第214話 奴隷の正しい使い方
「お嬢様、荷物をお持ち致します」
「えぇ」
1週間だけの必須科目期間。授業内容は選択科目のつまらない説明が続く。
そんな退屈な授業を終えた私に声をかけた者がいた。
ヴァイス・ハイト。本名ヴィズダム・シュランゲ。
お父様の執事が授業終わりの私を出迎えてくれる。病弱な私に特別に許可が与えられた、学内での従者の許可。
これは国王陛下に『やっぱ2度もやらかしてる危険人物は目につく所に置いておきたいんで許可貰えます????(建前)』って頼んだらオーケー貰ったので、荷物持ちとして使う事にした。
──ぶっちゃけ言語と事情サポート係いると便利なんだよね(本音)
「リアスティーン様、この者は」
「初めまして。ヴィシニス・エルドラード様でございますね。本日お嬢様からヴィシニス様もお部屋へご案内するようにと仰せつかっております」
「……! 分かりました」
初耳、という表情をしてヴィシニスは私を見ると。私に向かって頷いた。
ヴィシニスは賢い。そしてあまり余計なことを口出ししない。
ある程度説明して完全に私の元に取り込まないとな。
「──リー。先生が呼んで……」
「──リアスティーンさん。学級委員の予定を組みたいん…………だ、が……」
「おや」
そのとき、廊下に衝撃が走った。
「………………………は?」
ヴォルペールが私を呼びに来て、先生もそれを追うように廊下へ出た。
そして2人は私の執事を見て固まったのであった。
「えぇ……複雑極まりねぇ…………」
おい素が漏れてるぞペイン。
「初めまして! ヴォルペール様とお嬢様の教師の、レイジ・コシュマール様でございますね。私、お嬢様のしがない執事でございます」
「……………………(どうしようって顔)」
「リー、ちょっと面……耳を貸してください」
ヴォルペールが私の傍にすすっと近寄ったので、私は無言で間法を発動させる。
〝サイレント〟
私のこの魔法は、きっと不思議語を隠すために生み出されたんだ……!
「あれ、シュランゲだよな?」
「うん。わかる?」
「髪型変えてるけど雰囲気同じだし……。って、本題はそこじゃなくて」
「先生が驚くすてる理由?」
「あぁ。あのさ、戦争中実はシュランゲから情報取り出せないかと思って尋問したんだよ。……まぁ、所有権はリィンが、持ってたから拷問までは出来なくてさ。んで、コシュマール騎士……コシュマール先生はその時の尋問官。尋問時点で片腕吹き飛ばしてたから」
あぁ、前線退いた騎士が尋問したってことか。ということはシュランゲだってバレてるのね。
「で、設定どうなってる?」
「リィンが領主様に奴隷権を譲渡すて、過保護なパパはそれを病弱な娘の護衛として与えるすた」
「りょーかい」
そして私は魔法を解いた。
「先生、気にしなくても大丈夫そうです」
「(気にするんだよな〜〜〜〜俺の正体バレかねないから気にするんだよな〜〜〜〜)」
「ご安心なさいませ、センセイ? お嬢様の心労になるような事は、ご主人様から禁止されておりますので。先の戦争は、病弱なお嬢様に酷な話だ」
「(信じていいんだな!? 信じていいんだなシュランゲ!)…………分かりました」
先生めちゃくちゃ混乱中みたい。まぁ、そりゃそうか。
「それでリアスティーンさん。学級委員のことで予定を入れ組みたいんだ。通常授業の初日の放課後に一度話し合いの場を設けようと思っているのだけど」
そう、学級委員。
一学年に2クラスあるが、各クラスの代表者が男女一人ずつ選ばれるようで。
私のクラスで一番家柄がでかいのが、私とヴォルペールでした。つまりほぼ自動的に決定したって訳。
面倒……非常に面倒……何が面倒って、放課後まで待機してないといけないのが面倒……。
「大丈夫ですわ」
語彙パターンの少ない私は頷くしか無かったよね。後、ヴォルペールと一緒だったし、あいつ、他の令嬢に権力狙われるのが嫌だからって視線で圧かけてくるんだもん。
「通常授業初日の必須科目は2クラス合同で講師を招くようだから。学級委員、頼んだよ」
「えぇ」
「分かりました。……その講師、というのは」
「それが私にも分からないのですけど、学年初めからエルドラード大臣からお達しがあってね……」
思わず互いにエルドラードを見やる。二人は首を横に振った。なるほど、知らないってことね。
「分かりました。それでは私は失礼します。リアスティーン、また会いましょう」
