第218話 嘘つき達の物語
「リィン怪我は!?」
「は、え、突然何事? 怪我してませぬけど(多少の擦り傷なら間法で治して貰えるし)」
「……ちぃっ」
「次、リアスティーン・ファルシュ」
「えぇ。よろしくお願いし……クラッ」
「……リィン、今日は宿に居たか?」
「居ますたけど。ね、大将(買収済)」
「ファルシュは」
「申し訳ございませんわ」
「………………おい小娘」
「今日はクラップ達と冒険者活動ぞおっさん!」
日に日に訝しげな表情が強くなっていくおっさんもとい相棒のライアー。
私はリアスティーンとリィンの二重生活を利用してライアーで遊んでいたが、過ぎ去る時間は体感めちゃくちゃ早く、ライアーはついに叙爵式の日になった。
叙爵式は簡単。貴族の殆どが謁見の間に集まり、国王陛下から貴族の位、それと剣を頂戴する。
剣というのは家宝になるものだ。国のための盾となり民のための剣となれ。貴族の心得の発祥。危険が現れればこの剣で戦い民を害悪から守り、そして国を裏切ることになればその剣で自殺して剣を返せってことになる。
「ん、これでいいかな」
グリーン子爵に作法をしこたま叩き込まれたライアーはまだ式が始まっても無いのに非常にぐったりしていた。
「貴族って、貴族って……!」
めんどくせぇ! と言わんばかりに項垂れている。まあまあ、その一瞬の作法なんて可愛いもんだよ。
「貴族の後見人、まぁ、身元保証人として私がシンクロ子爵に付くから。君の行動の責任は取らないけどね……。それと、こうやって色々用意するのも今回限りだ。叙爵式が終われば君も貴族だよライアー」
「……感謝する」
「何不安そうな顔をしているんだ。相談くらいには乗ってあげるよ、対価があればね。……まぁ、君にも貴族の監視……じゃないけど相談できる相手が現れるから。あと何かあればリィンに聞きなさい」
グロッキー状態のライアーが私にちらりと疑いの目を向けて、グリーン子爵を見た。
「まぁたしかに。婚約者が出来る」
「……へぇ。よりにもよって婚約か……警戒されてるねぇ」
「え゛ッ、ライアー婚約者出来るの!? よっしゃ玩具にするぞり」
「しないでよリィン」
「出来るものならな」
そういえばリィンとしては初耳だった事を思い出して驚きの表情を浮かべる。
訝しげな表情変わらず。めちゃくちゃ疑われている。
まぁ、あれだけ『お前が貴族とかふざけるな貴族に謝れ』とかなんとか、偽コンビ組んでた時期に言ってたもんね。先入観もあるんだろう。
いやーそれでも疑ってかかるのすごい野生の勘。
「ちなみに婚約者が誰か聞いても?」
「リアスティーン・ファルシュ」
「……。あぁ、ファルシュ。なるほど、警戒され、っ、されてるね」
流石グリーン子爵。ちょっと動揺したけど『リィンじゃないか』って動揺じゃなくて『あのファルシュか』みたいな動揺に見せかけた。
私に視線を向けることなく。
……いやこれ正体隠してる仲間にはなりたくないから私も騙されてましたポジションに収まるつもりだな!?
