第223話 命の危険はそれなりに伴います
とあるパーティー
「……なぁ、お前たち」
「あっ、おかえりラウト! 依頼報告してきたん? ペインが居らんとクライシスのお守りせなあかんから大変なや」
「あぁ、ただいま」
王都のギルドは女人禁制。別にそんなルールは無いが厄介なことになるので周知の事実である。
よって、ペインが学園に通ってる間のパーティー活動ではラウトとクライシスがギルドに通っていた。
場所は前年のクアドラードアドベンチャートーナメントで優勝したものに与えられた拠点であった。
「実は、エティフォール副ギルド長から指名依頼があってな。持ち帰って検討する、とは言ったものの、ほぼほぼ受けるしか無いと思っている」
ラウトが懐から取り出した紙を見て、訝しげな顔を浮かべていたサーチはウゲッという顔をし、眉をひそめていたリーヴルはさらに眉間の皺を濃くさせた。
「やりたくないんやけど」
「嫌な予感しかしないわね」
頷くラウトの傍らで、面白そうな未来を想像して狂人はフードの影でにんまりと笑みを浮かべた。
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とあるパーティー
「え、指名依頼? Fランク冒険者が大多数いる雑務クランに?」
「そういうこと!」
Fランク冒険者が最大人数、Cランク冒険者が最小人数いるクランの事をFCクランと呼ぶ。
戦闘能力はほぼ無く、街中の雑用などしかこなせないようなFランク。そんなクランに指名依頼が来ること自体奇跡、いやもしくは厄介事だ。
「運搬系の依頼で、一応他のパーティーとの合同らしい」
「他のパーティーな……片方はまぁよく知らないけど、あの、もう片方が……」
「リックがここまで遠い目をしてるの初めて見た!」
「なんだなんだ災害か!?」
「人災。」
「…………否定はしない」
思わず天井を眺めたリック。涙が零れそうだ。
グレンは頭痛いと言わんばかりに顔を顰めている。
珍しいリーダーと副リーダーのその姿にFCクラン〝ザ・ムーン〟……──通称月組はお互いに顔を見合せた。
「金額もショッッボイから、人数は絞るぞ。まず、厄介事に巻き込まれる前提でメンバー発表する」
「いやああ待って待って待ってグレン! 何その最悪条件!」
「金額ショッッボイって言ったよな!?」
「厄介事!?聞き捨てならない言葉だけど!?」
「グレン正気を取り戻せお前はリックみたいになってもらっちゃ困──」
「──依頼主の名前リィンって言うんだけど」
「奇遇だな、今ちょうど俺運搬系の依頼受けたいなって思ってたんだ」
「グレンってほんとにイケてるよな。尊敬」
「俺っちの筋肉見てくれよ、キャラ立ってるだろ?」
「そんなりんごの種みたいなサイズで何言ってんだよ、フフフ、ほら、俺の方がこの場の誰より運搬って顔してるよな?」
厚い手のひら返し。
グレンは死んだ目である。想像してた、この惨状。だからこそこっちがメンバーの選出するんだよ。
「まずはCランクからリックと俺。悪いがリアンとニコラスここを守る形でよろしくたのむ」
「はいはぁい」
ニコラスが軽く返事をして、リアンは無言で頷いた。内心ガッカリしてるが。
「それからDランクでヒラファ、オーウェン、Eランクにラークス。以上の5名だ」
リィンの同郷のヒラファはこっそりガッツポーズをし、月組の中で喧嘩が得意なオーウェンは雄叫びを上げ、怖いもの知らずのラークスは嬉しそうに飛び跳ねた。
「グレンにしてはストッパーの無い選択だな?」
ふとヒラファが不思議そうな顔して首を傾げた。運搬依頼なのに、どっちかと言うと戦闘能力で集められたような印象。
「……肉壁」
「言うなリック」
合同パーティーのペインパーティーではない方に、グレンとリックはあの旅を思い出してしまう。
そういえば普段よく来る準レギュのクラップさんが来てないな、だなんて思いながら他の月組は首を傾げていた。
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とあるパーティー
「合同依頼ぃ?」
「そうなんです」
名前は伏せるが、貴族の家の屋敷の一室で報告会が行われていた。
ギルド長から受け取った依頼書を片手に、若手の男が告げる。
「冒険者資格を持っている者は強制的に参加、らしいですね」
この空間には彼らだけではなく、監視役もいる。
しかしながら禁止事項や行動規制等が設けられて居ないため、監視役は口も出せない。なぜなら監視役の主人のものでは無いから。ただ怪しい動きをしていないか見張るのみである。
それはそれでガバすぎて問題なんだけどなぁ。
一番上座にて監視役をちらりと一瞥した男はその不警戒さにため息を吐いた。
「って事はうちから冒険者登録してんのが」
「自分と、アダラさんとべナードさんと一応クラップさんですね」
「一応、ってのは?」
