第222話 猫の首に鈴は付けられない
ライアーとガチンコ勝負してると予想外の物が釣れました。
トリアングロ王国陸軍幹部、〝猫〟トール・コーシカ。唯一の獣人である幹部です。
「依頼人! ごめんです報酬はギルドのサブマスターに預けるすてください!」
「は? え?」
対戦が見たいとか言っていた同じ学園の生徒のポカンとしている顔を尻目に、私は猫の尻尾を、ライアーは服の襟首を掴んで闘技場を後にした。
「……なーんでこんな事になってっかな」
そう呟くのは張本人のコーシカ。
こいつが今までどこで何をしていたのか全く掴めないが、私とライアーに課せられた『トリアングロ王国残党幹部の調査』の一人……一匹? であるコーシカを捕らえられたのはでかい。
「ライアーどこ行くべきと思う!?」
「宿……いやクラン……とりあえずペインだろ」
「ペインの現在地……! だめぞ私よく知らぬ!」
こんなキチガイな依頼主のペインはああ見えて王子様。
多分王城だと思うけど……。
「わかるすた! 突撃するぞり!」
「…………待て。嫌な予感がする。どこに?」
ところで私は闘技場で釣り針を仕掛けた。釣れたのは猫だけど、本来の目標はふたつ。
ひとつ、麻薬のバイヤー。
ヴォルペール王子に課せられた依頼に麻薬調査がある。……依頼課せられすぎじゃない?
まぁ、こういった場で大々的に注目を集め、存在を知らしめる事。
そしてもうひとつ。
「──そこの冒険者」
女の人の声掛けで私は止まった。
「こんにちは、そして初めまして。先程の戦いぶりを観させて貰いましたわ。不思議な戦い方をする様だけど、感嘆しましたわ」
濃い紫の髪を綺麗に結い上げ、暗い赤で塗った口元をにこりとあげる。
その女性は高価なドレスを身にまとい、日傘の下で私を見ていた。
エレオノーラ・シュテーグリッツ夫人。
クアドラード王国の第四大臣補佐である。
さも未来ある冒険者に声をかけましたみたいな顔しておきながらお互い『偶然』鉢合わせるタイミングを伺っていたのだ。
そう、これが釣り針に引っ掛けた魚である。
「貴女……よろしければ私の飼い猫にならないかしら」
あ、私誰かの下に着くの基本的に地雷です。
「えっと、おばさん誰です?」
その瞬間周囲は凍りついた。
「「「(明らか貴族に無礼働いた!!)」」」
声に出さなくても聞こえます。周囲の心の声ってやつがさ!
こちとらクアドラード王家には苦しめられたんでね。主にルナール冤罪事件で。そして現在進行形で迷惑こうむってるので多少いじわるさせてよ!
ふっふっふっ、さぁ、どう出るエレオノーラ・シュテーグリッツ伯爵夫人。
貴女の目的は『リィンを宮廷相談役にする』というもの。つまり私に気に入られなければならないし、私を気に入らなければならない。
その目的が果たせなかったら、『リアスティーンを監視する』っていう王命に従えないって結果になってしまうから。
あぁ、聞こえる。
なんかこう、その口閉じやがれボケみたいな無言の重圧が。
背後にゴゴゴゴゴって感じのオノマトペ浮かんでますよ?
「そう……」
パチン、と彼女は口元近くで開いていた扇子を閉じた。
「貴女、思ってた以上に頭が回るようね」
「…………はへ?」
予想もしてなかった言葉に思わず漏れ出たのは間抜けた言葉にもならない音だった。
「その獣人、貴女の子飼いか何かでしょう?」
いいえ違います。
「昔と比べて柔軟になったとは言え、多種排他主義が根付くのは庶民から見た貴族の印象。かつては貴族の前を横切るだけでも罪と言われたものよ」
そうなんですか?
視線で訴えた。
「(嘘よ)」
「(あっ嘘なんだ)」
キリリとした目で返された。スン、と真顔になってしまう。ポーカーフェイスポーカーフェイス。
「そこであなたは庶民ながら貴族の知識を必死に考えたのでしょう。獣人よりも裁かれるべき存在になれば、獣人は見逃して貰えるかも。……と」
エレオノーラ・シュテーグリッツ夫人は慈愛に満ちた様な笑顔を私に向けた。
「自分のテリトリー内の、簡潔に言うと身内に害を加えさせないようにするその自己犠牲的な慈悲深さと慈愛。最適解とは言わずとも、咄嗟に解決策を考えつき行動することが出来る回転の良さと行動力。賞賛に値するわ」
その笑み、謎の圧力あるけど。
「名前は?」
「ひっ、リィンです」
あっぶね。悲鳴あげかけた。
「そう、覚えたわ。……また今度会いましょう」
ああ〜! ちょっと待って去らないで去らないで!