「えぇ、ありがとう」
ヴォルペールは一足先にどこかへ向かっていった。
「ではお嬢様、私達も向かいましょう」
「えぇ。ご機嫌よう」
先生に挨拶をすると私は寮に向かって歩いて行った。
教棟を出て、中庭を抜け、寮に向かう。長いんだよ道のりが。
この学園に通う生徒は3学年いる。教室はどれだけ多くとも少なくとも各学年2クラス。年によっては一クラス20人の年もあれば2人だけの年もあったらしい。
そんな生徒は全寮制。説明の時に言われたように別に寮に泊まらなくても問題は無い。ただし学園の外に出るということだから庇護下で無くなるってことだけど。
寮。3学年が唯一合同で過ごす場所。
寮と言ってもホテルのような場所で、エントランスがあり食堂があり。そしてほぼ個室。庶民上がりの下級貴族ならまだしも。まぁ、貴族にルームシェアは出来ないわな。
そんな私の部屋はほぼ最上階。
ほぼ、というのも最上階には寮長が暮らしており、その寮長というのは3学年で最も位が高い人物。──私の姉、レイラ・ファルシュである。
「はい、これ予備の鍵」
「え……」
私の部屋の前に来ると、私はヴィシニスに鍵を渡した。
ヴィシニスは私と同じ伯爵家の子である為、部屋は隣同士だ。と言っても部屋の大きさがあるので入口の距離は離れてるけど。
シュランゲが部屋の鍵を開けて私は中に入る。慌ててヴィシニスが私を追いかけた。
「さて、と。昨日の今日で色々把握ぞすてる事はあると思うですが」
「はい」
私は適当に配置したソファに腰掛けると、ヴィシニスを見上げた。彼女は得た情報を元にある程度の推測が出来たのだろう。突然崩した口調に驚かず、ただ事実として受け止めているようだった。
「私は、身分ぞ隠すすて冒険者として活動ぞすてます」
実際めちゃくちゃしてないけど。
「それとこの口調。私はこれを隠すが為に病弱なお嬢様としてイメージぞ保守すてます」
「なるほど」
納得したように頷いた。これは演技じゃなくて素です。
「私は冒険者活動時、まぁ、いっぱい色々すて……。大雑把に言うとトリアングロ滅ぼすますた」
「えっ」
「そして現在半数のトリアングロ幹部が奴隷とすて所持すてます」
「……えっ」
「こいつは陸軍幹部のシュランゲ。グリーン子爵のところでスパイ活動すてたやつです」
「………………えっ」
シュランゲはにこやかな笑顔でヴィシニスに手を振っていた。そう、こいつが多分一番危険です。
「それで、私がヴぃちに、びしにす、あぁもう、ヴって何、ィってなに。シュランゲの名前もエルドラードの名前も発音不可能なのですけど!?」
「改名します」
「せんで良い」
「改名しましょうか?」
「すて」
シュランゲの偽名であるハイトは発音しやすくてとても助かるけど、ぶっちゃけ名前をそんなに覚えられると思うなよ。簡単に行きたいんだよ私は。
「ではリアスティーン様。僕の事は、エルドラードとお呼びください」
そういえばクロロス曰くヴィシニスはボクっ娘とか言っていたな、なんてことを思い出した。
「あー、それだと紛らわしきなのでは? クロロスも居ますし」
「だから、です。僕は、金の……ええっと、王家の血を引く方々に代々仕えるエルドラード家を誇りに思っています。仕えるべき主と出会えた今、エルドラードという名は誇りです」
「あ、私達のこと金の血って呼ぶすてるのご存知ですぞ。後血統保守絶対主義も」
「チィッ! 一体誰が」
「エリアさん」
「クロロスじゃ、ない、ですと」
衝撃を受けている様だけど、ヴィシニスはずっと真顔である。
「あ、リアスティーン様が僕を選んだのって。学園生活の言語的な面での手助けが出来るように、って事ですか?」
「うん」
私が、『えぇ』とか『御機嫌よう』とか、決まった言葉しか話さないことを見抜いていたらしい。
「はい、いいえ、で答えられる質問を投げかける役回りですか」
小さく漏らした言葉は私にとって望ましいことだった。
うんうん、状況判断能力もさすが。後、私の不思議語を読み解ける事も重宝する。
「リアスティーン様」
「ん?」
「…………僕は、触れた相手の心が分かる、と言ったら」
ヴィシニスは身につけていた真っ黒な手袋をギュッと握りしめた。
「リアスティーン様は、僕をどう思いますか」
「え、めっちゃ使えるが可能」
「そうですか」
真顔。
今、どんな感情????
