第213話 嘘つきは常に綱渡り
「陛下、失礼します」
「失礼します」
ヴォルペールに続いて私も入室する。
部屋は、冒険者として出会った時よりも重厚な部屋。人に合わせて部屋を変えてるって事か。
部屋に居たのは国王陛下と大臣。他に人は居ないみたいだ。
ヴィシニスとクロロスは部屋の外で待機。室内に入ったのは私とヴォルペールの2人きり。
「リー、どうぞ」
「ありがとうペール」
仲良しアピールとして愛称で呼び合う。ヴォルペールのエスコートに素直にしたがって椅子に座った。
国王陛下と大臣さんはぎょっとした表情をしている。
「ヴォルペール、分かっていると思うが」
「えぇもちろん。私は彼女に手を出すつもりはありませんよ」
あぁなるほど、恋人関係に見られる可能性もあるのか。
するとヴォルペールはニコリと微笑む。
「個人的に、仲良くしたいだけですよ。個人的に。まぁ、何せ従兄妹なわけですしね」
それ略奪とか真実の愛とかくっっっだらねぇ言葉の枕詞じゃん。からかってるな。
誰をって、もちろん国王陛下を。
その国王陛下は眉間に皺を寄せていたけれど、私を気遣うように声をかけてくださった。
「倒れた、と聞いていたがもう体調は良いのか?」
「えぇ。ありがとうござ、います」
あっぶね。発音が今すごく怪しい所を行った。
よく考えたら国王陛下って、国王なんだよね。国で一番偉い人。Fランク冒険者の私には優しかったけど、リアスティーンにもとは限らない。
すっごい、痛くなってきたな。
「リアスティーン・ファルシュで、す」
「何、緊張せずとも。……と言っても緊張はするか。すまないな」
緊張してるのはあんたにじゃなくて不思議語が出かねないから緊張してるんだよ。
ごほんごほん。おっと本音。
「さて、と。今回呼び出したのは他でもない。既にロークから話は聞いていると思うが。リアスティーン、君に婚約して貰いたい者がおる」
「えぇ」
「ライアルディ・シンクロ子爵という、新しく貴族の仲間入りを果たす者だ」
「…………んぶっ、ごほん。失礼」
おーいヴォルペール殿下。吹き出すんじゃないぞ。絶対に。
「先の戦争で、戦争終結を果たした我が国からのスパイだ。──表向きは」
国王陛下の真顔に私は真剣な顔をして頷く。知ってます。渦中にいました。そんな気持ちを込めて。
「ライアルディ・シンクロ子爵はルナールという幹部であった。奴が寝返ったおかげで、クアドラードは戦争に勝ったと言っても過言ではない。だが」
国王陛下の本音を、私はここで聞き出す。
「まだ正式に叙爵式をした訳では無いので便宜上ルナールと呼ばせてもらおう。ルナールは、決してクアドラード王国に寝返った訳では無い。ルナールはクアドラード王国にいる一人の女子の為に寝返った」
「……えぇ」
「叙爵は避けられん。そこでリアスティーン、君が婚約者、そして配偶者としてルナールを監視して欲しいのだ」
政略結婚。
頭に浮かぶのはただそれだけ。
そして私はクアドラードの証である金髪を持っているから、抜擢されたって事ね。
クアドラードの者ですよって、誤魔化しようもないから。
「もちろん監視だけではなく、貴族として不慣れなルナールの手助けもしてやって欲しい。我が国が救われたのは事実だ」
「えぇ」
私は小さく頷く。
「子供は作らなくて良い。むしろ作らない方が有難い。跡継ぎは考えず、シンクロ家は一代限りの名誉貴族とする。リアスティーンの体調の事もあるが……。幸い従者もおる様だ、やれるな?」
「拝命いたし、ます」
大臣さんにちらりと向け従者と言ったという事は、私がエルドラードの従者を選んだことを知っていたんだろう。
ま、そりゃそうか。
「正式な発表は2週間後、叙爵式にて行う。式に出席はせずとも良いが、その後顔合わせをする予定だ。その日は授業が終わり次第王宮へ向かうように」
「えぇ、よろしくお願いしますわ」
私の返事に、国王陛下は頷いた。
ところで素朴な違いなんだけど、国王陛下直々に説明してくれるんだなってびっくりしている。Fランク冒険者として説明を聞いた時、喋っていたのは主に大臣さん。
やはり身分差というのもあるだろう。しかし根本に、冒険者としてに国王が話しかけるのは緊張するから控える、という優しさがあるような気がする。
……うん、陛下がこの優しさを失わない限り、私は国を裏切る事は無いだろう。
「陛下、失礼ながら」
「なんだヴォルペール」
「そのルナールが執着する冒険者についてはどうされますか?」
