第210話 リィンの災厄
クアドラード王国は政治を決める際、国王陛下に決定権がある。
しかし国王の独断で決めることは少なく、1人の大臣。そして4人の大臣補佐との会議で決めることが殆どだ。
大臣、グロリアス・エルドラード伯爵
第一大臣補佐、ダフォディル・ドラートドーノ侯爵
第二大臣補佐、エドワード・ゴールド公爵
第三大臣補佐、ディートヘルム・レニティヴ伯爵
第四大臣補佐、エレオノーラ・シュテーグリッツ伯爵夫人
そして国王陛下の、ロブレイク・クアドラードは。
「「「「「「はぁ〜〜〜〜〜………」」」」」」
全員、頭を抱えていた。
「なんっですか、このFランク冒険者」
ドラートドーノがエルドラードのまとめた報告書類を片手に眉間に皺を寄せた。
「スタンピードを単独……あぁいやライアーという冒険者もいますが、彼がルナールであることを考えるとほぼ単独で解決させるとか、魔法の才能が異常も異常ですよ」
「それだけじゃなさそうですな」
ゴールドが書類をさらに捲って考え込む。
「……アイテムボックスが使え、そして禁忌魔法も使える。確認が取れている中でも空間魔法の数は多いようで。まぁ、まず、エルフ族との繋がりを考えるべきですな」
すると待ったをかけたのはレニティヴ。ガタリと立ち上がり、意見を発した。
「いやいやいやいやそこじゃないでしょう! 過去は過去なんですよ、問題視すべきは現状! トリアングロの大半の幹部を私兵として奴隷にしちゃったんですよ!? 法律とは言え、野放しには危うすぎる」
「はぁ、頭痛いわね」
唯一の女であるシュテーグリッツ夫人が額を押さえながら息を吐いた。
「問題はルナールですわ。陛下、彼が子爵となるのに反対はしませんもの。その例のFランク冒険者さえ国で囲え込めば忠実なフリはしてくれそうですし……。彼の問題点は、監視出来る人材よ」
国王はひとつため息をする。
おかげで国は救われたとは言え、残された問題点は多い。
「魔法を使用しない整備政策、というのも中途半端に終わっております。必要な人材は、いっっっくらあっても足りません」
「待ってください、政策もそうですが、青の騎士団の崩壊状態の回復を優先させてください! 我が国の四つ柱が崩れ去るのは拙い! この状況で海外に攻め込まれ等すれば……」
「あぁいや、何、そこは心配ありませんな。なんせ我が国は魔法に優れておるが、それに含め武力国家トリアングロの戦力がそのFランク冒険者に集中しております。戦力に不足はありませんからな」
「お言葉ですけど公爵? そのFランク冒険者、Fランクが故に強制力がありませんのよ。交渉の席につくならともかく、その前に逃げられる可能性がありますわ……小賢しいというか、悪知恵が働くというか」
そう、めちゃくちゃあるのだ。戦争は利益があれどやるもんじゃない。害しかない。戦時中も、戦後も、その後の子孫も、苦労するのだから。
「リィンの厄介さはFランクであることや魔法だけじゃありませんよ」
大臣達の中で唯一、彼女と会話をしたエルドラードが発言をした。
「……彼女ね、わざと共依存関係をアピールしましたよ。えぇ、彼女の厄介さは頭の働きです。呼び出した際、待機室で己の相棒に『依存アピールしろ』と言っていたんです。……実際、アピールせずとも依存していたようですが」
エルドラードは眉を顰める。
「こちらが控え室を監視しているのが分かっていたのか、分からずやったのか、そこまでは分かりませんが……。彼女は私達に『国が操作出来うる存在である』『切り離さなければ危険は少ない』と言外に伝えて来ました。恐ろしいものですよ」
全員、思わず年齢を確認する。
自称であるが、齢14。その歳でそこまで考えるのは、貴族であっても難しい。
もちろん大人になれば社交界で揉まれ、自然と出来るようになるだろう。だが大人と遜色なく、社交界に出たことすらない小娘がそこまで出来るのであれば。
「育てがいがありますわね……」
社交界の毒花……もとい、社交界の華が面白そうに目を細める。同じ性別という土台に立てるのは、彼女だ。彼女は女伯爵ではなく、夫人という立場でありながら当主を差し置いて領地を動かし大臣補佐役に抜擢された実力者。
餌と認識したか、仲間と認識したかは誰にも分かるまい。
「順番に決めよう。まずはトリアングロ所属軍の扱いからだ」
「では説明します。トリアングロの残兵、数およそ5万。降伏した士爵除く貴族は25家」
「兵は多いが貴族が少ないな」
「はい。国の方針として働き手のほとんどが兵士になっています。……というか、通常の平民層が極端に少ない。よくこの状況で国の形を保って居られたな」
