第216話 15歳の子供は大人を悩ませる
「おはようリアスティーン嬢」
「おはようございます、殿下」
クロロスとヴィシニスが同時にそう挨拶を告げる。
「おはようリー。ヴィシニス」
「ご機嫌よう、ペール、クロロス」
朝の挨拶を告げる。
我ら仲良し4人組(ただし2人は従者)は今日もひとかたまりだ。学級委員という口実も手に入ったことだし、深窓の令嬢は貴族としての交流を深める気は無いのでヴォルペールにくっつくよ。従兄だしね。
ヴォルペールも似たような考えらしく、私の世話を甲斐甲斐しく焼いてる。
「今日から通常授業、と言いますが。2人はなんの授業を選びましたか?」
「リアスティーン様は魔法科目の四元素魔法学と空間魔法学を。僕は騎士科目の前衛学と普通科目の歴史学、経営学、経済学、古代語学を選びました」
「おや、別の科目を選んだのですね」
まぁ、同じ科目を選んでも将来的なことを考えて良くないしね。そのあいだ絡まれる事があるかもしれないけど、まぁ、言語がごまかせれないその時は気絶するよ!!! 体調不良がデフォ、深窓の令嬢バンザイ!!
「ちなみに俺も騎士科目を前衛学取ったよ。それと魔法科目で回復・補助学、普通科目で心理学、考古学。あと医学を」
「私は魔法科目の四元素と空間。リーと一緒ですね。それと騎士科目の前衛と普通科目の法律、歴史」
私たちの会話を遠回しで聞いているのはクラスメイト。特にヴォルペールと同じ科目を選んだ人達はお近付きになれるチャンスだと思ったのか喜びを浮かべている。
四元素魔法と空間魔法はヴォルペールと同じ。3人は前衛学が入っていた。く、お揃いか。私も一応前衛っぽいのは出来るから選ぶんだったかな。いやでも病弱な令嬢は出来ない。
「……それより、今日。特別講師ってのが通常授業でくるんだってな」
「うん、合同授業……。運動服でって話ぞ」
小声になった瞬間、私はサイレントを発動する。口元は手で隠して、口の動きでも読み取れないように。
まぁ、(口の意味を)読み取れても(言葉の意味を)読み取れるか分からないけどね。不思議語的な意味で。
「先生が真っ青な顔してさっき廊下通ってたけど」
「先生が……? 苦労しそうな顔してるよね」
「確かに」
合同授業の特別講師、どんな人なんだろうか。
「ま、なんにせよ。俺らは離れないでおこうな」
「そうぞね」
言語のフォローは任せたわよ。そんなことを思いながら授業の場所、第一運動場まで足を進めた。
先生は、特別講師をこう紹介した。
「今日から始まった一週間の2時間、特別講師を務めてもらうのは昨年のクアドラードアドベンチャートーナメントで準優勝をした──Fランク冒険者のライアーさんだ」
「…………どうも。貴族の坊ちゃん嬢ちゃん方に庶民の生活と『生き延び方』を指導することになった。マナーがなってねぇのは勘弁してもらいてぇな」
「ゲホッ!???!? ゲホケボゲホ」
「ーーーーーー、ふぅーーー。ふぅーーー。落ち着け、リー、大丈夫ですからね」
「…………わぁ」
上から私、ヴォルペール、クロロスである。
なんで??????
