第244話 ダイレクト誘拐
シュテーグリッツ伯爵がなんてことない顔をしてトリアングロに絡みついた。
アダラは嫌悪感を顔に滲ませている。
彼の性格が読めないので、単に面白がってからかっているのか、何かを探りに来たのかは読めない。
「ところで、奴隷になったって情報はガチ?」
うーん、からかっているだけかもしれない。
「おっ」
ジロジロと伯爵がライアーと私を見ると、リックさんが私にまとわりついた。
「ねー、リィン。この人誰ー?」
「名前は覚えぬでしょう?まぁ、アダラさん達の元同僚と言うですか……」
私のその大雑把な説明を聞いてもなおへばりついているということは、幹部だと聞いて警戒しているという事だ。
私の後ろではグレンさんがいつでも魔法を打てるようにしている所から、2人の連携が見て取れる。
「あんたが噂のライアーか」
「噂?そんな噂が立つほど、名前は売ってねぇんだがな。Fランク冒険者の、俺に」
確かに潜入先は無名の冒険者ということもあって噂が立つ程の活動はしていない。
幹部としての噂も、共に潜入中だった2人には接点がないから初対面だ。
「いーや。噂あるぜ?曰く、クアドラードアドベンチャートーナメントの準優勝」
「……確かに」
「曰く、女装癖もちでコンビ相手の女の子を蹴り倒して逃走した変態」
「リィン!!!!!」
「ぶはっ!」
確かにそんな感じの説明はした覚えはあるけれど、広めたのはどちらかと言うとダクアの冒険者達。要するに月組だ。
「誤解だ」
「Cランク冒険者が証言する。リィンの肋骨は三本折れていた」
「ラウト!」
「同じCランク冒険者の証言。加えてロリコン」
「ペイン!」
「事実じゃねーかよ。俺様そういう尖った変態だーきすき」
「誤解!」
ライアーには本気で殺されるかと思っていたので、何も誤解は解かないでおいてあげよう。
「ライアーライアー」
私は耳を貸せ、という仕草をして屈ませる。ライアーの耳元で嫌な真実を口に出した。
「……この人、ここの伯爵。今後社交界で交流あり」
どしゃり。
ライアーが膝から崩れ落ちる音。
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「ほんと、まじで俺こんなんばっか」
本日は伯爵と動物パーティーと別れて(と言うよりは伯爵が面白がってついて行った)月組と一緒に行動している。
いつの間にか合流したペインとペインパーティーの面々は旅の準備をするため彼らとも別行動だ。
「リィンちゃん今日は何すんの?」
「未定ですぞ!」
月組の1人、幼なじみのヒラファお兄ちゃんにお手手を繋がれた。まだ立派な幼女だと思われている節は大いにあるな。
もしくはライアーへのマウント。
「あー、でも防具は見たきかも?服の下に、蹴られても骨が折れぬようなやつ」
「……リィン俺のこと嫌いか?」
「ニコッ!」
「口で言うな」
己の不運を嘆いているようだけど、そもそもお前が招いたことだし。それに私の公私共の相棒という立場を手に入れたんだからいいじゃん。
「あれあれあれ?弟子じゃないか!」
「ほんとねダーリン。弟子だわ!」
「ぅわ、出た」
「出たとはなんだ出たとは」
シュテーグリッツのアホ夫婦だ。
今日はオフの様で、防具とかは一切つけておらず、アジオさんは紙袋を、ホープさんは布袋を抱えている。
「今日は冒険者せぬです?」
「週に一回の休養日だ!冒険者たるもの、毎日働いては体にガタがくる。生活が厳しくとも、休息を挟むことでより良い効率になるのだよ弟子!」
「そうよ弟子!」
やんやと文句を言われる。
ぐぅ、わざととは言えどランクだと負けているからあくまでも先輩なんだよな。実力はどうであれ。
あと知識も、なんちゃって冒険者の私よりは間違いなく常識的なところもあると思っている。
「おふたりは、それ何ぞ所有すてるです?」
「母ちゃんに頼まれた買い出し」
「私たちの可愛いベイビーちゃん」
ベイビーちゃん!?
「子供ぉ!?」
「見せて見せて」
「赤ちゃんってことか?」
ワラワラとリックさんとグレンさん以外がホープさんに近寄る。
「──バウ!」
突然威嚇するような鳴き声が聞こえて全員が硬直すると、その隙を狙って灰色の狼が目にも止まらぬスピードで咥えた。
何をって、そのベイビーちゃんをである。
「「ああー!! 待てーー!!」」
アホ夫婦は荷物を放り出して、走り去って行った狼を追いかけ出した。
「………………えっと、本当に何?」
ダイレクトで堂々とした誘拐を目撃して、しかもそれがふたりとの出会いにそっくりな状況だったため思わず呆然としてしまった。
本当に何。