第238話 貴族としての義務
シュテーグリッツに滞在して2日目が終わった。
Aランク冒険者にしこたましごかれ、ヘトヘトでベットに倒れ伏した。
「リアスティーン様……」
「ヴィー……? 悪きとは思って無きですが、今日も交流会は無しで。なんか軽食だけ運ばせてくれぬです?」
「申し訳ありませんが、今夜は非常に難しい状態となってしまいました」
従者のヴィシニスが淡々と私に向かって頭を下げる。えっ、どうして。こんな筋肉痛確定の私が夕食の交流会に出なければいけないと?
「昨日、エレオノーラ・シュテーグリッツ様がご挨拶されましたか、その旦那様であり領主様であるシュテーグリッツ伯爵が今夜挨拶されるとの事なので、本日は出席した方が良いかと」
「えぇ……。深窓の令嬢に無茶ぞ言うしないで。呼吸困難により起き上がれぬです〜」
「それから夫人から伝言が」
え、嫌な予感。
「『あることないこと吹き込んで英雄譚を作ってもいいのよ?』と」
「1番嫌なとこぞ突いてくる。行くです。はい」
サボれない。
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「ごきげんようリアスティーン様」
「ごきげんよう」
本当は身分の下の者から話しかけてはならないのだけど、学園生活内では一応校訓として『身分平等』は掲げられているため普通に挨拶をされる。
筋肉痛でフラフラする体に鞭打って交流会に参加した。
「お疲れですね」
「えぇ」
ヴィシニスに言われた言葉に苦笑いをして頷く。
疲労で食事も喉を通らないよ。
給仕の人に飲み物を欲しい旨を視線で伝える。
高貴な身分なもので、下手に話す訳にはいかないのです。そう、決して語彙力が無いわけじゃないよ。ウンウン。
届けられた飲み物、もちろんノンアルコールだけど、高そうなグラスに入った飲み物に、ウォーターボールで低温……要するに氷を作って入れた。
前世的な感覚で、暑い時には『氷入りドリンク』を飲みたい。
氷入り、だなんてこの世界の人は思い浮かばないのだ。
実家にも奇っ怪な目で見られたけれど、冷えた飲み物の魅力に取り憑かれた人間の行動力を舐めるなよ。
水魔法では初級であるウォーターボールしか使えないと言うか、使う必要無いと判断した私が、この世界では珍しい『魔法のアレンジ』が出来るようになったのはこの氷入りの飲み物を作りたいがためと言っても過言では無い……!
基本的に魔法は詠唱も魔法名も含めて完成されているからね。
オリジナル魔法とも言われるペインの嘘を見抜ける魔法だったり、ヴィシニスの心を読む魔法だったり。そういった希少な魔法も過去の文献を遡れば、偉大な賢者様の魔法の一覧に載っていたりする。
「リー、面白いことをしてますね」
「ご機嫌よう」
ペインも面白がってやってきた。
「……キツイな」
「……うん」
ウォーターボールで氷を生み出してペインのグラスに氷を入れる最中、小さくペインが呟いた。
戦争の重要人物達を相手にしてケロッとしてるAランク冒険者のウヴァンさんがおかしいんだよ。
魔法の有利性で勝ったとは言え多数の幹部を相手にした私。
戦争の最前線で大きな怪我なく騎士を指揮し自ら幹部と戦ったヴォルペールことペイン。
敵陣に単身で乗り込み大人数の一般兵士相手に大立ち回りをした元幹部のクライシス。
敵国の幹部、ルナールことライアー。
一人いても英雄と言われておかしくないでしょうに。
「あ、うま。ゴホン、美味しいですね」
第四王子のこの反応のせいで、後に学園で『氷入りドリンク』が流行ったり魔法の技術の一定目標になるのだけど、それはさておき。
「リアスティーン様、日中はどうでした?」
ヴォルペールの後ろからぴょこっとクロロスが顔を出した。
「ふふっ」
私は思い出すように幸せそうに笑った。
……地獄だったよ。
幹部も怖いし国内の有力者も怖いし。
それにクライシスの相手も疲れるし。
「クロロス、リアスティーン様はお疲れ様です。お前の顔を見せるな、くどい」
「ヴィシニス、兄に対して酷いと思わないか?」
「いえ別に。僕に兄はいませんので」
「いるぞ!? ここに! 目の前に!」
私を言い訳にクロロスを軽くあしらおうとするヴィシニス。
兄妹仲がいいんだか悪いんだが。
そういえばこの二人は直接的な兄妹ではなく、本家と分家みたいな感じだったっけ? なんだか腹違いという話も聞いたことがあるような。
エルドラード、謎だわぁ。
金の血(王家の血)狂いなのもちょっと分からないけれど。
「あら、こんな隅に居たの」
エレオノーラ・シュテーグリッツ伯爵夫人がやってきた。
「ご機嫌よう。簡略的な挨拶でごめんなさいね」
「夫人、今日もお美しいですね」
「あらありがとうございますわ。殿下に褒められるだなんて」
エレオノーラさんは麗しい表情でニコリと微笑んだ。
「お二人には夫を紹介したいと思っていますの」
エレオノーラさんは第四大臣補佐と言って大臣と共に国の中枢で政治を行っている人物だ。
当主である伯爵を差し置いて大臣補佐に抜擢された実力者。少し油断しただけでバクリと食べられてしまいそうな恐ろしさがある。
ただまぁ、リアスティーン的には無言になって微笑んでいるだけなのでやり取りをしなくて済むのだが。
「ぜひ、ご挨拶させてください」
「私もですわ」
ペインと並んで同意するとエレオノーラさんは執事に合図を送る。
そしてやってきたのは…──長い赤髪の軟派な男だった。
脳裏にアダラの言葉が思い浮かんでくる。
『亀は赤毛のロングで外ハネの美男子やったで』
『あの亀はな……Sっ気のあるべっぴんさんがおったらそらもう、たいっっっ(溜め)っっっそう喜んで甲羅を──』
いやいや流石に。
流石にちゃいますよね。
「初めまして、ヴォルペール殿下、リアスティーン嬢。俺はここの領主でエレオノーラの夫のアレックス・シュテーグリッツというんだ」
伯爵はそう言ってウインクをした。
「──リアスティーン嬢、割とドSっぽい気配するね!」
「ゴホン!!!」
あっ、こいつだ。