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王城。
「さて、今日からFランク冒険者のライアーが特別講師か」
「強制依頼が使えないので結構無茶しましたが、ライアーには貴族叙爵式の日取りと婚約、それと講師の話を同時にした分断られる可能性は低かったので、良かったですよ」
「目的は、婚約者となるリアスティーンとの事前交流、だったな」
「えぇ。そこで相性が悪ければ急ですが監視役を変更しなければなりませんからね」
国王と大臣は、同時に顔を見合わせた。
「まぁ、それ決めたのリアスティーンがリィンだと知る前なんですけど!」
「まじでどうしようか分からんな!」
「「──わっはっはっは!」」
そして同時に頭を抱えた。
「「はぁ…………」」
胃痛と頭痛薬の善し悪しを共に話し合っている主従を見た大臣補佐は、この国大丈夫かな、なんて不敬な考えを凝らしていた。
あそこにだけは入りたくないなぁ。
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ライアーはFランク冒険者という紹介に見るからに馬鹿にした表情を浮かべた貴族の子供達をつまらなさそうに見ていた。
「(大臣直々に言われて依頼をこなしてはみるが……)」
グロリアス・エルドラード曰く『新たに貴族となるのは今の学生達。ある程度、分かりやすい貴族を学んでおくとクアドラード貴族としてやりやすいですから、見学しておきなさい』
「(恐らく建前だろうな。さて、と。この中で警戒すべきは……)」
トリアングロで磨かれた生き延びる術。
ライアーはじろりと見回した。
「(5、いや6人。……ってとこか)」
Bクラスに2人、歳の割には戦えそうな女。
Aクラスに4人、ひとかたまりになっている男女。
ただしAクラスの金髪の少女は咳き込んでいる。
「(あと、教師。こいつも絶対強いな。片腕はねぇが、まあまず間違いなく、戦える)」
トリアングロ幹部である。
注釈しておくが、トリアングロ幹部の潜入兵は基本的に互いに顔は知らない。シュランゲであれば古株な上に貴族の従者をしていたこともあり顔を知っているのだが、特にライアーなど裏方の仕事をメインでこなす幹部は、顔を知る必要が無いのだ。情報漏洩は極力少なくするに限る。
まあ最も、レイジ・コシュマールもといアーベント・グーフォは騎士団の副団長地位に居たため再戦宣言をしたルナールの顔を普通に知っているのであった。
「ライアーさん、彼らが気になりますか?」
「ん、あぁ。金髪の生徒は体調が優れないのか」
「リアスティーン・ファルシュさんですね。彼女は病気がちで、入学式の日にも倒れました。一応我々教師も目を光らせていますが、様子がおかしければすぐに教えてください」
「……! あぁ。」
金髪の少女の名前に、聞き覚えがあった。
「(あれが、俺の婚約者殿、か)」
しかもローク・ファルシュの娘と来た。トリアングロとしては最初で最大の壁とも言われるローク・ファルシュには苦い思い出しかない。
軍事的にも、個人的にも。
「(監視……だろうな。十中八九。娘が嫁ぐとあれば父親も出てきやすいわけだし)」
病弱な箱入りお嬢様に何が出来るか知らないが、今後協力していくかもしれない相手。
「俺が教えることは簡単だ。貴族は──生き延びることが重要。そうだな? 2人1組を作れ。授業は簡単、死ななければ勝ちで、殺したら勝ち」
教師2名は、審査員。
「胸を貸してやるよ。全員、かかってこい」
トリアングロ幹部として、もう実力を隠す必要は無い。
歴戦の兵士や騎士から見ればヒヨっ子同然の生徒の相手など、容易い。
「(あのお嬢様が戦えるとは思えねぇが、ま、次世代の実力確認、だな)」
ふと見上げたリアスティーンと目が合った。リアスティーンはニコリと儚いような、妖精の様な笑顔を浮かべた。
「(……。同じ金髪黒目なら、うちの相棒様の方が随分可愛げがあるな)」
随分嘘くさい笑顔だ。
「……さぁて、一番手はどのペアだ?」
無性にリィンに会いたくなるから、困る。
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「…………気付いた?」
「……いや、恐らく全く」
ヴォルペールに支えられる形で身を寄せると、小さな声で話合った。
