第256話 人を呪わば穴二つ
教育に圧倒的に向いてないハチャメチャエルフのフェヒ爺に教わりながら、色々覚えたり試しにミニチュア版作ってみたり作業していたら、フェヒ爺は気になることがあったのか口を開いた。
「そもそも、お前は何を企んでんだ?」
「んえー?」
「なんつったか。あの片目小僧の実家がエンガス家つーのはわかったが。なんで実家を目の敵にしてる?」
フェヒ爺は珍しく、純粋な顔で首を傾げていた。悪だくみする時の顔じゃない。ちょっと困ってる時のやつだ。
……まぁ、私もシアンの過去を全部知ってるわけじゃない。
「教えてもらった範囲で話すと、ですね」
シアンは、魔法が使える者と使えない者。その差別が、どれだけ重いものかを知っている。
──クアドラード王国では、人同士でも差別はある。魔族の様に魔法に優れすぎると魔物と称されるが、魔法を使えないものは文明に置いていかれる。……魔法の使えるお前には分からないだろう。使えるはずなのに使えない劣等種の気持ちが
戦時下。戦闘中の彼が暗い目をして私にそう言ったのを覚えている。
「彼の実家、エンガス家って、兄も弟も宮廷魔法士。両親は騎士団の魔法職ですて」
「ほーん?」
「兄はもちろんですが、弟も早咲きの3歳で魔法ぞ使えるようになったです。……──って、弟のモカラ・エンガス張本人に教えるすてもらいますた♡」
「本人にかよ」
何のために文通(笑)してると思っておいでで?
個人情報を仕入れて、貶めるために決まってるじゃないの!
「でも、シアンは魔法が使えぬままで、痺れを切らしたのが父親。まぁ、多分、ぶん殴るか、魔法ぶつけるか、どっちかすたのでしょうね」
「それで片目、か」
「えぇ。失明ですよ。それでも家族は、『出来損ないだから仕方ない』って態度だったみたいで」
「いいねぇ、貴族の鑑。家名のために子ども一人潰して何とも思ってないわけだ」
しかもね?
調べてみたら表向きの報告はこう。
『カデュラは家庭で魔法の練習中、誤って自分に魔法をぶつけたことで、片目を損傷。心に傷を負い、魔法が使えなくなった』
はいはい、本人の不幸な事故ってことにして、家の面子を守るんですね〜。
ついでに、片目が青く変質したとかで『特別な魔力の兆候』ってごまかして、なんなら『神秘的な不幸』扱いでもしてそう。私の国では金髪と碧眼が王家の証で特別視されるからね。
いやー。使えないことへの誤魔化しで『使えてたけど使えなくなった』って誤魔化して、魔法家系の欠点を誤魔化そうとしたってことね。
「……なるほど。要するに、『最初から魔法が使えなかった』って事実を隠すために、盛りに盛ったわけか」
「そゆこと」
メモに色々書き連ねながら私はもうひとつ情報を継ぎ足す。
「シアンはその後緑の騎士団に所属しますた。その後、なんやかんやあって16歳でトリアングロへ亡命」
「16?若ぇな」
「高等学部は卒業済みという記録はあるです」
「あー。魔法学科無しだろ?それなら飛び級も可能性としてはあるな」
「えっ、魔法の有り無しで関係あるです?」
「おう。魔法は扱いが難しい。取得に時間がかかる上に、若ければ若いほど魔力が柔らかいんだ」
柔らかい?
「伸ばしやすく、暴走しやすい。だから魔法を学ぶ奴らは必ず一定学ばないとならん。庶民はまぁ、魔石内の魔力が少ないから暴走はしにくいが」
つまり、魔法を安定して使えるようになるためには時間がかかるし、誰かの監視が無いとダメだと。
「私も飛び級ぞすたかったです……」
「お前今日授業は?」
「リー、体調、チョー悪き。あっ、めまい……!」
「クソ堂々サボり小娘が」
「冗談はさておき、宮廷相談役の引き継ぎ作業とすて休みぞ取るすてます。ほら、別に間違いなき」
よし。ある程度固まってきた。
魔力を補充させるんじゃなくて、循環させればいいんだよ。メンテナンスは念の為できるようにして、問題は魔力が切れることだったから魔族みたいに吸い取らせれば良かったんだよ。
うんうん、これが上手く行けば……。
──コンコン
ノックの音が響いた。
作業の手を止め、私は素早く姿勢を整える。口元に作り笑いを浮かべ、声をかけた。
「どうぞ」
扉が開き、入ってきたのはメイド服姿の若い女性だった。
「主様が、新しい宮廷相談役──リアスティーン様にご挨拶をしたいと」
ご足労ねがえますか、と柔らかい口調ながらもこちらの都合を問う姿勢は一切ない。
これはつまり、『ちょっとこっち来いや』と命令している。
伯爵令嬢の、しかも王弟の娘であるこの私に「動け」と命じられる人物は、そう多くない。
というか、ほとんどいない。
血筋こそ正義のこの国では、私の立場はかなり上位に位置しているのだ。
まぁもちろん、当主達は令嬢と比べて地位自体は高いけどね。
そんな私を呼び出せる人物。
その時点で、すでに胃のあたりに冷たいものが落ちる。
「えぇ、ところで──」
言葉にはせず、ちらりと視線だけでメイドに問いかける。
誰が、私を呼んでいるの?
メイドは丁寧に、だがどこか機械的な調子で名を口にした。
「この国で最も尊い女性。王妃、カリオペア・クアドラード様でございます」
あっ胃痛。
よりにもよって、王妃。
王宮という迷宮の最深部にして、誰もが一目置く存在。
権威も威厳も、なにもかも本物で。それはつまり、気まぐれひとつで人生が急停止からの急降下、ノンストップ逆走ジェットコースターするってこと。
しかも、国王とは血が繋がっているけど、王妃様とはたぶん繋がってない。
つまり私は、彼女から見れば「他人」寄りの「他人」で、関係性はスッカスカ。
加えて私はよりにもよってヴォルペール派閥(=婚外子サイド)。
王妃様から見たら、盛り合わせ最悪フルコンボってやつ。
「ご案内いたします」
メイドさんの言葉は丁寧だったが、そこには『逃がしゃしねぇぞ』という圧も感じられた。
ひぃん、フェヒ爺助けて……。
あ、無視しやがったあのジジイ。