おっ、ヴォルペールが切り込んだ。
私も取り扱いに関しては聞きたいです、といった様子で国王陛下を見た。
「彼女は宮廷相談役とする」
「「えっ」」
「庶民視点での相談役とし、城に顔を出してもらう様にするつもりだ」
お、おぉ。おぉう。
えぇ……フェヒ爺の後任? それと国から逃がしゃしねぇぞって圧が感じ取れる。
うーん。そんな席が無くても、リアスティーンが国に縛られてるんだけどね。
「そうだリアスティーン、貴族視点での相談役にどうかな?」
「それは名案ですね陛下」
「ペール!」
「はは、怒るなよリー。でもあながち、都合が良いだろ?」
本当の意味で意味が無くなるぞ。庶民視点と貴族視点、両方同じ人物だなんて。
まぁ、相談役なんてお飾りで、国に縛り付ける為の枷のつもりなら都合は良いけど。
「王宮に来れるんだったら俺にも会えるし」
「……ん」
迷いどころだなぁ。でもこれ、リアスティーンならともかくリィンは断わる理由無いしね。
そして
「では陛下、その冒険者がもしルナールと駆け落ちなどした場合は」
「!?」
私は思わずヴォルペールを見る。
「そうだな、出来ればそうなる前にリアスティーンが見抜ければいいのだが。私は、それはそれでありだと思っておる。一番拙いのは……我が国とあのコンビの敵対だからな」
あっ、そりゃそうですよね。
私は国に対して『共依存してるから国が制御出来る危なくない存在だよー』ってアピールはしたけど、その会談で奴隷という強力すぎる武器を手に入れた。
そりゃそうですよね、警戒しますわ。
私の当初の予定より、私の力が膨れ上がっているんだもの。そりゃ、宮廷相談役でもなんでも、相互利益が求められるポジションに納められますわ。
「まぁ、もし駆け落ちなどという結果になった場合、シンクロ子爵家当主には病死してもらう」
「それは……」
「家はリアスティーンが当主になる。可能であろう?」
私は静かに首を横に振った。
出来ないよ。
だって、その冒険者とシンクロ子爵が駆け落ちしたら、リアスティーンも居なくなるんだから。
「国王陛下……。私はその冒険者に、どう接する方、が。よろし、いですか」
「基本関わらぬ方が良い。良好な関係を築けるのであればいいのだが。ルナールの執着には目を見張るものがある」
ヴォルペールが思わずといった様子で頷いた。わかる。私もそう思うよ。
「恋敵として敵視されれば厄介だ。通常の監視体制も築きにくい。あくまでも公務として捉えて貰えれば、私は喜ばしく思うよ」
「…………あの冒険者が惚れたとか言うもんですかね」
「そのレベルで無ければおかしいだろう。ほぼ単身で国を半壊させた者だぞ」
「どう思う、リー」
全く、一切、更々その気は無いです。
惚れた腫れたはこの世で一番信頼できない言葉だと思うな。
「酷な命令だリアスティーン。結婚をし、恋し愛し、子供を産み。パートナーとして支え合いながら、領を豊かにする。……そんな普通の生き方を奪ってしまう私を、許さなくともよい。だが命令には従ってもらう」
私は拝命する様に頭を下げた。
「すまないな」
「幸い、私は病弱。子も産めぬでしょう」
「リー……(お前が病弱とか健常者に謝れって声色)」
貴族として。政略結婚は当たり前だ。そもそも昔から、女貴族当主になってしまうか男を尻に敷いて家を操作するかとか、結婚予想図は夢も希望もない。
後、私子供嫌い。これに限る。
それに恋愛っていうのは、縁の切れ目が見えない。過去に起こしたことに関する繋がりか、ビジネスパートナーとしての関係しか求めてない。
夢がない? それで結構。
それに。
「──それに。私、ライアーといるの好きですから。苦痛じゃなきですぞ。まあ、それで国がオーケーなのかは話ぞ別ですけど」
「ん?」
「はい?」
国王陛下と大臣は、同時に声を上げた。
「国王陛下、大臣さん。──先日ぶりです。リィンを守ろうとすてくださり、大変嬉しく思うです。……ですけど」
リアスティーンに説明する時、私を気遣いながらもリィンの名前を発言しなかった。戦争集結の一人だと言わなかった。リアスティーンに不義理を働いても、ひとまずは隠そうとしてくれた。
ニコリと微笑んで、私は2人に言い放った。
「リアスティーンとリィンが対立する事は、絶対有り得ませぬ。そして、私が国を裏切る事も、有り得ませぬので。ご安心ください。……改めますて、リアスティーン・ファルシュです。ご存知だと思うですけど、私言語に関して、非常に、もうほんと泣く程に拙い故にご勘弁願うです! 幹部押し付けやがってこの野郎! おっと失礼、失言ですぞ!」