「……後で、細かくは話し合おう。俺の王子様スマイルを見せてやる」
「私のお嬢様スマイルもお忘れなき様に」
「リーの笑顔は儚いもんな」
「ペールこそ、キラキラの光ぞかかるすてる」
「いつもは?」
「背景真っ黒」
「そういうリィンも似たようなもんだろ」
失敬な。
「それじゃあ一番手は……」
コシュマール先生が生徒達をキョロリと見回す。誰もが出方を伺ったその時、一人の男が手を上げた。
「先生、俺と妹が」
「嫌です」
「嫌がるなって、あの冒険者、お前が覚えておいて損は無いから」
「嫌がってるのはペア相手がお前ってことにです」
「ヴィシー…………」
クロロス・エルドラード君である。
めちゃくちゃ楽しそうだなクロロス。
私のエルドラードは淡々と断っている。
「リアスティーン様は……」
私の方を向いて、私の意志を確認する。私は小さくヴォルペールの服を握ると、承知したと言いたげに頷いた。
彼女、なんか忍者みたいだよね。
「よし、じゃあエルドラード」
2人がライアーの目の前まで歩いていく。
「ヴィシニス・エルドラード」
「クロロス・エルドラードです。胸をお借りします。ライアー、さん?」
「……っ! ちぃっ、そういう事かよ」
クロロスはニコニコと楽しそうに笑顔を浮かべて居た。それとは対照的にライアーは不機嫌そうだ。
いやー。愉快愉快。
「よし、クロロス・エルドラード。お前は吹き飛ばされる覚悟だけしておけ。先生、合図を」
「それでは模擬戦闘訓練、開始──!」
エルドラード達の戦い方は似ているのだけど対照的だった。
クロロスは拳で。ヴィシニスは足で。武器を使わず肉弾戦をする2人は息が合ってはいるけど、コンビネーションを取ろうとはしない。
「クロロス! てめぇはもう少し、攻撃を避けろ!」
ライアーのそんな叱咤と共に、クロロスは宣言通り吹き飛ばされた。ヴィシニスが思わずといった様子で拍手をした。兄弟仲悪いなぁ。
「降参」
「……引き際を見誤るな、お前はもう少しやれる筈だ」
ヴィシニスの降参に、ライアーがそう意見を出して2人の訓練の出番は終わった。
「……すみませんリアスティーン様、負けました」
「ごめんなさいヴォルペール殿下!」
2人は私達に頭を下げる。
「強きでしょ」
私は、ライアーに背を向けて、自慢げに笑った。
「──では次」
先生の声に、とうとう出番が回ってくる。
「リアスティーン・ファルシュ。よろしくお願いしますわ」
「ヴォルペール・クアドラードです。よろしくお願いいたします」
2人で挨拶をする。流石に庶民に頭を下げるのは位が許されないので、笑顔を代わりに浮かべた。
ヴォルペールの王子様スマイル、めちゃくちゃ別人だなぁ。
「(リアスティーンのお嬢様スマイル、猫かぶりまくってるな)」
武器は歯の潰れた剣や槍がいくつか置いてあって、好きに選べる。魔法も、一応使っていいみたい。
私はなるべく軽めのショートソードを手に取った。ヴォルペールも同じく剣を。
ペインとしての戦い方は小さな盾を左手につけていたけど、王子様状態では盾は必要ないらしい。
ま、そういう私も盾の使い方分かんないんから使わないんだけどね。パパ上が盾使わないた戦い方だったから。
「ファルシュさん、大丈夫か?」
「えぇ」
「そうか、無理はしないように」
先生が私の体調を心配して声をかけてくれた。ありがとう先生、仮病でごめん。私今めちゃくちゃやる気あるんだ。
「それでは模擬戦闘訓練……開始!」
この戦い、勝ちに行く。
最初にヴォルペールが飛び出す。
私はそのすきに小声で魔法の詠唱をした。
「ほんにゃらふんにゃらこちらえいしょうなりなり」
〝ウォーターボール〟
「くらえ!」
ヴォルペールが一振剣を振るうとさっさと距離を離す。2人の間にウォーターボールがすっ飛んで行った。
「──詠唱省略、掴め、〝アースリストレイト〟!」
私の魔法で気を取られたライアーはヴォルペールの魔法で片足が土に飲み込まれる。
隙。
私が駆け込んだ。
「はぁ!」
殺す気で剣を振るう。
「食らうか!」
叩き下ろした剣を、ライアーは左手には構えた剣で防ぎ、薙ぎ払う。私の軽い体は簡単に吹き飛ぶが。
「忘れるなよ」
ヴォルペールがまだいる。刺突を繰り広げようとしたが、ライアーは飲み込まれた片足を軸に、右足を振り上げて剣を持つ手を蹴った。
ゴン、という強い音。折れてないって信じてるよ!