ガシッと服を掴んで慌てて引き止めた。びっくりする顔を見せた後、私は無礼を承知で耳元に口を寄せて聞かれないように告げた。
「猫ちゃん見つけるしますた。その獣人がそうですぞ。王子様に伝……」
「それを早く言いなさい!」
==========
「あー、つまりなんだ? お前たちはコンビを組んでて、ガキンチョの下に幹部の若造共がついてる、つー事か」
「そうぞり!」
「そういう事だ!」
「……狐野郎はガキンチョを裏切った、つってなかったか?」
「…………なんの事だか分からんな」
王宮に急いでシュテーグリッツ夫人に王宮まで連れてきてもらい、ペインを呼び出している間にコーシカに粗方の説明をした。
ちなみに私が貴族のリアスティーンであること、ライアーが貴族として取り入れられたことも告げている。
ライアーがなんでそんな事まで言うんだ?と言いたげな目を向けていたけど、コーシカの厄介な所って鼻が利くところなんだよ。
魂を判別できる死霊使いと同じく、普通の変装だけで誤魔化し切れない能力を持っているから秘密は無しだ。
隠し事ってね、隠すから隠し事になるんだよ。隠さなければ秘密にならない。……弱点にならないという訳では無いけど。
「コホン、失礼冒険者方。入ってもよろしいですか?」
「あ、はい!どうじょ!」
慌てて立ち上がって礼儀もなく入室してくる王子様を凝視した。
「うわあ…王子様だあ」
私のその発言にその王子様は苦笑いをこぼして扉を閉めた。
──バタン
「リィン、間抜け面似合いすぎじゃね?」
「小市民のFランク冒険者が招待ぞされたですぞ? このくらいはしとかないと。メイドさん見張るすてたでしょ」
「うん」
いけしゃあしゃあと言いよる。
ヴォルペールことペインは口調こそペインのままだが、仕草は王子の様にして座った。
「さて、幹部猫の捕獲ご苦労さん。まじで見た通り獣人なんだな。説明は?」
「粗方」
「よろしい」
ペインがコーシカを眺めている最中、ライアーはちょいちょいと私の肩を触った。
「まさかとは思うが、あいつもお前の奴隷になんのか?」
「いや、流石にそれはちょっと……。おてて一杯満腹ですし、何より私コーシカ相手に勝つすてなきですから」
「おてて一杯満腹ってなんだよ」
「手一杯通り越すすた」
コツンと頭を叩かれる。
はぁ、とため息を吐いたペインが改めて私たちにむきなおった。
「と言っても、幹部のコーシカは現状捕縛する為の戦争犯罪証拠が無いんだ。クアドラードに攻めてきたとは言え、罪はトリアングロにあって、国王にあった。連帯責任にすりゃ話は早いけど、そうなるとお前だって重荷を負うぜ、おっさん」
「別に俺は」
「ちなみにライアー? それに関して頷くと、私も罪に問うぞされる故に止めて」
「……。俺はお前らの思考回路がわからん」
戦時下だからギリギリ見逃されてるだけで私も結構危ない橋渡ってたんだよね。まず開戦を止めるためとは言えクアドラードの王宮に侵入してるし。開戦阻止出来ていたら不問だろうけど、起こしちゃってるしさ。
だから戦争中で犯罪行為になることってよっぽどじゃなきゃならないって訳。
「コーシカは罪を犯してない。よって、罪人にはならない」
「へぇ、王子つってたか小僧。なら俺はどうしてここに連れて来られた?」
「簡単だ。トール・コーシカ。あんたには逃げ切っている幹部の捕獲を頼みたい」
「やなこった」
「だと思った」
私の目を通してコーシカの行動を見ていたペインは容易に想像ができていたのかやれやれとため息を吐いて肩を竦めた。
「コーシカはどうして戦争にぞ参加すたですか?」
「ん?言ってなかったか?食っていけるからだ。戦えば戦うほど金が出る。楽に金稼ぎするならアイツらについてたってだけだ」
「冒険者ぞすれば?」
「あ?」
冒険者、稼げるよ。
戦闘能力無いとそりゃ死ぬし、幹部の給料がどれくらいなのか分からないけど。
って思ってちらっとライアーを見た。
「……確かにな。ランクによるが依頼金と素材で幹部と同等レベルになる時はある」
「Aランクですと確か金貨20枚ぽいぽいになるはずですぞ」
「ちなみに大口叩いてるがこいつはFランク」
「小鳥の涙程度しかお金もらえませぬぞ。くすん」
よよ落涙。
分かった、誰も私の涙を信じてないのはわかったからそのスンとした表情と冷ややかな瞳を今すぐやめて欲しい。
「そういやリィンはスタンピードの報酬もあっただろ」
「…………? 戦争の報奨ですぞね?」
「まああれは戦争の一幕ではあったけど、クアドラードにいた魔物であることには変わりないし、それを駆除したんだ。素材もわんさか入っただろうし……報酬……が……」