「クラップは普段冒険者のクランに居るけど活動自体はしてへんみたいやしなぁ。ランクが上がってるのはうちら3人だけやで?」
下克上の国、トリアングロ王国。
彼らにとって上に登り詰めるという行為は息をするに等しい。
僅か1、2ヶ月でグルージャ、アダラ、べナードの3名はBランクにまでランクをあげていた。対人戦に特化し魔物に詳しくないも含め、脅威的なスピードである。
「シアンはクアドラード出身だったな? お前は冒険者登録してるのか?」
「いえ。私は所謂エリートだったので冒険者なんて底辺職には付きませんでしたね」
「ナチュラルに見下すじゃねぇか」
「まぁまぁ、そこまでにおし。軍人のうちらやで? 仕方ありまへんって」
シアンはクアドラードの貴族出身でそのまま騎士になった人間だ。冒険者登録せずとも身分証明など元々容易である。
もっとも、現在は亡命済みということでもはや家系図に名前がのこっているかすら分からないが。
「合同先はどこなんだ?」
「Cランクパーティー、リーダーペインって人と」
「……聞いた事あるな」
「ほらあれやで、青い目ぇしたませた子や。冒険者登録した時に会うたって話したと思うたけど」
「あー、分かりました分かりました。去年の冒険者大会の優勝者ですね」
「優勝者? あの子供が?」
「ちなみにリィンさんは準優勝ですよ。まぁぶっちゃけ去年はAランクパーティーとかいませんでしたし悪運も優れてたんで…………いや、リィンさんも普通に実力優れてましたね。うん。でなきゃ我々はここに居ないな」
べナードが去年を思い出して頷く。もちろん開戦準備をしていたのでそれどころでは無かったのだが、国内の有力冒険者は依頼を出して遠くに追いやっていた。我ながら仕事が出来る。負けたけど。
「もうひとつはクランですね。クランの中からパーティーが選ばれるとか」
「ほ〜? クアドラードの王都のクランか」
「クランだから個人情報が書かれてないんですけど、まぁ直接会ったら実力は分かりますね……」
何か大事なことを忘れている気がして、幹部〝鶴〟グルージャは依頼を見ながら首を傾げていた。
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学年交流会。
学園生活で一番最初に行われる花形行事と言っても過言ではない。
前世的な言葉で言うと修学旅行。
騎士に守られながらシュテーグリッツ領の首都に2日かけて向かい、3日ほど滞在し、2日かけて王都に戻るという、距離感が故にキャンプも含めた同学年の貴族的な修学旅行ってわけ。
お金無いと出来ないって、一年目に修学旅行とか。
「というわけで男女混合、前後衛混合で最低4人、最高6人のグループを作りAクラスかBクラスどちらかの担任に提出すること。分かったな?」
担任のコシュマール先生が優しげな顔でそう告げた。
男女混合。そして前衛後衛混合。これはただの修学旅行ではなく、テントなどの野営を行う事と野外での戦闘発生を加味しているのだろう。
「ま、俺らには関係ないですけどね!」
ニッコニコの笑顔でクロロスが私とペインを見た。はいそうです。魔法職のリアスティーンちゃんとヴォルペールくん、前衛職のクロロスくんとヴィシニスちゃんが居ますからね。
まぁ、我らが第4王子様は前衛もこなせますが。
「そうですね。我々は昔からの付き合いもありますし、やはり連携が必要な時点で相互把握してる者でパーティーを組むのが好ましいですね」
特別意訳『知らん人間はすっこんでろ』
我らが第4王子は爽やかな笑顔を浮かべながらもさりげなーく周りを牽制する。強調トーンの圧が強すぎるよ。
私は一代限りの貴族だし元スパイの監視役だから周囲との繋がりは必要無いしお飾り王族のヴォルペールも同じ理由で社交界で根を張る必要なし。そしてエルドラードの従者2人はそもそもオタクなので金の血の監視だけやってりゃそれでOKだもんね。
「な、ヴィシーもそう思うだろ」
「うるさい」
「ヴィシーもそうですねって言ってまいててててて待って待って耳は痛い耳は痛い」
兄妹の戯れは放置。
貴族の私は無言で笑顔。
まぁこの4人なら私は暇することは無いでしょう。そんな事を思いながら口調のボロが出ないように妖精みたいな笑顔を振り撒いていると、私の予想を覆す一言がかけられた。
「ご歓談中失礼致します」
烏のように艶やかな黒いストレートの髪をした女子生徒が話しかけてきた。
なんかこう、私みたいな派手さは無いんだけど地味めな上品さというか。前世美人というか。こっちの世界じゃ地味でモブに入るけど前世の世界じゃ一躍有名人になるマドンナタイプだなぁ。
まぁ他人を評価するなんて何様だよ、って思うかもしれないけど今の私基本的に定型文しか喋れないし心の声しか吐き出しどころが無いし、何より私貴族様であり美少女だから色々言っても無罪なんだよ。身分社会強者バンザイ!
