第257話 脅しと同じ意味を持つ信頼
カリオペア・クアドラード。
この国の王妃。
国母とも称される、大変立派な肩書きを持つ人物だ。
それだけではない。第一王子、第二王子、第三王子という。次代を担う重要人物を三人も産み育ててきた功績は、国家規模で見ても間違いなく偉業のひとつである。
何故かと言うと、基本、こういうのって他の妾が入ってくるからだ。
後宮というのは血で血を洗う場所だし。そんな中、正妃である彼女が位の高い王子たちを連続して産むことの凄さが分かるだろうか。
……なのに。
不思議と情報がない。
もちろん、私がまだ社交界のデビューもしてない小娘だということはあるだろうけど、あまりにも政治的な場や学園内でも名前が出ない。
それなのに国民からの好感度は高く、側近たちの忠誠も厚い。
いったい、どんな人なんだろう。
そう思っていたけど──
「まあまあまあ、婚約おめでとうございますぅ〜。さぁ、こっちへきて座って?私、貴女と会ってみたかったの」
毒気を抜かれるような、ふわふわとした笑顔の女性だった。
目を奪うほど華やかな庭園に、白い布のテーブルと繊細なティーセット。
揃えられた椅子には緋色のクッションが添えられ、ほんのり香る花の香気と風の心地よさが相まって、ここだけ季節がずれているかのような柔らかな空間になっていた。
その中央で小柄で華奢な、白と薄桃を基調としたドレスに身を包んだ女性。おそらく国王よりは年上なのだろうけど、それにしたって若々しい。
「国の母、王妃様にご挨拶を──お初にお目にかかります、リアスティーン・ファルシュと申します」
すぐさま姿勢を正して、深くお辞儀をする。礼儀作法を完璧にこなしたはずだったが、王妃様は。
「そんなかたい挨拶はいいのいいの。家族みたいなものじゃない。早く座って?」
と、ニコニコと笑みを浮かべたまま、私の腕を取って席へと誘導していた。
私、無駄に警戒心上げていたからかギャップで風邪ひきそう。
「あ、リアスティーンちゃんがおしゃべり苦手なのは知ってるから安心してね。でも、どんなスイーツが好きかは知らなかったから、色々取りそろえたのだけど気に入るものあるかしら」
王妃様はそう言って、ふんわりと微笑んだ。
机の上には、可愛らしいお菓子が整列していた。
焼き菓子、果実のゼリー、上品なクリームをまとったタルト、宝石の様だと言われてもおかしくないほど綺麗でキラキラと輝いていた。
しかし、そしてなぜか干し果物もあった。しかも添えるだけじゃなく、普通にメインで置かれている。
「最近、お茶請けには焼き菓子よりも干し果物が好きなの。お腹に優しいし、ちょっと上品な気がしない?」
「……思うです。私、甘きもの大好きです」
「よかったあ〜。嬉しいわぁ、いっぱい食べてね」
一口食べてみれば、王妃様用に作られているためか、今世では食べたことが無いくらい美味しかった。
ドライフルーツも美味しい。好みが渋いな、と思わなくはないけれど、ねっとりとした上品な甘さが癖になる。
「特にね、夕暮れの実とマンゴーが好きなのよ。パリパリタイプも好きではあるんだけど、ねっちり系の方が好きでねぇ」
「いちじくとか柿も美味しきと思うですよ」
「まぁ、素敵ね。いちじくと柿。探しておくわ」
あっ、しまった。この世界にいちじくと柿って存在してるのかな?
んー。まぁいっか。言語不自由だってごまかせばいいし。
「婚約生活はどう? あ、色々知ってるからね。ルナール君が本当はトリアングロの幹部だったりとか、リアスティーンちゃんが監視役だとか、分かってるからね」
なるほど。説明は不要ってことか。
「えっと。そう言うすても私も学園ぞありますし。それ以外はなるべく傍に居るようにはすてますけど、特に面白きことは無きですね」
「……聞いていた以上に不思議な喋り方ね」
「んぎゅっ」
心が傷んだ。
ちなみに。貴族と分かったライアーは私の言語のことを『育ちの階段を途中で逆走した言語』と言ってくる。腹立つ。お前よりはいい育ちしてるわ。第一言語以外。
「確か、リアスティーンちゃんとルナール君は元々冒険者のコンビを組んでたのよね?」
「はいです、お恥ずかしながら当時はスパイと気付かず、後手後手に回るしまいますた」
「そっかそっかぁ。でもおかげで有能な人手も守られたし、この国が負けることは無かった。あのね、リアスティーンちゃんは知らないかもしれないんだけど──実はこの国は負ける為の延命をしてたのよ」
にこにこと笑いながらも衝撃なことを言い出した。
いや、もちろん女性だから軽んじているわけじゃなくて、国母なのだから裏事情も知っててしかるべきだし。むしろ国の存亡に関わることなら知らなきゃまずいんだけど。それを『口に出してもいい』と判断できるくらいには政治的な立場に置かれても問題無いということ。
「ご存知ですた」
「そう……あの人が伝えたのね?」
「はい」
国王陛下のことだろう。リアスティーンではなく、リィンとしてなのだけど。間違いなく伝えられたのだ。
「あっ、そうそう。リアスティーンちゃんはヴォルペールと仲良いのよね?」
「……はい」
思わず身体が反応してしまうところだった所を、無理矢理抑え込む。
というのも、ペインはあくまでも『メイドの子』だ。王族として引き取られたとはいえ婚外子。要するに正当な立場ではない。
国王陛下とそのメイドがややこしい業務外感情を抱くからクソみたいなことが起こるんだよ。
「あぁ、心配しないで。私はヴォルペールのこと大好きよ。同じ息子だと思ってるから」
あ、そうなんだ。
私は微笑みながら紅茶を口に含んだ。
「仲良くさせていただきてます」
冒険者としてのペインを知っているのかどうかは分からないけれど、知らない可能性も含めて誤魔化しておこう。
「私の言語がこれですから、学園では特に誤魔化すことに援助すていただけてます」
「リアスティーンちゃん。あの子は複雑な子なの。だから、貴女はヴォルペールの味方でいてちょうだいね」
「もちろんです」
「王子としては立場が弱いから、宮廷相談役のリアスティーンちゃんがサポートしてくれるなら安心するわ」
王妃様の言葉に私は笑う。
「おかげで、残る幹部の回収騒ぎでこきぞ使うされてます」
「そっかぁ〜。仲良さそうで良かった!」
心の底からそう思っているのだろう。
私の言葉に嬉しそうに笑う王妃様は確かに『母』の顔をしていた。
実際の子でも妾の子でもなく、王妃様からすれば複雑な立場だろうに。
懐が深すぎるのか、演技が上手すぎるだけなのか。どっちか分からなくて誤魔化すように紅茶を口に含み直した。
「個人的には、ヴォルペールとリアスティーンちゃんが結婚してくれたら良かったんだけどね」
「んっっっ!!! ぐっ、げほ、ごほっ」
「まぁ、大丈夫?」
まぁ、じゃない!
