第211話 開幕医務室スタート
子供の頃から私は家族に色々なことを教わってきた。
例を出すのなら。
魔法はフェヒ爺。……初っ端から家族ではない。
言語は双子の兄。肉体言語は双子の姉。
上のお姉様とお兄様は歳が離れているせいもあり、そもそも会う事が少なかったから何か教わることは無かったけど。
歴史や裁縫(魔法)は兄や姉が学校に行っている間に乳母のドロシーさんが教えてくれた。
じゃあ、パパ上は?
「……さて、リアスティーン。今日も楽しいお稽古の始まりだよ」
「だっと!」
「逃げ足が汚い。〝アースショック〟」
「うぇぐっ!」
丸みを帯びた土の塊が頭にぶつかり脳内が揺れる。
重たいドレスを纏ってべチャリと崩れた私(五歳児)に向けて長い足が向けられた。
「こけ方も無様だね、リアスティーン」
「ドM趣味は、皆目存在力無にゃのですっ、けどっ!」
かかと落としが振り落とされ、ゴロンゴロンと避ける。
ゴン! 机の足に後頭部をぶつけて悶絶する。くっ、なんたる無様な……! 私だけがこんな目に遭うのおかしいよ、異世界転生、全然イージーモードじゃないっ!
「リアスティーン、君は礼儀や作法が何故あるのか分かってないようだ」
──そう、パパ上は礼儀作法。
めちゃくちゃ厳しかった事をここに記しておく。
パパ上は作法的なかかと落としを向けられるのですね! ちくしょう!
「なにゆえ、存在ぞ許しゅ、ゆる、許す、許可制度……」
「なんて言ってるのか知らないしリアスティーンが私に伝わるように言わなければ文句は無いものとする」
「鬼畜! 鬼! 外道! 腹黒!」
「自己紹介かな」
おっ、この前メイドさんにパパ上とオベハさんが『出来てる』って噂流したのバレてるな。
ただ、幼女がびっくりした様子でメイドさんとお話しただけなんだけどね!
「で、本題だ」
パパ上は私を見下ろしながら答えを教えてくれた。
「礼儀はね、賢い者が馬鹿を騙す時に使うものだよ」
「ぴぎゃ!?」
「そして作法は、馬鹿を炙り出す時に使うものだ」
「ほぎゃん!?」
そんな最低最悪な理由で可愛いざかりの純粋無垢な幼女に礼儀作法教えていいの? せめて世界を綺麗に見せよう? 悪どいフィルター外せ。
「呼吸するのと変わらないように最高級の礼儀作法を身につけなさい」
「完熟ならずの方がウケぞ馬鹿良きぞり!」
「未熟さを演出したいなら熟知してからしなさい。何も知らない新鮮さは、熟練者からすれば興味無い。熟練者が想像する未熟さと新鮮さを演じなさい」
熟練度上げて、その景色から想像出来る新鮮さを演じろ、って。子供に向かって言う言葉じゃないよぉ…………一理ある。
「それは横にどっこしょ! しかしながら親父!」
「どこでその呼び方を学んだんだい……」
「私は、サボりたき──ッ!」
ぶるり。寒気。
パパ上その絶対零度の視線やめて貰っていいですか?
「そう……リアスティーン……」
ニコリと笑ったパパ上は、腰に差していた剣を手に取った。
「パパと剣術稽古が、そんっっっっなにしたかったのかい。やれやれ、子供のワガママを聞いてあげるのも親の役目かな」
「リー、礼儀作法、ダーイスキ!」
「よろしい」
脅しは卑怯。
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「……やっぱりあれは理不じ……っ! ん?」
目を覚ますとそこは見慣れない場所だった。
白い天井、白い布団。
「ふむ、予想以上に早い目覚めだったな」
シャッ、と魔法でカーテンを捲ったのは眼鏡を掛けた白衣の男。
へぇ、眼鏡、珍しいな。べナードは確か付けてたけど、レンズの技術が高いせいかめちゃくちゃ高いんだよね。
お金持ってますよアピールになるからいいカモの証。おかげでおしゃれ眼鏡とかも無い。
「……おい、意識ははっきりしてるのか」
あ、無反応のままだった。
私は慌てて頷く。
ええっと、私の身に何があったんだっけ。
「……お前は入学式で倒れたんだ。覚えているか」
「あ、」
思い出した。
ここはアリストクラット学園。
朝一で王都邸を出発し、寮生活である為シュランゲに荷物を任せた後、入学式へ向かった。
退屈でどうにかなりそうなその入学式の途中……確か国王陛下の挨拶の前だったかな。私は込み上げる痛みに身を任せて意識を失った。
うん、昨日にパパ上から言われた『お前、ルナールの婚約者だから』発言に衝撃を受けすぎて胃痛が止まらなくて、そのままバタンキュー。
と、言うことは、冷静に考えてここは医務室か。
「ただの胃痛と、寝不足と、慢性的な疲労。ったく、貴族の令嬢とは思えない症状だな」
「……えぇ」
んなこったろうとは思ってました。
眼鏡男はため息を吐いた後、私とベッドを見た。
「お前の取り巻きっぽいやつが来てる。俺の作業を邪魔するな、さっさと行け」
「えぇ」
取り巻き?