エルドラードの説明に全員が頷く。
「貴族の数が少ないのは、そのような国で政策をしてられるか、ってことですね。土地を治めたり食糧問題などの解決は貴族の仕事のようですし」
「ふむ……それは、取り込みがいがありそうですな」
「その通りですね。貴族に関しては復興費用としてトリアングロ軍事費の方から受け渡し、トリアングロの土地を振り分けましょう。どうです、陛下、大臣」
国王陛下がひとつ頷くと、エルドラードはドラートドーノの意見を反映させる事とした。
「では兵士の方はこう致しましょう。意欲のある者を騎士団の見習いに。衝突はあるでしょうが……我が国の捕虜となった元幹部を指導補佐役とし、調教していただこう」
「結託されはしないだろうか」
「なぁに、心配なされるな。怪我をした騎士を現役から外し、監督として監視させればよろしいかと、思われます」
ゴールドはそれに加え、と追加した。
「トリアングロの幹部というのは、敗北に厳しい。コン・サーペントは智略タイプの様ですが、他の2人ですと残兵の調教には最適でしょう」
顎髭をゆったり撫でながら考える。
それに、トリアングロにとって最も強い意志を発する国の頂点、フーガ・トリアングロが現在生きているのだ。
『国の意志を捏造して好き勝手に暴れる』ことは出来ないだろう。なぜならフーガ・トリアングロは、敗北者であるし奴隷である。その反乱を止めることが出来るのだ。
「では、次。リィンに関して」
国王がそう言葉を発した瞬間。
「「「「「…………」」」」」
大臣達はシラーっと視線を逸らした。目が合ってなにか案を出せと言われぬように。
「お前達は……」
「陛下、お言葉ですが。リィンは、本当に、やりにくいんですよ」
「知っている」
嫌ってほど知っている。
その気持ちを込めて言葉を出せばですよね、と言いたげな従者の視線が飛んできた。
「まずは女狐に関してだ。リィンが女狐と知る者は、この場にしかおらん」
「……! はい」
「例外で、ヴォルペールだな。あやつが元々女狐の存在を持ち出した」
レニティヴがそっと手を挙げた。
「皆様ご存知かと思われますが、現在平民……特に冒険者の間で女狐の噂は広まっています。最前線の冒険者達が女狐に宛てて立て札をしたようで、自然と市民の目についております。戦争の勝者が女狐では無いか、という噂がものすごい勢いで広まっていますね」
原因は月組。好都合、と国はそれを捉えた。
「何、不幸中の幸い。トリアングロの裏切り者……いや、『我が国のスパイ』が狐である以上。番の女狐がトリアングロに牙を向いたとて不思議はあるまい。噂に拍車をかけさせましょうぞ」
「シュテーグリッツ領で狐モチーフの物販を増やせば自然と流れますわ。幸運を運ぶ狐、中々いい結果じゃありませんこと?」
古狸達が金になりそうだと口角をあげる。
運がいい。そう、国にとってはとても運がいい。
本人にとってはどうか知らないが。
「吟遊詩人の力を借りましょう。彼らに話を流させれば自然と広まる上に過剰表現もしてくれる……。それで、女狐を利用する上での一番の問題点ですが」
ドラートドーノのその言葉を引き継いだのはエルドラードだ。
「──女狐と言う者が、存在しない」
全員が頷く。
「リィンが奴隷をどう扱うか分かりませんが、というかあれは監視の目も欺くし行動が読めない。……ともかく、彼女は弁えてますよ。『Fランク冒険者のリィン』が彼らを奴隷扱いする事はまず無いでしょう」
頭が痛くなってきたのかエルドラードは額を押さえる。
「……Fランク冒険者自体を英雄として取り上げることが出来れば処理は楽なのですがね」
「本人が唯一出したって条件ですから、国も誠意を見せなければ」
「ま、唯一出したと言っても、他の望んだ条件は自ら狩りとったでしょうがな」
「そう、ですわね……」
シュテーグリッツ夫人が指を三本出した。
「案がありますわ。ひとつ、彼女に女狐を演じてもらい存在を匂わせる。ふたつ、彼女が女狐であると公表する」
「まて、二つ目は……」
「えぇ。彼女の出した条件。……それにギリギリ触りますわ。でも別に女狐の正体を隠すことは条件にされてない。別の人物に仕立て上げるのも国の自由。彼女は選択権を国に与えたのでしょう」
一つ一つ指を折ったシュテーグリッツが最後の指を折り曲げた。
「みっつ。もう、いっその事リィンに考えて貰う」
目を見開いた。
「だって、彼女の都合の良い存在なのでしょう。隠れ蓑にもなりうる存在。……そもそも賢い者であれば殿下の様に女狐の正体はバレかねない」
シュテーグリッツ夫人、笑顔である。