「ひとまずこのシュランゲの心ぞ読むすて企んでる事を」
「おっと! ご勘弁願います!」
「シュランゲ貴様まだ何か企むすてる!??!??」
絶対事細かに尋問してやるしなんなら尋問すっ飛ばして拷問したい。主なら許されるから。
「……と、まぁ。そういうするわけで」
私は制服のブレザーとスカートを脱いでアイテムボックスから適当な服を取り出す。そして黒マントを着て、髪の毛をツインテールにして青リボンをつける。
「私、朝に帰るです。んじゃ行ってくるます!」
視界に入る場所しか移動出来なかった私の魔法は、戦争で魔力の限界値が更に上昇したのかとあることが出来るようになった。
「シュランゲあとはよろしく。お利口にすててね」
「は〜い」
〝瞬間移動魔法〟!
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「やっほークラップ」
「来たか姫さん」
魔法を使うと目の前に現れた、というか私がクラップの目の前に現れた。
まだ不慣れで、転移地点をミスって空中での転移であった為着地バランスを崩すが、クラップが難なく受け止める。
そう、奴隷を転移地点とした瞬間移動魔法だ。
視界内に転移する、という事は転移地点を把握できてないと上手く魔法が使えないということ。
奴隷契約魔法はGPS機能の様にどこにいるかが魔力で辿れる。つまりだいたいの位置情報が分かるので、視界で情報を得なくても飛べるということなのだ。
「ちょっと遅かったな」
「うん、少し話ぞすてた」
予定してた時間より先生やヴィシニスと話して時間分遅くなってしまったがクラップは気にしてないようだった。
「おっ、リィン! と、ストーカーさん!」
「不名誉な呼び方をするな冒険者!」
リックさんがこの場所に入ってきて、リックさんに続いてグレンさんが入ってきた。
と言うよりは、戻ってきたという方が正しい。
「お邪魔すてまーす!」
実はここ、クラン月組だったのだ。
庶民街で瞬間移動魔法を遠慮なく使えるのは建物内。でも、家や拠点を持つ気は無いし、宿だとライアーもいるし奴隷を待機させておくには忍びない。
と、言うわけで選ばれたのがここだったのだ。
「今帰り?」
「ぞ!」
「返事を略すな。しかも略せてない」
グレンさんが私に飛びかかりかけたリックさんを左手で抑えるとクラップに向き直った。
「クラップさん、この後どうしますか。もし訓練するなら稽古つけて欲しいんですけど」
「あぁー……。いや、相方の方に用があるから、今日は俺も出てく」
「そうですか」
「まぁこれから長い付き合いになるんだ。それくらいいつでもつけてやる」
うん、3年間クラップには毎日転移地点として特定の時間は月組にいてもらうからね、仕方ないね。
「そういやリィンちゃん聞いてよ! こいつらさぁ! 勝手に! 俺ら! お貴族様に仕えるあれにしちゃったわけぇ!」
月組の悲鳴。
私はグレンさんとリックさんとまず目を合わせて、横にいたクラップとも目を合わせた。
「んっ、ぶ、うん、それ、えっと。貴族私兵ぞり?」
吹き出しそうになるのをぐっと耐えて、私は笑顔を見せた。
「そうそれ!」
「っかー! 戦争で出世したなぁ! ……まさか凡人の俺らまで巻き込まれるとは」
「俺ちゃんまじでそういう堅苦しいの苦手なんだけど……」
「自分も少し、な」
グレンさんがやれやれとため息を吐いて月組に声をかけた。
「でも俺たちが担当する護衛対象、お前ら好みそうな可愛い子だったぞ」
「俺たちリィンちゃん一筋!」
「ビバ、リィンちゃんファンクラブ」
「……(だから言ってんだよなぁって顔)」
リックさんがげらげらと楽しそうに笑っている。
彼は、戦争で右耳を失う事となった。正直私が巻き込まなければという気持ちはあるけど、それはそれとして私に関する深い記憶が植え付けられたんだからもう本人ハッピーってことでいいんじゃないかな。
大丈夫、犯人はライアーとアダラ。
「時にクラップ、ライアーに用って?」
「厳密に言うと俺じゃねぇんだが……。まぁいい、行けば分かる」
「ふぅん。それじゃリックさん達、また明日ぞ!」
適当な返事をして、私は月組を後にした。
そして宿に戻って早々、魔力の引っかかる違和感にクラップが言った『俺じゃねぇ』の意味を知る事となる。
「帰れ!!!!!」
「まあまあ私と貴方の仲じゃありませんか」
「せやせや、うちらの仲やでぇ?」
「自分もル、ライアーさんと仲良くなりたいですし」
「………………何ぞすてるの?」
宿の前で押し問答をしてるのはライアーとべナードとアダラとグルージャだった。
いや何してんの?