するとまず、一番最初に理解したのは国王陛下。
彼はヴォルペールと同じようにフリーズした後、パチパチと瞬きをして理解した。一瞬にして頭を抱えた。
「そんなの無しだろう……」
項垂れていらっしゃる。ごめんあそばせ、言語が死んでて。
「え、は、まっ、まさか……! リィン……嬢?」
ようやく気付いたのかハッとなった大臣に私は微笑みではなく天真爛漫な笑顔を見せる。
「はい、そうです。ちなみに深窓の令嬢設定は、このボロくそ言語能力故に、父が社交界却下すてますた」
「英断だな」
「常識的な判断でよかった」
パパ上が褒められているのにそこはかとなく納得いかない。
「まさか、ペインがヴォルペール殿下だとは思うすても見ませんですたけど」
「それはこっちのセリフだな。……というわけで陛下、ライアルディ・シンクロ子爵の監視役は、というか婚約者はその執着しているFランク冒険者になるので、大半の憂いは無くなりましたよ」
「そもそも私、ライアーは『裏切りやがってこの野郎』っていうつもりで殴り込みに行くしますた。一応、道中国の利益になる事は考えるすてましたぞ。地雷の情報とか」
「あぁ、あれめちゃくちゃ助かったよ。クロロス経由で話伝えるつもりだったんだろうけど、残念ながら王子直結です」
「ショートカット、良きですね!」
「だろ!」
なんのタイムラグもなく戦争本陣の大将に情報を遅れたのは強い。特に私は幹部との遭遇率が異様に高かったし。
まぁ、追手があった上にトリアングロ城に投獄されたと考えると普通だと思うけどね。
「……リィン嬢が、リアスティーン嬢……? え、という事は、女狐もリアスティーン嬢で?」
「混乱してますね」
「ですね」
「リィン、ライアーが嫌になったらいつでも俺のところ来いよ。幸い俺、婚約者いないし。結婚して一緒にシアワセな家庭を築こーな」
「……微塵も思ってなき癖によく言うぞ」
「あ、バレる? だってお前王族とかなりたくないだろ」
頷かずに笑顔を浮かべておこう。
後、ヴォルペール殿下。それの幸せの定義って私じゃなくてお前目線だよね。絶対厄介事に巻き込む気満々のシアワセ(幸せでは無い)だよね。
お前の歳で婚約者が居ないの、絶対厄介事の匂いしかしないだろメイドの子。
「と、言うわけで」
「どういうわけなのだ!?」
「国王陛下、私がらいあるりぃ」
「ライアルディ」
「シンクロ子爵の所に嫁ぐすても、一見問題は無き所か犠牲も少なくなると思うのですけど。命令どうされますぞ?」
例えば『ライアーとリィンの依存を切り離す為』という裏目的があるのであれば、リィンとリアスティーンが同一人物であることは不都合極まりないだろう。
だが、別にリアスティーンへの命令の中に冒険者とは関わらなくていいという項目が入っている以上。ハニートラップの必要性は、無い。
「…………はぁ。お前は確実に、ロークの娘だよ」
確信されてしまった。
「後、猫かぶりやめるです。細々とした騙し合いより、ぶっちゃけるすた方が効率が良きと思うのです。──よろしきですね」
「それは最早脅しとも取れるのだが。まぁ、いいだろう。ようやく会えた可愛い姪っ子と、我が国の英雄の為だ」
英雄。
それは利用出来る言葉だけど、私の中に燻りを残していた。
「陛下は私を英雄と言うですけど。私は英雄なんかじゃなきです。私は戦争を、始めるすてしまった」
「だが戦争を止めた。英雄と言わずになんという」
「本当の英雄はきっと、戦争を止める為に動いた人の事ぞ言うと思うです。百戦百勝は善ならず。戦争を始めた時点で、私は個人としても貴族としても、英雄にはなれない」
私は笑顔を浮かべた。
「では、改めますて。ローク・ファルシュぞ娘。リアスティーン・ファルシュでござります。魔法の師は元宮廷相談役。社会勉強と語彙力奪還の為、幼少期に屋敷を時折抜け出し、そしてこの一年冒険者として過ごすすておりますた。冒険者時の相棒はルナール。貴族時の従者にシュランゲ。そして屋敷に残りの幹部を残すすております。父の対毒耐性訓練により、毒物による致死率は大変低く、口に入れるすた場合は遅効性であっても味で判断つきます故に、毒味役としてもどうぞお使いください」
「化け物か」
「ちょっと待ってリィン終盤俺聞いてないんだけど!!!!!」
「言ってなき」
「言ってよ!! もっと上手く利用してたのにぃ!」
そういうとこ、そういうとこだよ!
