第225話 ハッピーラッキークライシス
野営地にて。
「リー、貴女は休んでてもいいですよ」
「えぇ、ありがとう」
「その代わり周囲の警戒をお願いしますね。魔力は貴女が最も優れていますから」
「えぇ」
ペインが深窓の令嬢設定の私を気遣ってくれる。お供します、とヴィシニスもついてきた。
あいつ気遣う優しい王子様の印象を保ちながら一番面倒な作業押し付けやがったよ?
冒険者活動してて学んでるんだ。野営設置より周囲警戒の方が気を使うって。私もペインも冒険者だもんね……。
「リアスティーン様?」
「ヴィー」
ヴィシニスを呼んで耳を近づける。あ、ヴィシニスは発言できないしエルドラードっていうのも微妙だから頑張って愛称で呼ぶことにしました。
念を入れて口元を隠し、サイレントを発動して話しかける。
「私、途中で倒れるぞ」
「へ? お身体でも……?」
不思議語だからでーす。直ってませーん。くすん。泣いてない。
ヴィシニスは混乱しながらも病弱設定で実際はそんなことないんでしょ? みたいな視線をおくってきた。えぇ、設定ですけど何か?
「故に、誰も寄せ付けぬ様に馬車に張り付くすて」
「分かりました」
私の意図が理解した様でコクリと頷く。
そうしてしばらく警戒しているフリをしているとその時が来た。
──ドカァン!
「襲撃だ!総員陣形を組め!」
見渡しのいい所だったが、空から襲撃が起こった。
土埃が激しく立ち込める。
騎士たちが、そして生徒達が全員漏れなく注視したその時、煙の中から最悪が現れたのだった。
「ん〜〜〜♡ 本日は大変お日柄も良く『畔のマリーゴールド』ことオイラの登場ですっ!期待してたんだろベイベー。あ、腕に携えてあるやつ?可哀想な可哀想な、僕ちんのオモチャ☆」
「きゅう……」
そう、我らがクライシス〜小脇にグルージャを添えて〜である。
「「ぎゃあああああああああああぁぁぁ!!」」
その姿を見て悲鳴が二つ上がった。
おやおやおやー?おかしいなー?襲撃者のおかしな姿を悲鳴を上げるだなんて。
警戒するならまだしも、中身を知らなければ恐れるほど驚異的に見えないのに。
悲鳴を上げた二人は、一体どうしてぇ〜?
「なんだなんだと聞かれたら、答えちゃうのが世の情け。でもオイラちゃんはこの世にそんな情けを振りかけるくらいならふりかけでも振り撒いて新しいふりかけを芽吹かせるんだっちゃ!おんおん?おーーーらら?そこにおわすは我らのごしゅじんさーま、Heyボーイ。殺しちゃってもイイカナ?イイヨ!あらまありがと!」
「何、これ、え、なんですの!?」
「理解が追いつかねぇなんだこれ」
クライシスは周りに混乱をもたらしながら、一目散にペインの元へと飛び込んで行った。
私は近くに居た人間の後ろに隠れ、服を掴む。あぁ恐ろしいわ。か弱いリアスティーンは脅えちゃう。
「ふじこちゃーん!」
「誰がふじこですか」
「えぇ? 不思議な痔を持ってるコアラちゃんでふじこちゃんじゃなかったんですか? あらー? 記憶間違い? それでは三択問題です、今のオイラの気持ちはなんでっしゃろ。1.最高 2.最悪 3.最低 4.なんかオイラどこぞの小娘に良いように使われてね? さ〜〜〜てどれでしょう!」
「知るか……っ!」
ペインは襲い来るリボンを切り捨てた。一歩遅れて騎士がペインの前に立ち、クロロスがペインを下がらせようとする。
「殿下、お知り合いですか!?」
「(認めたくないって顔)」
暗殺者とも説明し難いし知り合いだとも言いたくないよね。分かるよその感情。
「は! あまりの衝撃に正気を失ってた…! これが嫌な予感の正体…っ、ちょ、あぁもうやめてください兄さ…………………」
「はぁん? オイラったらいつの間に兄になっちまいやがったの? こんなにも、あー、つまんねぇ黒髪」
クライシスに放り投げだされたグルージャがようやく正気を取り戻した。
「はぁ、はぁ、やっと追いついた……。イカレポンチてめぇいきなり走り出すんじゃ……」
「けったいやわ、ほんまになんやあの……」
「いやあれは走り出すというより飛び上がると言った方が正しい様……な……」
クライシスを追っていたであろう合同パーティーの元幹部連中が追い付いた。
そして同時に言葉を失っていった。
「「「「…………。」」」」
思わず向けられた私への視線。
現在の私? えぇ、とある人間の後ろにいますよ。
先程悲鳴をあげた、
レイジ・コシュマール先生とミセリア・パスト嬢のね。
「「「「……あぁ」」」」
幹部連中は空を仰いだ。
「──クライシス、そろそろ大人しく戻れ」
のんびりと追いかけていたであろう、ライアーとペインパーティが現れた。
生徒たちは見知ったトラウマに顔を青くするが、実力を知っているためホッとした顔を見せることもしばしば。
「Fランク先生……」
「すまないな。その男は強いヤツと戦いたがるんだ──」
「は、侵害。僕ちゃんはご主人様ともごっ」
「黙っとりあんたの仕事はもう終いやで」
「もがもがもがもが、ふごっ」
「誰がまな板や」
「──ゴホン。その嗅覚故に殿下を見つけ出したんだろう。迷惑をかけたな。……クライシス、今我慢したらウチとソッチの最年少同時に相手できる機会を作ってやる」
「!?」
「!?」
聞いてないが、って顔したペインと私です。
「おいおい……これどうなってんだ??」
ライアーがトリアングロに潜っていたスパイだと思っており、恐らく前線で幹部と鉢合わせた事があるであろう青の騎士団長が激しく混乱を見せた。
分かる分かる。そうなるよね。
敵幹部と元スパイがそろい踏み。そりゃ混乱するよね。
まぁ等の幹部達はお互い顔を見合わせて諦めたように脱力しているけど。
「あの、先生、パスト嬢……」
ライアーがその場をおさめている最中、私は掴んでいた二人に声をかけた。
「倒れる、馬車……」
「リアスティーン?」
「リアスティーン様!」
がしりと掴んだまま、馬車へ連れていってもらうように倒れ込んだ。
スパイ二名様、ご案内でぇす。