第254話 運命の恋(笑)
「……ライアー、これ返事何ぞ書けばいいと思うです?」
「んー、とりあえず令嬢の流行りのフリして宝石店でも書いとけばいいんじゃね?」
「じゃあここの事書くするか」
熱烈なラブレターを前に、私、ライアー、シアンで返事に頭を悩ませていた。
「おいこら! 打ち合わせが進まないだろ!」
ノッテさんが叱りつけた。
はい、私は今、デビュタントの準備で商会に来ていた。
パーティーの主役はあくまでも私。そしてその婚約者であるライアルディ・シンクロ子爵。
そのためのドレスや内装や料理等の打ち合わせをしに、商会に来ていた。
ノッテ商会。
それはトリアングロで武器や火薬などを取り扱っていた商会である。しかし、その実体はクアドラードからトリアングロに潜り込んでいた王家直属の工作員の人員派遣拠点だったのだった……!
と、まぁ。戦争中に利用したノッテ商会の商会長さんであるノッテさんを引っ捕まえてデビュタントパーティーの準備を手伝わせているのだった。
「恋に溺れるすた経験が浅き集まりって不便ですぞねぇ。恋愛経験皆無共ー」
「トリアングロの幹部にそんな心を許せる相手と時間と隙が出来ると思うか?」
「同感だ」
「こらてめぇら! 早く内容決めろ!」
ノッテさんみたいな工作員がどうしてクアドラードでも商会として私たちの相手をしているかと言うと、元々ノッテさんのお家が王都では有名な商会だったらしいのだ。
まぁそうだよね。商売人じゃなければ工作員として潜り込めないもんね。
「ねぇノッテさん」
「ノッテじゃなくてナット。アステル・ナット」
「そんなキラキラしい今どきみたいな名前、似合わぬです」
「あーーーっ! こんなんが! あの! 深窓の令嬢だとか妖精姫だとか巷で噂されて、その姿を見たものは魅了されて帰ってこないとか言われてる伯爵令嬢とかっ! 嘘だーー!!!」
「紹介ありがとうです」
何処からそんな噂が出てくるんだろうね。私に会いに来た人なんて、そんなに居ないし中身こんななのに。
「ノッテさんなんか香水ある?」
「あぁー? 手元には俺のしか無いけど」
「じゃあそれでいいや、手紙にぞ振りかけるすて」
愛(笑)を込めた破壊工作のお手紙が完成したのでそれに香水をかけるように指示した。
怪訝な顔をしたノッテさんは、手紙の内容を読んでもいいか断りを入れてくれたので頷くと黙読し始めた。
──────
モカラ・エンガス様へ
爽やかな風に初夏の薫りが混じり始める頃となりました。貴方様には益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
先日は、春のひとときをご一緒くださり、誠にありがとうございました。
あの楽しい時間の余韻は、今も尚、私の胸にやわらかく残っております。
特に、私が困っていた折にお力添えくださった貴方の逞しきご様子、まるで古の騎士の如く、心強く、そして眩しく思い出されます。
ご一緒にいただいた苺のタルトも、まるで小さな宝石を散りばめたようで──
その美しさに目を奪われたあの瞬間が、愛おしくてなりません。
本来は、ささやかなお礼のつもりでお誘いしたはずが、気がつけば私の方が貴方の笑顔に癒やされ、楽しませていただいておりました。
ところで最近、学園ではナット商会の宝飾品を身に着けると「幸せになれる」との噂が流れているのをご存知でしょうか?
貴方の澄んだ瞳を思わせるような、美しいブローチ──
あのようなものを、私も胸元に飾ってみたいと思ってしまいます。
それを身に纏えば、ほんの少しでも、貴方に近づけるような気がいたしますの。
もしお暇がございましたなら、またお話しできる日を心より願っております。
どうかご無理のない範囲で、お返事をいただけますと嬉しゅうございます。
優しき風が貴方の歩みを包みますよう、心よりお祈り申し上げます。
リアスティーン・ファルシュ
──────
「──詐欺か?」
「はい!」
こりゃ酷い。そう言いたげな視線がノッテさんから降り注いだ。
「背筋がゾワゾワする。胸を掻きむしりたくなるような、くそきもい」
「甘ったるい文に性悪の匂い混ざってるな、逆に天才かもしれない。気持ち悪い」
ライアーもシアンも馬鹿にしてくる。
ええい! やかましい!