「詠唱省略……!」
〝サイコキネシス〟!
ビュンとヴォルペールを避けて飛んでいったのは、置いてあった武器。模擬戦闘の武器を物色する時に全部触ったし、使っていいのは一本だけじゃないもんね!
「はぁ!? そんなんありかよ!」
ガン、と剣を使って飛びかかる武器を弾き飛ばすライアー。ヴォルペールは、ライアーの後ろに回って剣を振るう。鍔迫り合いだ。背中であろうとも防いだライアーは、すごい。しかも力の入りにくい体勢なのに均衡している。だけど、正面に隙ができた。
お嬢様はこんなこと出来ないと、思ってるでしょ。
「リー!」
「くたばり、やがれ! ですわ!」
──そして私は、飛び蹴りをした。
「「「「はああああ!?」」」」
ヴォルペールは私の足がライアーのお腹を直撃すると同時に足の魔法を解除させ、ライアーの背後から避けた。
全力の飛び蹴り。
硬い腹筋があっても、バキッと鈍い音が私の足に響いた。
ずざざ、と、吹っ飛ばされるライアー。ダメ押しもう一回!
〝ウォーターボール〟! めちゃくちゃ冷たい状態で!
ピキリとウォーターボールが固まる。
ライアーの喉元に、鋭い刃が届いた。
場が静まる。
ライアーは氷を睨んだまま動かない。
「はぁ……はぁ……」
「……っ、はぁ」
ヴォルペールと見合う。そしてハイタッチをした。
っしゃああああ! やってやったぞおら! てめぇに王城で蹴飛ばされたこと根に持ってるからなあああ! 絶対肋骨殺ってやるって、絶対考えてたんだから!!!!!
無様な姿、ありがとう!!!!! くたばれ!!!!
「……しょ、勝負あり!」
先生が慌てた様子で模擬戦闘を締めくくる。
私がライアーに近付くと、ヴォルペールも続いた。
便利魔法〝サイレント〟
自然とやることは分かっていた。
「ご指導、ありがとう。──おっさん、ご機嫌よう!」
「胸をお借りしました。──油断しただろ、おっさん」
「………………は、」
ライアーは私達の発言にぎょっと目を見開く。
「…………は?」
確信は出来ないけど予感があるのだろう。困惑中のライアーが言葉も発せない状態で固まったままだ。
「す、すごいですわファルシュ様!」
「殿下流石、戦争の大英雄!」
「今魔法の詠唱は何を使いましたの? とても短かったようですけど」
「素晴らしい戦いでした! 庶民には手の届かない強さですね!」
私達の周りに生徒達が群がる。
よし、わかってた。
私は胸を抑えて、呼吸を荒くする。
「……はぁ、はぁ」
「リアスティーン様?」
生徒の誰かが私の異変に気付く。
「っ、リー! 先生すみません、早退します! 話し合いはまた後日ということで!」
漁ったヴォルペールは、私を抱き抱えた。
「え、あぁ、大丈夫か!?」
「お抱えの医師が居ますので……! 彼女の執事も近くにいますし! 失礼します」
走り出したヴォルペール。私は呼吸を荒くしたまま抱えられた。
走る。誰もいない場所まで。
「ふ、ふふ、」
「はは、は」
どちらからだったかな。小さな笑いは、堪えながらも段々大きくなっていく。サイレントサイレント。
「ペイン見た!? あの顔見るすた!?」
「めちゃくちゃ楽しいじゃん!!!」
誰も居ない廊下を笑いながら走る。
「リィン、分かってるな」
「うん! 即効で街に行くすて……!」
私たちは声を合わせた。
「「──アリバイ作り!」」
そう簡単にバラしてやらないのが、ヴォルペールが王子だと信じられない性格の悪さだよね。
私? 私はいいんだよ。
「それより、リー、重たい」
「殴るぞ!?????」
嘘やっぱり魔法にします。
宣伝が遅くなりましたが、何度目の1周年でニコニコ動画に動画を上げてくれた方がいます。リィンとペインが、踊ってます。最低ランクの冒険者で検索してください。
飛ぶぞ。