そこまで言ったペインはギギギと古い扉の様な動きで私を凝視した。
「……………………………………もらってなき」
「陛下ーーーーッッッ!」
ガタリと大きな音を立ててペインは駆け出してしまった。
「……」
「……」
「……。」
よし、帰ろ。
==========
「はい、これで冒険者登録出来ましたよ」
王都の冒険者ギルドで、副ギルド長のエティフォールさんにコーシカの冒険者登録をしてもらった。
ギルド長がすけこましなせいで相変わらずギルド内に女性が居ない中、女で顔を出せる希少な私はいつも歓迎されている。
「依頼主は気絶しちゃったけど、模擬戦等の依頼の達成処理もしておきましたよ。……ところでこの獣人の方も奴隷とか言うんじゃないでしょうね」
私の紹介で連れてきた人みんなトリアングロ奴隷だったもんね。
「違うですぞ!」
トリアングロではあるけど。余計な事は言わずにエティフォールさんの胃腸を心配して笑顔を浮かべた。疑いの目があるけど、ひとまず納得してくれたらしい。なんでや。
「そうぞりえちほーるどさん」
「エティフォール」
「副ギルド長!」
「……はい、なんですか」
渋々といった様子で聞き返してきた。
「とあるパーティーと、とあるパーティーと、とあるパーティーの合同依頼ぞしたきですが」
「なぁガキンチョ、これ依頼ってこれらだよな? とりあえずFランクからやってきゃいいのか?」
「コーシカさんシャラップ!」
「コボルトってなんだ?トリアングロは魔物が居ねぇから魔物が分からんな。もっと噛みごたえがある様な依頼はねぇのかよ」
「人口最大都市王都に存在ぞすてたまるか!」
「そういやガキンチョよ。小動物共って今どうなってんだ?」
「ふむ」
私は盗み聞き防止として魔法のサイレントを発動させた。
「王様は戦争の後始末の代表として尋問拷問ばかりですぞ、まあ基本的に軟禁状態ぞり」
「まぁ妥当だな」
「グルージャとべナードとアダラは冒険者として活動中故に、もしコーシカが冒険者活動するのであれば会う可能性大ですぞ」
「ふぅん」
「シュランゲは私の寮で待機、そしてクラップはクランで待機ぞしてるです。シアンは諜報活動!」
「は?」
その説明に疑問符を上げたのはライアーだった。
「諜報活動ってお前……敵国の幹部に?」
「うん」
「ガキンチョってそんなに馬鹿だったっけか?」
「まさか」
呆れた目を向ける元トリアングロ幹部ども。
ご存知ですか皆さん、こいつら2人は私を殺そうとしたヤベー奴らなんです。
まぁコーシカは殺そうとしたってより遊んでたって感じだけども。
……え、大丈夫だよね?
殺意抱いてないよね?
「ごほん。シアンとは実は契約関係ですので、ある意味目的がはっきりすてるです。それに1人じゃなきですしね」
さすがに裏切られる可能性も考慮してますよ。お目付け役に、ネズミちゃんを付けてます。
そう、幼い頃私を探りに来て料理の刑に処し、開戦前に私を監視しようとしてモロバレして任務を盛大に失敗し続け王宮の諜報員として始末されそうだったネズミちゃんです。拾いました。ちゃんと王様に交渉しましたよー。書面だけど。
学園でペインがボソッと「それ元々捨てる予定だったみたいだしな」って呟いたの聞いて、ぶっちゃけ焦った。だってネズミちゃんの失敗って全部私絡みなんだもん………。
「ん? あぁ、悪ぃなこのトンチキ小娘が」
ふとライアーが顔を上げて謝るようなジェスチャーをした。
視線の先に目を向けるとそこにはエティフォールさんが。ごめんなさい忘れてました。
魔法を慌てて解除する。
「それでリィンさん、依頼って言うのはなんですか?」
ところでさ、私学園に通ってるじゃん。
近い内に王都外での授業というか懇親会として修学旅行があるんだよね。
隣の街にはなるんだけど、観光地まで行って帰っての1週間。騎士団が護衛に付いて、野営も行うの。
……ちょっとねぇ、炙り出しを行いたくってねぇ。
「(夢と希望と勇気の)運搬依頼です! 依頼料は金貨5枚」
「……安すぎません? 3パーティーに出す依頼料じゃないですよ」
「大丈夫大丈夫」
どうせ断れないから。
依頼の紙に指名していく名前と内容を書き出していく。
「うわ……」
ライアーが嫌そうに悲鳴をあげた。
「あ、ライアーはこっちに参加ね」
私はポンと『Cランクパーティー、リーダー:ペイン』と書かれている紙に指さした。
「なんっっっでよりにもよって!」
王子の監視役がパーティーにいるからだよ。
お久です!いよいよちゃんと学園に入れそう……
だいぶ待たせちゃったので時間空いてた人は良かったら学園編から読み直してね