「問題は、起こってから解決しても問題ありませんのよ。特に愚像に関しては。今は国を挙げて女狐を崇めておきましょう。存在しない幻相手に喧嘩を売る輩は、後出しでも勝てますわ」
女狐という存在が引き起こす問題は、今のところほぼ無い。
正体不明の冒険者。英雄。それがクアドラードの者であるかトリアングロの者であるか、それとも他の国の旅人であるのか。庶民の想像におまかせしよう。
女狐が存在しないということは、女狐が問題を起こすことが無いのだ。
例え『女狐と名乗ったやつに家を荒らされた!』なぁーんで訴えて来るやつがいても。存在しないのだから女狐騙りか自作自演のどちらかになる。
ま、最も。リィンが利用しないか、という疑念はあるが。リィンは馬鹿では無いのだ。
「…………そうだな。そうするか。反対意見はあるか」
無反応。つまり問題の先延ばしに決定である。
「では同じくリィンについて。次はFランク冒険者の彼女の囲い込みだ」
「そりゃそうですよね……」
全員が視線を逸らした。パート2である。
「一応、グリーン子爵の後ろ盾があるではありませんか。実際グリーン子爵もこの半年間彼女の冤罪も、クアドラードの裏切り疑惑も全て『否』と唱えてきた」
「ですが、それだと彼女を自由にする方法になりますよ」
「要するにリィンにとって『クアドラード王国は価値がある』と思わせたら良いのでしょう。ルナールが子爵として叙爵しますし、もうそれでいいのでは?」
「それでも良いが、ルナール自身はリィンに執着している。彼女の意思が変わればポンと国を裏切るだろう。繋ぎ止めるなら、リィンの方だ」
全員が頭を悩ませる。
下手な手を打つと、リィンとライアー。そして元トリアングロ幹部まで国の敵になる。
利用出来れば国の利益になるが、敵対すればとんだ害をめっちゃくちゃ被る。もう、いやって程。戦争再戦とかのレベルで。
「……貴族に養子に」
「は、無理ですよ。リィンはそもそも言語能力が駄目ですし、何よりあれだけの才能がある子供をきちんと抱え込める家は、四家くらいしかいません」
もとっから貴族である。
「ドラートドーノ侯爵、囲いますか?」
「……手に余るな」
「ゴールド公爵」
「次女の件でいっぱいいっぱいだ」
「陛下、ファルシュ家はどう思われますか?」
「リィンと同じ歳の娘がいるだろう、あそこは。無理であろうな。そもそもロークの血を引いている可能性がある以上、存在を無視している理由がある可能性がある」
その娘だからである。
国はリィンがロークの隠し子だと思っている。そしてその存在を認知しないのには色々わけがあるのだろう、と。
その娘だからである。(2回目)
「エルドラード家の養子に取って、王家に嫁がせる、という案もありますが?」
「ヴォルペールに、ということか」
「別にヴォルペール殿下でなくとも……」
「まず、面倒事を国に押し付ける頭もある子だ。しかもその上エンバーゲールの反乱にまで関わりがある。王族がキラキラしたものだという勘違いもしてくれそうもない。まず、狙いまで読んで断るだろう」
つまり、貴族に召抱えるのはまぁまず無理だろうというネガティブな反応。
「貴族の知り合いを増やせば良いでしょう」
「ほう」
「まずは大臣補佐。私達ですと、身近に居れば彼女が心変わりしたとしても感じ取れるでしょう」
ドラートドーノが折衷案を提示した。
「そうだ陛下、子供を作りませんか。そしてその子供のベビーシッターとして」
「……無茶をさせるなエルドラード」
いくつだと思ってんだ、と言いたげに睨みつけるとエルドラードは軽く笑った。
そもそも、ベビーシッターならばそれなりに身分が高く、王妃の代わりに母乳の出る者を雇う。つまりは……そう……絶望的。
「あぁそうだ。あの枠がまだ開いてましたね」
エルドラードがふと顔を上げた。
「──宮廷相談役」
「「「「それだ!」」」」
大臣補佐が同時に声を揃えた。
「前任のルフェフィア殿からずっと空席でありしたな」
「自然と顔合わせも可能であるし、何よりあれだけ解決力があるのだから役に立ちそうだ」
それに大体、宮廷相談役に責任能力は無い。
なぜなら相談するだけだからだ。まあ、あのルフェフィアでさえ出来たのだから。
「名目としては、劇的に変わる街の情報を庶民から得る、という事としましょう。子供という視点もどうにか誤魔化せそうだ」
「確かに、政治はどうしても貴族に寄ります」
「ということは貴族としての相談役も必要ですが……ま、そちらは後ほど、ということで。いかがでしょう、陛下」
「ふむ、確かに、良さそうだ。私も顔を見れることだしな」
リィンの意見を聞かずして、リィンの枷が決定した。