私は疑問を浮かべながらもベッドから降りる。眼鏡男はもう既に背を向けて机に向かっていた。
医務室の先生とは思えないくらい無愛想で歩み寄りが無いな。
それにしても入学早々ぶっ倒れるとは、意図的では無いにしろ深窓の令嬢説が強くなる。ま、それで通しますけど。
ふと、男の手元が見えた。見ているのは……。
「……人体構造……?」
「……! 分かるのか!」
明らかに手描きである人の体の、中身が描かれてあった。ぐっしゃぐしゃのミミズが這ったような文字が所々書かれているけど。
「娘、ここがなんの機能か推測出来るか!?」
それは胃袋の隣。右の肋骨位置に囲まれる様に存在する三角形の臓器。
えっと、肝臓、だよね。
……参ったな、喋るとボロが出る。
テンションが上がっているのか眼鏡の奥で目を輝かせた男を目の前にして、私は微笑んだ。
「──ご機嫌よう」
「なっ!」
踵を返した。
明らかにマッドサイエンティストじみた気配を察知したよね。
扉を開けて出る。さて、今なんの時間で目的地はどこでそこまでどう行くのかも分からないのだけど。
「──リアスティーン・ファルシュ様」
私に声を掛ける一人の女の子が居た。
青が強い銀髪は顎下くらいで一直線に切られており。赤い瞳は真っ赤というより若干青みがかっている様に見える。
同じ制服姿をしている事から生徒なのだろう。
「叔父のオベハよりお嬢様の護衛と従者をするように仰せつかりました。お初にお目にかかります、ヴィシニス・エルドラードと申します」
「えぇ」
あぁ、オベハさんが紹介してくれた私付きのエルドラード。
淡々と、無表情のエルドラード。ふむ、エルドラード属性は口から本音が零れるタイプだと思っていたけど、彼女はそうでは無いらしい。
……これ、絶対発音出来ないな。
そう強く確信した。
「……。」
「…………。」
私が喋らないと何も始まらないのは分かるけど、あの大臣さんと繋がっている子供相手に不思議語を軽率に晒せないんだよな……。
なお、私の語彙は全部で9つ。
『えぇ』『いいえ』『そう』『よろしくお願いしますわ』『申し訳ございませんわ』『ご機嫌よう』『ありがとう』『少々体調が優れなくって』『大丈夫ですわ』
そう、この9つのテンプレートで乗り切ろうとしているのだ。正気じゃないと思うじゃん? 正気では無理なんだよ。どうやったって語彙力が育たないんだよ。
まぁ本当にいざとなればシュランゲに私語を翻訳してもらってそれを丸暗記という力技で乗り切るけど、即座のレスポンスには弱いってことなんだよね。
「リアスティーン様、体調の方はもうよろしいのですか」
「えぇ」
「そうですか。では教室までご案内します。他の生徒は……まぁ無個性共はどうでもいいか(ボソッ)」
漏れ出とるやないかい。
頭痛くなってきた。
ヴィシニス・エルドラード。今まで身近に居ないタイプだけど、私の世話係になれるのだろうか。というか、私が制御出来るだろうか。
あの第二王子ですらエリアさんを抑えれないんだから仕方ないかな!
「リアスティーン様。こちらの教室です」
ヴィシニスが案内してくれた先は1-Aと書かれた教室。
ガラリ、と彼女が先陣切って扉を開けてくれたので、私はそれに続いて入る。
教室の中は既に殆どの生徒が座っており、一瞬のうちに注目を集めた。
白を基調とした室内。金の装飾が教室に高級感を増す様に所々装飾されており、木製の机がある程度の距離を保って置かれていた。
ヴィシニスの案内に従い席に着こうとする。
耳にいくつかの話し声が入ってきた。
「……あれが例の」
「入学式で倒れるとは、予想以上の病弱さですね」
「まぁ、想像より可憐な方」
「デビュタントが出来ない理由が納得しましたわ……」
「また倒れないかしら」
「綺麗な方」
「まるで妖精の様だ」
うん、印象操作は無事終わっている様だ。
私は深窓の令嬢。か弱くって冒険者活動なんて全く出来ない。目は伏せ気味で、社交界に出たことがないから若干人見知り。そんな感じで行こう。
私は教室の生徒へ視線を向けて小さくニコリと微笑んだ。これからよろしくという意味を込めて。
ま、利用価値があるまでは。だけど。
「……! あぁ良かった、体調はもういいのか?」
教室の前。黒板の前に一人の男が立っていた。
すいません、初対面で本当にすいません。
容姿よりも先に、肘から先がないであろう右手に目が行く。
えっ、片手どうしたの?????