「嬢ちゃんのこと何も知らない人が見たら、恋する乙女に見えるだろうな。知らないって、幸せだなぁ」
ノッテさんが同情する様に目を伏せた。そんな、私が酷いやつみたいな言い分。酷いわ。
「こんなにも正真正銘お嬢様なのに……!」
「……リィン。お前の実家にも行ったし、学園生活も見たし、裏付けは死ぬほどした。のに、俺はまだお前が貴族令嬢とか嘘だろ? って思ってるし、なんならお前が貴族社会を騙して偽の地位を手に入れて悪巧みしてると思ってる」
「ライアー? 喧嘩?」
私の存在の全否定やめてくれる?
この一、二年しか存在してない事になるじゃん。
「ところで、工作なのはわかるが何を企んでいるんだ。元工作員として興味がある。どうせその、瞳の色をしたブローチを義姉に仕入れてもらうようにしなきゃならないし」
「ん、簡単ぞり。題して『運命の恋だと詐欺って貢がせてエンガス家の資金を削ごう!』です」
シアンの弟であるモカラ・エンガス。三男。長男と同じく宮廷魔法士。引っ掛けるなら長男の方が良かったんだけど、年の差があるから一旦末っ子狙いだ。
それでも10歳は離れているから微妙な年齢差だけどね……。婚約者で10歳差はまあある方だから。実際ライアーとは20離れてるし
「先日、三男と偶然を装うすて出会いますてね。きゅるるんって、上目遣いで抹殺ぞり」
「イチコロな」
「いちころなぞりー」
庇護欲を注いで、少し型破りで、身分差を感じさせないような気安さで、騎士様もとい魔法士様に憧れる少女。
「照れ屋で緊張しいの聞き上手! これで言語のごまかしも完璧!」
ふふってかわゆーく笑ったり、真っ赤にしてアワアワしたり、相手の言ってる言葉を繰り返せばいいのだ。
『宮廷魔法士としての心得の一つとして……』
『心得の一つ?』
『あ、あぁ! 困った民は助ける事を心情に置いているんだ!』
『困った民を助ける事……!(キラキラお目目)』
ね? 簡単でしょ。
あとは『もっとおしゃべり……お願い?』って単語でおねだりすれば聞き手に回れるって訳だ。
「でもそんなんで資金を削げるのか?」
純粋に疑問に思ったのか不思議そうな顔をするノッテさんに、私は微笑んだ。
「もちろん」
人に溺れるのって大変だよ。
得られたものは大きかっただろうけど、ライアーでさえ地位も名声も全て捨てたんだから。
「あ、そうだノッテさん。食品ぞ仕入れるときに、別の商会ぞ挟むすてほしきです」
「それはまぁ簡単に出来るけど……」
コーマス領の食品メインの商会を挟んで欲しいんだよね。連絡先というか滞在先は知ってるから私が連絡しに行ける。と言うか、名前知らないし。
もしかしたら教えて貰ってるかもしれないけど、覚えてない。
「ところで、瞳の色のブローチだったか。リィンとシアン、お前らその三男坊の瞳の色って何色だったんだ? リィンはそれと対局の色のドレスにしろよ」
嫌がらせの才能が高いなライアー。流石私の相棒だね。
さて、瞳の色。瞳の色……。
「……シアン」
「………………。」
シアンにヘルプを出したら、シアンは無言で渋顔を作り目を閉じて直立した。
「…………まさか覚えてないとか、言わないよな?」
だって興味ないんだもん!!!