第253話 破滅の道はトレッドミル
元トリアングロ幹部、現在奴隷。
国の頂点に連なる、栄光ある立場からどん底に落ちたもの達。想像していた生活に比べて自由もあるし名誉も損なわれていなかった。
肉体的に虐げられることも、精神的に嬲られることも。
……まぁ、冒険者の奴隷として肉壁になるのではなく貴族の奴隷として生活することになるとは思ってもみなかったが。
「まさか、うちらが四人がかりで偉い商人さんを潰すために働かされるやなんて、思うても見ぃひんかったわ」
意訳:実力なめとるんとちゃいます?
「まぁ、そもそも冒険者ランクを上げろって命令の傍らですから」
「海蛇、油断はしないでくださいね。ここは魔法が使える国なんですよ」
「俺でも『魔法』っていう武器に敗北したんだからな。おっと、敗因が魔法なのは俺だけか」
海蛇 イードゥラ・アダラ
鶴 ブレイブ・パスト・グルージャ
鹿 レヒト・べナード
鯉 クライム・クラップ
闇夜に溶ける様な暗い色の服を着て、記録や魔法に引っかからないように特徴を消していた。
「リ……主サマの目的は、この家の商売である香辛料の交易を止める。収入源を経つ方向です」
「さっさと殺してしもうた方がええんちゃう?」
「人的被害を出さずに倉庫及び中身、そして船等の移動手段を破壊する、のが目的ですからね?」
「命令とあらばそう動く。鶴、誰がどっちに動く?」
「鯉さん、自分に作戦任せないでもらっていいですか? もう各個撃破でしょう、投げやりでいいと思いますよ」
「しかしまぁ、殺さずに生かすとは、我らのご主人様は無駄に長引かせるのがお好きなようで。良い心意気ですねぇ」
「可哀想に、罪人は殺してしまった方が救済だと言うのに」
「そうだわこいつ元鶴の弟だった」
指揮役を押し付けようとして、ナチュラルサイコパスの姿を見たクラップは額に手を当てて天を仰いだ。
「分かった。俺が指示する。俺と鶴は倉庫、海蛇と鹿は船。船の構造は海蛇、分かるか?」
「心配してくれとるん、優しい方やなぁ、鯉(意訳:誰に物言うとんねん、分かるに決まっとるわ)」
「……悪い」
偶然か必然か分からないが、リィンが指名した『冒険者組』は血の気が多い。
アダラはおだやかだが舐められるのが嫌いなので嫌味でキレるし、べナードは昔かなりやんちゃしていたし、グルージャはナチュラルサイコパスだ。
やれやれ、俺だけがまともかよ。
手綱役にされたと察したピュア軍人がため息を吐き出した。
「鶴、お前が取引相手だ。把握もかねろよ」
「もちろんです」
麻薬をクアドラード国内にばら撒くようにモザブーコ家を操作したのはグルージャ。後始末をしなければならないと思ってもみなかったが、こちとら理不尽な兄を共に耐えた唯一の身内を害されているのでやる気満々だ。
自分で蒔いた種、というのはこの際考えないものとする。
「──作戦開始だ。蹂躙しろ、殺さねぇようにな」
今宵、崩れ始める。
「やむを得ない場合は殺しても構いませんか? とは聞いたのですが。ご主人様、なんと言ったと思います?」
「なんて?」
「『出来るでしょ?』と、ただ一言。我々が血を流さず死にもせず、余裕の状態で相手を制圧出来ると確信してらっしゃいました。ほんと、分かってますね」
「…………ほんまに」
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王都、モザブーコ本家。
「なんだと!?」
当主である男が焦ったように秘書にもう一度問い詰めた。
「……船と倉庫が破壊されました。船に関しては竜骨の支えがなくなり修復は不可能かと。倉庫は、香辛料が水浸しに」
「夜勤の奴らはどうした!」
「夜勤担当者も気付かなかった様です。内部犯か外部犯か、把握してません」
「……なんてことだ」
絶望したように明け暮れた。
「例のものは……!」
「一切の傷なく、無事です」
「不幸中の幸いか! くそっ……!」
麻薬は、香辛料に混ぜて出荷する。
隠し倉庫にしまってあった麻薬には一切手がつけられていないことから、麻薬とは関係ない人物が犯人かもしれない。
「そのまま売ってしまえば」
「当主様、それだけはおよし下さい」
香辛料、特に胡椒は高値で取引される。香辛料はいわゆる隠れ蓑なのだ。
商品がなければ麻薬が無事だったとしても金を動かせない。不審な金の出処を見逃す程国は甘くないだろう。
「新たな取引用の香辛料が手に入るまで耐えるほかありません」
秘書の言葉にモザブーコ当主は灰皿を投げた。
微動だにしない秘書……──もとい、奴隷は動けず頭から血を流す。
「クソ! クソッタレが!」
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王都、城下。
「きゃっ……!」
「おっと」
その日、王宮に勤めているとある魔法士が、運命の出会いをした。
お供を付けていないが、明らかにいい所の令嬢と分かる金髪の美しい髪に妖精のような姿。
警戒心をどこかに落っことしているのか、キョロキョロと辺りを見回してキラキラ目を輝かせている姿は目に入っていた。
何を見ても新鮮なのだろう、仕草は綺麗なのに表情が無垢で純粋で目に入った。
少女と女性の間にある儚い瞬間を切り取った様な……。
クルクルと変わる表情に目を奪われていれば、自分の近くまで通りかかった。
その妖精が横を通り過ぎるとき、足を躓かせ自分の方向に倒れてくるとは思ってもみなかった。
抱きとめた瞬間のシトラスの香りに脳がバカになった。
「大丈夫かい?」
「あ、ありがとうございます……」
まつ毛の隙間から零れおちそうな黒曜石の瞳は、何故か熱っぽくこちらを見ているように感じた。
「あの……」
「どうしました?」
「お礼、えっと、お、お茶、でも……?」
ワタワタと真っ赤な顔でちらりと見上げられれば、もう堪らない。
おそらく、自分に好意を持ってくれているのだろう。運命だ。運命でしかない。めっちゃ可愛い。
「もちろん」
「ふふっ!」
心から喜んでいると分かる無邪気な笑顔に、モカラ・エンガスは恋に落ちたのだった。
「(あぁ、本当に嬉しいよ。ターゲットさん)」
その恋、割と破滅の道に繋がっているのだけど。