「初めまして、リアスティーン・ファルシュさんだね。私はこちらの教室の担任をさせて頂くことになりました、レイジ・コシュマールです」
「えぇ。よろしくお願いしますわ」
「どうぞ着席を。あまり無理はしないように」
「えぇ。ありがとう」
レイジ・コシュマール先生、か。
お言葉に甘えて席に着く。最前列で有る。そしてさも当然のように隣にヴィシニスが座った。
胃の痛みが治まらない。
胃痛マスター(制御不可)の私が予想するに、胃痛の原因となる婚約騒動が何も進んでないから。そして、まだ胃痛案件が続きそうだから。
「これで全員……ではなさそうだな」
先生がそう言うとしばらく待機した。
どうやら待たせたのは私だけじゃないらしい。私は大袈裟にため息を吐いて
さて、この間に少しは頭の整理が出来そうだ。
パパ上が、と言うよりはパパ上経由で国王陛下が私に命令をした内容は『ライアルディ・シンクロ子爵との婚約』だ。
そしてこれには簡単に理由を付けられる事となる。
──ライアルディの監視。
この婚約は世間一般で言うと『ハズレ』だ。通常の婚約ではなく、戦争の懸念材料を見張らなければならないから。
リアスティーンはこの後戦争の詳細やライアルディがルナールである事などを教わるはずだ。パパ上が無知で家に篭っていたリアスティーンに何も建前的な説明がされなかったってことは、改めて説明の場が設けられることだろう。
……それこそ、大臣さん辺りと。
うっ、胃が痛い。会うのも億劫だし出来ることなら会いたくない……!
「……ふぅ」
息を整える。
それに1番の胃痛は、ライアルディ・シンクロ子爵自身。
婚約者顔合わせとか、あるんだろうな。隠し通せる自信なんて全く無いし、ライアーに私が貴族だと教えるタイミングはここになるかぁ……。
うっ、いてててて、胃痛。
私ライアーと結婚するの? いや冷静になった文字の圧力すごいな?
恋愛感情は抱けないし、多分ライアーにもその毛は無いから都合がいいっちゃ都合が良いけど。
そんな事を考えていると、再び扉が開かれた。
「失礼します」
教室の外から2人の男の子が入ってきた。
1人は銀髪。同じ生徒だけど、従者っぽい動きで扉を開いている。
そしてもう1人は黒髪を耳にかけて優しい笑みを浮かべた碧眼の男。
「遅くなってしまいました。待たせてしまいましたね」
「……! お久しぶりです、殿下」
「コシュマール、騎士?」
「はい、レイジ・コシュマールです。ヴォルペール殿下」
先生と男子生徒がそう挨拶を交わす。
心優しい王子様を想像して見てほしい。その具現化された存在みたいなのがヴォルペール殿下だった。
お前の名前、発音できなくて中々困ったんだからな。
それにしても、彼がメイドの子で嘲笑の的で、今回の戦争の大英雄……。ヴォルペール・クアドラード第4王子。
「……」
「…………」
パチリ、ふと目が合う。
……あれ、なんだろう。すごく、惹かれる。
足りないパズルのピースがもう少しで埋められそうな。
でもあんな礼儀作法しっかりした王子キャラは会ったことなしなんだったら苦手でもある。だけど、酷く惹かれる。血筋的に言えば従兄だからなのだろうか。
えっ、改めて考えると王族と血縁なの怖い。
「リアスティーン様?」
「大丈夫ですわ」
なんでも無いの、と首を横に振る。
「やぁ、ヴィシニス」
「……。」
「兄に向かって無反応はどうかと思うけど」
ヴィシニスと銀髪の生徒はどうやら兄妹らしい。うん、あれだよね。金の血あるところにエルドラードあり。七不思議かな?
私と殿下はこの場で並んで地位が高い。自然と開けられていた前の方の椅子に必然的に座ることとなる。
私と殿下は通路を挟んで隣同士。お互いエルドラードが壁側に。2つ並んだ長机は双翼のようだった。
「さて、改めまして。私はレイジ・コシュマール。皆さんのこの学園生活三年間の、担任をさせて頂くことになった。皆さんも、見たらわかると思うが。私は先の戦争で右手を失い、騎士から教師になったという変わり者だ」
教室の所々で息を飲む音が聞こえた。
右をちらりと確認すると、無表情でレイジ・コシュマール先生をじっと見ている殿下が。
「騎士畑出身なおかげで、礼儀作法については詳しくない。だが皆さんの三年間、実りのある学園生活になる様に最大限サポートさせてもらう。……これから、よろしくお願いします」
優しく微笑んで先生がそう言った。
拍手が与えられる。騎士というのは本当だったんだろう。姿勢が綺麗だ。片腕を失ってもなお重心が崩れない。
でもおかしいな。胃が痛いんだ。
胃痛の苦しみがデフォルト。最早痛覚麻痺させる方が話が早い気がする。いてててて、これは仮病使わなくても病弱。
「では、知っている者も多いと思うが、もちろん知らない者もいる。改めて学園に関して説明させてもらおう」
こうして、私の学園生活が、ほんの少しの期待と大多数を占める不安と込み上げてくる胃痛と共に幕を上げた。