「会ってみた感じ、嘘くせぇ笑顔の貧弱で、飛び蹴りが得意なお嬢様だったぜ」
「何をやってるんだい!?」
やり返しました。
「……はぁ、まぁともかく。ライアーは馬車を用意したから先に行くといい。大臣が粗方教えてくれるだろうからね」
「あ、あぁ」
ライアーはげんなりした表情で部屋を出ていった。
「……。」
「…………。」
念を入れた〝サイレント〟
無詠唱タイプなので私は指パッチンで魔法を発動しましたよ、と合図をした。
グリーン子爵はライアーが出ていった扉を見続けたまま独り言の様に呟いた。
「……何ちょっと面白いことになっているんですか」
「公私共にコンビって中々面白きですぞね」
じゃあ私も準備が必要だし、お家帰りますね。
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長ったらしい式が始まって。
ライアーは心の中で小さなため息を吐いた。
「(四方八方、コワ〜い貴族様ばっかりだな)」
自分の一挙一動を隅から隅まで観察されている。トリアングロの殺気とはまた違った威圧感だ。
従弟を殺し、幹部になったあの瞬間。ルナールとなったあの瞬間の緊張感。殺して奪い取ってやると格下から狙われる立場になったあの瞬間。
「(──俺の努力を、奪えるものなら奪ってみろ)」
無駄な努力は嫌いだ。
世の中には努力をして失敗しても経験や思い出が残るとは言うが、結果の無い努力ほど虚しいものは無いだろう。
この貴族社会で生きる為の努力を、せざるを得ない。
この地位を、クアドラード王国の内部にくい込んだ杭を、ライアーは捨てる事にはならないだろう。
「(──リィンって、例外はいるが)」
クアドラード国王が戦争の結論を。トリアングロ王国の土地の割り振りをしてゆく。領地が広がるもの、家督を子に譲り、領地を変えるもの、新たに領地が与えられる者。
そして──呼ばれた。
「ライアルディ」
「はっ」
中央に開けられた場に足を踏み入れる。
空気が違う。
国王と、大臣、そしてそれを守るように騎士が立ち、大臣補佐と呼ばれる4人の強者がライアルディを観察している。
「この者はトリアングロでルナールと名乗り、我が国の為に長年潜入していた。此度の戦争集結の功績を讃え、今後はライアルディ・シンクロと名乗り、我が国のためにより一層励むといい。ライアルディ・シンクロを、子爵位とする!」
拍手。
喜ばしい成果、そんなお優しい拍手では……無い。虎視眈々とカモになりそうだと狙われる。
「今後は婚約者と共に支え合い、励め」
「は、ありがとうございます」
病弱な婚約者。
場はザワりと揺れた。
「(あえて、名前を言わなかったな……)」
社交界に顔出しをしていない深窓の令嬢。なるほど、何かしらに使えそうだ。
ライアルディは自分の番が終わるとさっさと列に戻った。新興貴族らしく、一番後ろに。
功績の大きさはともかく、権力としては下なのだ。
「(成り上がり上等)」
下剋上の国出身者を舐めるなよ。
退屈な叙爵式が終われば、ライアルディ・シンクロとして初めての……──婚約者との顔合わせ。
婚約だとか婚姻だとか、正直毛ほども興味はない。だけどライアーの足は自然と早足になっていた。
「……やぁ、ルナール」
金色の髪をした優男が、急ぎ足で進むライアーにわざわざ『潜入していた国の呼び名』で呼び止めた。
知られてる、ということだ。
自分が潜入などではなく、裏切り者だということに。
「私はローク・ファルシュだ」
「……! チッ」
舌打ちをひとつ。
貴族としての礼儀は無い。何故なら。
「お前が覚えてないだろうが、俺は覚えてるぜ」
ライアーは、貴族が嫌いである。
何故なら過去に、戦争中に毒を流されたから。毒で苦しめられたから。
「──俺の居た集落の川に……ストゥール川に毒を流したことを」
ライアーは全ての貴族が嫌いなわけではない。
ファルシュ家が、嫌いなのだ。
ファルシュに連なるものが、心底。
ライアーは知っていた。川に毒を流すという作戦は川上からしか実行出来ない。そしてクアドラードはトリアングロの川上で、クアドラードになんの被害もなく毒を流せるのは……国境の領地。その当時はファルシュ領が存在しなかったが、戦争中は国境でローク・ファルシュが暴れていた。
ロークはその言葉を聞いて、笑顔を浮かべた。
「そう、それで?」
脳みその血管がちぎれる音が気がした。
「お前……っ!」
「ルナール、私は本当はこの婚約に猛反対したんだ」
「っ」
義理の父ともなりかねない男の発言。
「君のことは知ったこっちゃないが、娘の関わる事だ。私の娘を、泣かせたら、今度こそ、息の根を、止める」
一歩ずつ近付くとロークはライアーの首に手を添えた。
「はっ、これだからクアドラードは」
血筋重視、血縁重視の国。
家族愛が素晴らしくて涙が出てくる。
依存体質、とも言うべきか。
「ファルシュ家は、殺してやりたいと思っている。今でも変わらねぇ。せいぜい、長生きするんだな。オトウサン?」
ライアーは、最大の憎悪を胸に、笑顔を浮かべ歩き出した。
目的の扉に至る。
そして、目の前で嘘つきの笑みを浮かべた女にこういってやるのだ。
「このっ、騙してんのはどっちだよ!」
嘘つきは笑った。