「クアドラードの四つ目の太陽にご挨拶申し上げます。私はBクラスに在籍しております、ミセリア・パストと申します」
「……パスト嬢、お会いできて光栄です」
パスト?
その言葉を聞いたことがあって凝視しない様に顔を見る。
「こちらは同じくBクラスのツンディ・デレッタです」
「初めまして、クアドラード王国の輝かしい未来があらんことを」
ツンディ!ツンディ・デレッタじゃないか!あのライアー相手に相当してたギルドで会ったあの!
私をチラチラと見やりながらしおらしく乙女チックに挨拶をした。
改めてツンディ・デレッタを見ると茶髪で前髪を三つ編みに編んで、花飾りをつけている。堅物そうなイメージで庶民を見下してる姿を見ている以上、まぁある程度は把握出来るよね。
あぁ王族にはやっぱり媚び売るよねって。
ヴォルペールもそれをわかっているのか王子スマイルを外さない。
「初対面で不躾なお願いではあるのですけれど、よろしければ此度の学年交流会。私達と共に組んで頂けませんでしょうか」
「……ほう」
「もちろんお断りしていただいて構わないのですけれど、私たちは現段階ではBクラスの首席と次席。ぜひAクラスで実力派と名高い方々と共に研鑽を詰みたいと思っておりますの」
「そうですね。共に実力を高めるのもこういった学園活動での醍醐味。お二人は入学したての特別授業でペアを組んでいらっしゃいましたよね?」
「えぇ! まさかクアドラードの太陽の目に止まっていたとは……。精進してきたかいがありましたわ」
うふふ、とお上品に笑うミセリア・パスト。
病欠していた私と違ってヴォルペールは授業の様子をちゃんと見ていたらしい。
「お互い、手を貸し合うのではなく肩を並べ合い独立したパーティーとして活動出来そうですね。私は彼女達が加わるのに賛成です。三人はどうしますか?」
「大丈夫ですわ」
私は優しくほほえんだ。
ペインさっすがー、私がほぼほぼイエスノーでしか答えられないのわかってて簡潔な質問を出してくれる。そこに痺れる憧れる!
「俺もいいですよ、主君が賛成している事に反対できるほど度胸は無いものでして!」
「僕も大丈夫です」
ほっ、と胸を撫で下ろすツンディ・デレッタ。
「良い七日間にしましょうパスト嬢、デレッタ嬢」
宜しく、とヴォルペールが握手を交わそうと手を差し伸べる。
お淑やかに微笑んだミセリア・パストはその手を素直に握る。そしてツンディ・デレッタは握手したかと思えば、パッと払う様にすぐに手を離した。
「(お?)」
「(あれ?)」
今心の中で私とペインの声被った気がする〜。
王子に媚び売る感じだと思ってたのに、なんでだ?
「パスト嬢、デレッタ嬢。よろしくお願いしますわ」
今日も今日とて『リアスティーン式9つの会話テンプレート術』を使って挨拶をし、ヴォルペールと同じように手を差し出した。
「ミセリアで構いませんわ、ファルシュ様」
「そう」
私もリアスティーンでいいよ、って言いたいところなんだけど言えないので冷たくならないように人好きそうな笑顔を浮かべてミセリアと手を握った。
「わっ」
次はツンディ・デレッタ。
そう思って手を差し伸べると、彼女は予想外の反応に出た。
「わわわわ、わた、わたく、っしも、あの、えっとツンディで構いませんわ……っ!」
チョン、と手が触れ合えば顔を真っ赤にして毛を逆立てた猫の様に大慌てでミセリアの後ろに隠れた。
「パスト!や、やりましたわ!つつつつつついに私リアスティーン様に……!」
「はいはいよく頑張りましたデレッタ。あ、失礼。この子こっちです」
特別意訳『媚び売るのはリアスティーンの方です』
「……おもしれーな」
ボソリと口元を隠してヴォルペールが呟いた。
Fランク冒険者リィンに向かって庶民庶民言ってツンツンしてた姿と同一人物とは思えないだな……。こんなの面白すぎる。
「えぇ」
真顔で頷いた。
こうして、私達四人にミセリアとツンデレ子が加わった。