見るからに嘘ついて無さそうなのが腹立つ。
「──では、リアスティーン・ファルシュ。ライアルディ・シンクロと婚約し、奴の監視と手綱を握れ。これは命令である」
「はい、陛下」
私は立ち上がってカーテシーをした。頭を下げて、この国の最上級に位置する主に。
「まぁ、その。なんだ。苦労ばかりかける。……困ったことがあったら言いなさい。可能な限りは手助けをしよう」
「あっ」
「陛下……!」
私は感激の表情を浮かべる。隣で『やっべ』って顔してるヴォルペール、ちょっと黙ってね。
可能な限りは、手助けをするって、言質。
取ったからね?
「……陛下、よろしいんですか。そんな約束をして。口約束とは言えど一応ここは正式な場として処理しますよ?」
「構わん。国ひとつ、重い責任を負わせる姪に、責任逃れした我々は可能な限り手助けをすべきだ」
思っていたより、戦争終結の英雄という肩書きは大きい様だった。
そりゃ、魔法を失う事になっていたかもしれないんだから必然といえば必然……。魔法文化のクアドラードは悲惨な未来を辿っただろう。
皆様、ご覧下さい。
これが後に自分の首を締めることになる国王陛下のキメ顔です。
え? なんで未来が分かるかって?
そりゃ、未来だろうと過去だろうと私なら利用するに決まっているからだよ。
私が胃痛で苦しんだんだから、国も苦しまなきゃね!
「その、ファルシュ嬢?」
「好きな呼び方で結構ですぞ。こちらの口調は、苦節14年どうにもなるすていないので……ご容赦を」
「あ、あぁ。えぇっと、ではリアスティーン嬢と。リアスティーン嬢、貴女がリィンである事はなるべく広めたくないことは分かりました。が、それも踏まえて許可を頂きたい。このことを大臣補佐に共有してもよろしいですか?」
うーん。要するに弱点を広げるって話だからなぁ。
悩みどころはあるけれど。大臣さんがそう言うって事は、私に不利益が少ない、もしくはしなければ不利益が生じるって捉えても良さそうだ。
「えぇ、エルドラード大臣。──ところで、言いたきことが存在するのですけど。あなた達、3人に」
ヴォルペール、あんたもだ。その視線を向けると即座に顔を逸らされた。
「第2王子誘拐の冤罪。勘違いや間違いでは無く。……──捏造すたな?」
「ごめんってリィン! ほんとに、悪かったから! でもあの方法ならリィンを巻き込めた!」
「お陰様でね!?」
冤罪事件の事、忘れてねぇからな。
ただ普通の冤罪としてならまぁまだ許せた。ルナールの罪を無くす代わりに過失も無くす、ってことだから。
ただしまぁ、真実は。冤罪と分かっていながら罪を作り出したって点。最初から私が白だって、知ってたのに。
「というわけで陛下、この馬鹿殴るすても良きですか?」
「許可しよう」
「げ、後で殴るってそういう──」
「歯ぁ食いしばれ!」
==========
「「ただいまー!」」
「おー。リィン、泊まり楽しかっ……。あのよ、色々聞きたいことがあるんだがなんでいるはずのないペインがいて、顔面盛大に殴られてんだ?」
「俺が勝手に殴られました」
「何もすてません」
「何喧嘩してんだ……」
宿、安眠民。お昼の時間くらいで話し合いが終わったので、まずは寮に戻りシュランゲと一緒に色々仕込んだ後、ペインと合流して宿に戻ってきた。
「ん、ライアーどうしたんだ? 浮かない顔してるけど」
「……あぁ、貴族ってめんどくせぇなって」
「そりゃそうだろ(真顔)」
「当然ぞ(真顔)」
そして私はペインと視線を合わせた。
「(もしかして婚約の話?)」
「(タイミング的にそうなんじゃね?)」
ふむふむなるほどね。
「今日、使者が来て叙爵式の日付けが決まった」
「もしかすて2週間後?」
「なんで知ってんだ!?」
日付を伝えるのと同時に婚約者が出来ますって話もライアーに伝わったわけね。
リアスティーンと同タイミングって事は、お互いに断らせる気は更々無かったって事か。国に縛られるって厄介ではあるけど、元々貴族に産まれて覚悟していた許容範囲内だから私は気にしないけど。
……嘘です気にします。
正直、私はライアーであることに、そして子孫繁栄を考えないでいい事にほっとしている。
「えっと、私も報告あるです。ここ最近ライアーぞおくすてバタバタすてた理由。……あのですね、ライアー」
私はライアーと目を合わせて、告げた。
「──宮廷相談役、就任しますた」
最大級の爆弾は、まだ取っておく。
別にひよってるとか、そんな事は無い。ないったら無い。
「………………マジで?」
ライアーは狐が鉄砲撃たれたみたいな顔で、私を凝視した。
「不労所得、ゲットだぜ!」
「不労では無いな」
やめろ第4王子。私に悲しい現実を突きつけてくるな。