
「なんて?」
「何ぞ愉快愉悦存在可能ぞりっっ! くたばりぇ!!」
僅か4歳である幼い私の必死の訴えに、クソエルフは手のひらを出した。
「〝グラビティ〟」
「あ゛……ッ! ぐぅ……ッ!」
「はーっはっはっは、なんて言ってんのか分かんねぇな。分かんねぇけど侮辱されてんのは分かってんだよこの言語不自由スットコドッコイ残念金髪猫被り小娘」
重力を加算され、その時は為す術もなく地面でウゴウゴ文句を垂れていた。あのエルフ、絶対魔法で負かす。プライドは一丁前に高いの。
転生者であるというほかとは違う優越感。を、軽々と押さえつけられる屈辱。貴族であるというほかとは違う優越感。を、楽々と粉々にする侮辱。
抵抗する為に、防御する為に。必死に毎日魔法をゲロ吐くまで使わされて魔法を鍛える日々。
戦闘民族もびっくりする実家のスルー。これが平常だと一時は勘違いしていましたとも。
「ぶわぁぁぁぁあかあああああ!」
「うるさい小娘。〝ファイアボール〟」
「ぴぎゃああああ!?」
簡単な魔法とは言えど、半径1mは絶対ある大きさの火の玉はボールじゃないと非常に訴えたかった。その日もいつも通り魔力切れまで魔法で防御し続けた。
==========
──現在。
宿の食堂にて。私はニスも塗られてない肌触りの悪い机にぐでんと突っ伏して、ふっかい息を吐き出した。
「あ゛ぁ〜〜〜〜〜……ちゅかれた……」
「お前また宿代飛ばしたのか」
呆れた表情でようやく起きてきたライアーが私を見下ろした。
「おばちゃんボア飯1つ」
「はいよ〜」
そのまま適当に座る。ランチピーク過ぎて起きてくるとかどんだけ夜更かししてるんだこのおっさん。
「んで、嬢ちゃん。お前なんで無一文?」
「……装備と服に溶かすした」
「はあー。呆れた。手持ちの金貨3枚分全部?」
「…………全部」
「はぁ!?」
盗賊スタンピードから1週間。コンビを組んだ私とライアーは休暇を取っていた。ダクアに来て2日働いた後1週間休みは長すぎる? そんなことはない。ないったら無い。
スタンピードの後、寝落ちてしまった私をライアーが引き摺りながら帰ったらしい。こちとら可愛い女の子だぞ丁重に扱え。
月組曰く、武器を持ち帰る気力もなかったらしく後日取りに行ったらしい。私より武器を優先してたら流石にぶん殴ってたけど。
翌日、というか翌々日。丸一日以上寝こけてしまった私とライアーは冒険者ギルドに顔を出した。ら、リリーフィアさんが死んだ顔して受け付けに居た。一体何をどうしたらそうなるんだろう。
『後5日……そう、5日後来てください……』
出費を考えると資金も心もとなかったし、盗賊分のお金だけでも早く貰いたかったんだけど。
流石に過労死間際のエルフを急かして毟りとる訳にはいかない。大人の余裕で待ってあげることにした。宿代は銀貨1枚。ご飯はカツア……たかるとして、金貨1枚分にも満たない。これは勝つる! と、思ってたのに。
ぐっちょぐちょでボッロボロの泥だらけになった一張羅を買い換えるためにまず金貨2枚分は使った。そして宿代として残していた約金貨1枚分を……。うん、身だしなみセットに。体汚れたままとか耐えきれないし、汗臭いのも勘弁。
貴族として生まれてよかった事はお金に困らなかったこと、そして貴族として生まれて悪かった事は生活水準が上がってしまったこと。泣きたい。
「あー、体バッキバキ」
「おっさんの筋肉痛は2日後来ると聞くますたけど」
「どこで聞いたんだそんな話」
庭師のピップー(こんがり焼けた肌の爽やか40代)に。
「俺はまだ若いから翌日に来るんだよ。今日のは普通に寝すぎた」
「いつもでは?」
「お前だって大概遅いだろ」
む、否定できない。
この男とコンビを組んでから依頼どころか街の外に出てないしなんだったら街の中でも別行動をしている。
まぁ、私が街の外に出られないってのもあるけど。
「んで、相棒さん」
ガバリと顔を近づけて周囲に聞かれないようにライアーが問いかけた。
「──魔力は回復したのかよ」
「ぜーんぜん」
スタンピードで起こした魔法の数々。いくら他の魔法使いよりも魔力量が多いとは言え、私だって限度はある。正直盗賊退治でほぼほぼスッカラカンだった。……なんせ最大火力をリーベさんにぶち込んだし。
実はスタンピードの最中では魔力を前借りしてた。もちろん自分からだけど。
「魔力は自然回復ぞするとは言え、無理矢理引き出すすれば『自動回復のための魔力』すら消えるです」
「そこが魔法のよく分かんねぇとこなんだよな」
体力と魔力の違いって、無いようで存在するんだよね。研究が進められているとは言えど、少数派。『魔力とはそういうものである』としか言い様が無い。
「そうですね……2日分は軽く引き出すした故に。後1週間は必要ですかね」
「1日で1週間も回復に費やすのかよ……エグイな……」
「引き出すが出来ることは都合ぞいいですから」
代償としては仕方ないかな。
この1週間は倦怠感というか何をするにもだるくてだるくて仕方なかった。風邪よりもだるいし関節は痛いし脳みそに糖分回ってないって感じするし、本当に『早く寝たいがため』頑張ったけど。やっぱりろくなもんじゃないね。
もーう絶対魔力の前借りはやらないぞ!
「ま、お前なら魔法使えなくても野垂れ死にすることはねぇだろうな」
「です」
まだ盗賊の件の報酬が残ってるし。あの獣人娘からの報酬も貰ってない。
「はい、お待たせ寝坊助」
「いやァ、俺が寝坊助なんじゃなくて朝の鐘が鳴っても帰らせてくれねェ街の色っぽ姉ちゃんが悪」
──野垂れ死にするのはコイツの方だほうな。
私は月組に奢ってもらった果実水をズズズと啜ってそんな事を考えていた。
はぁ、ギルドに行くのめんどくさいなぁ。