まぁじゃないよ王妃様!
吹き出すなんて失礼なことをしなくて済んだのは良かったのだけど、おもわず咳き込んでしまった。
なんだろう、このそこはかとなくエリィに似てるこの感じ。
「大丈夫デス……」
大丈夫ではないです。
「でも本心よ? ──王家に閉じ込めておきたいくらいだもの」
……これ、もしかしてだけど。
リィンとリアスティーンが別人だった場合。
ライアーの婚約者としてリアスティーン(ファルシュ家)が監視役につき、リィンの婚約者としてヴォルペール(王家)が監視役につく。
そんな可能性、ありませんでした?
「…………。」
「あら、どうしたの? 不思議そうな顔をして」
王妃様は人の良さそうな笑顔で私に微笑んでいた。口元に当てられた手の隙間から見える口角が…──怪しげに歪んだ。
「ヴォルペールの味方でいてくれる、って、言ったわよね?」
げ、言質取られてる──!!!!
これ、あれだ。私はヴォルペールという名前の釣り餌と人質を王妃様に取られた! 嘘でしょ!? いやだって、王妃様に『よろしくね?』って言われたら断れる立場の人って国に居ないよ!? 女性の中で最高位におられる方だよ!?
「リアスティーンちゃんは、どうしたらクアドラードを捨てないかなって思っていたのよ〜」
朗らかに笑いながら王妃様は紅茶にミルクを注ぐ。
「冒険者としても、Fランクを保つくらい『命令されない状態』や、保身に走る子でしょ?」
バクバクと心臓が嫌な音を立てる。
「でも、大冒険を求めるほど冒険心が強いわけじゃない。戦争のご褒美としてお金でも名誉でもなく『女狐という存在を作り出してください』というお願い。私思ったの。本当に、保身で動く子なのね、って」
くるくると回される紅茶の渦の様に目が回ってきた。
「でも不思議なことがあって。なら、どうして単身にも等しい状態で、疑われるリスクもあって、敵国に乗り込んだのか。保身とは程遠い行動だわ」
初対面の王妃様は、私の行動を整理し、紅茶を飲み込んだ。
「貴女は『プライドが高く』て、『情に弱く』て、『寂しがり屋』なのだと思ったわ」
「そん、な。プライドが高ければ最低ランクになんてなりませぬし……」
「でも、最低ランクだからと舐めてかかってきた相手をボコボコにするのとか、多分好きでしょ?」
すきぃ……。
「多分、リアスティーンちゃんはルナール君とヴォルペールには甘いでしょう〜? あぁ。だからといって人質にはしないわ。それ、逆効果だもの。ねぇ?」
そうですね。人質に取られた瞬間、私は亡命するよ。もちろん、人質にとった人間に致命的な何かを与えて。その人質すら抱えて。
私のモノに手を出すんだもん。手加減なんていらないよ。
「……ほぉら、プライドが高い」
「ん、ぐ」
「それにリアスティーンちゃんは、多分人の生き死に触れるの苦手でしょう? 温室育ち、と言ってもいいのか分からないけれど。価値観が優しいわ。寂しいのよね、居なくなるのが」
……これに関しては前世の価値観というものが、自我と共に確立しているという点がある。寂しがり屋ではないとは思うんだけど。
「だから、私は貴女を不自由にはさせない。でも自由にもさせない。何があっても貴女を害する者は、王妃の私が許さないと宣言するわ」
守ると見せ掛けた鎖。
多分、この国で1番甘くて緩くて、めんどくさい鎖だ。
私を国に縛り付けたいという気持ちはすごく分かる。本来の婚約で本当に監視ができない以上、『私』が厄介だ。私が王妃様でも、手を焼いただろう。
そして、私にとって『都合が良くて好き勝手できる国』にしようとしている。信頼という名前の脅しを使って、『あなたなら国の不利益になることはしないものね?』って脅しながら、『国王の立場も王妃の立場も好きに使いなさい?』って言っている。
最高に都合がいいのに、変な使い方をしたら噛み殺されそうで怖い。
なるほどね、保身第一だとバレているからこその脅し方かぁ。怖いなぁ……。過ぎたる力は扱えないんだよぉ。怖いよぉ。
「王妃様……厄介って言われませぬ……?」
「あら。私はあの人に『前王を始末するパートナー』として選ばれた女よ? ふふっ、可愛い事言うわね」
怖い…………。