なお断られるとは思っていない。なぜなら彼らはこの提案がリィンに利益があることを知っている。『リィンの都合の良いように政治を操作出来る』という利点があるのだ。
そしてグリーン子爵の後ろ盾を得ている事やクロロス・エルドラードが貴族の子だと分かっても関係性を変えないという点から、貴族になりたい訳では無いだろうが貴族の繋がりは利用する質だと考えていた。
まぁ、グダグダ言っても結局貴族なのだが。
「さて、では最後にルナール。……ライアルディ・シンクロ子爵について」
「…………今のところ、宿からそこまで外出していませんね。代わりにリィンが活動的ですが、彼女も外壁より外には出ていない様子で」
「彼は……。書類を見て話を聞く限り『簡単』そうですわね……。だけど、一番難しい案件ですわよ」
「リィンが自ら進んで監視をしている様ですが。国からの正式な監視が……」
またしても同時に頭を悩ませた。
「監視の名目に護衛、は、必要なさそうですな」
「彼はクアドラードの貴族としては不十分。監視役は貴族としての知識が深いもの、ここは外せません」
「今のところ考えられるのは執事、従者、婚約者。……こんな所ですわね」
「こういう場合王家の姫に嫁いでいただくのが定石ですが」
王は静かに首を振った。全滅である。
ヴォルペールより下に産まれた子供は、下から順番に殺害されて行った。まるで蹂躙を楽しむように。
「婚約者、そして夫人となる流れが一番監視役としてやりやすいでしょう」
「だがリィンが、おるのだ」
「……そう、なんですよねえ」
頭を抱えたのは何回目だろうか。
最も簡単な方法が、一番難しいのだ。妻の立場になったとして、自分以外の女にうつつを抜かす男をどう思うだろうか。論外である。
「婚約者ともなれば関係性は対等ですわ。執事や従者では主人を押さえ込める事が出来ませんわね」
当主とガチンコ繰り返して実質支配権を得た夫人が言うと説得力が凄い。
「シンクロ子爵家は一代限りとする。よって子孫は要らんのだか」
「一代当主は妥当ですね」
家が必要なのではない。ルナールを国に縛り付けておく身分が、表向きの報奨が必要だったのだ。
「あ、表向きと言えば! もし監視役を選ぶのでしたら王家の血を引いていた方がよろしいと思います」
「(金の血の事か)」
「ルナールだと知っている者が『クアドラードの首輪付き』と認識するには、クアドラード王家関係者の監視が必須だと思います。……ドラートドーノ侯爵とゴールド公爵の家から当てはありますか?」
レニティヴの言葉に2人は考えた。
「私の家は……少々厳しいですね。女は全て嫁に行くか婚約者がおります。男は既に職についておりますし、何より少々頭が……」
「我が家の方は。……何せゴールド家は先々代が金の髪に蒼き瞳でありましたが。ご覧の通り儂や子らは王家の特徴を継いでおりませんからな」
エルドラードの脳内にある金の血図鑑をパラパラ捲る。確かに、2人と言っている事は正しい。
そもそもルナールは三十代の中頃。同じ年代の婚約者候補なんているわけがなく、金の血は貴重だからと子供のうちから婚約者が出来る。年頃になれば既に婚約者と良い関係を築いている。
あまりにも若すぎるとルナール自身に御される可能性が存在する。ちょっと無理難題が過ぎる。
「ルナールとリィンの関係性を邪魔せず、貴族としての知識があり」
「女であれば子供の要らぬ者、男であればルナールとついでにリィンを制御出来る者」
「婚約者が居ない者というのがまず居らんだろう。ヴォルペールくらいだ」
「王家の血を引いた……四家の……」
エルドラードは、ハッと顔を上げた。
「──陛下!」
「私を嫁に出すというのか」
「違いますよ!」
興奮した様子でエルドラードは告げた。
「居ましたよ、条件に合う人材! しかも、王家の特徴を持った!」
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俺様幹部達と話が終わって慌ててパパ上を追いかける私です。
カツカツと靴の音を響かせながら先を行く。
オベハさーん、パパ上もしかして怒ってる?
そんな気持ちを込めて視線を向けると首を横に振られた。怒ってはなさそう。
「お嬢様のパパ上は、お嬢様の事が大好きですからね」
「オベハ!」
「ハイハイわかっておりますとも」
答えになってない。
パパ上は部屋に入る。オベハさんが扉を開けたまま私を迎えてくれたので、私もそろっと部屋に入った。
「リアスティーン、改めて話があるんだ」
「はい」
パパ上は自室にある執務机の椅子に座った。
私は机を挟んだ向かい側に立つ。
「リア」
パパ上は私を見て微笑んだ。
「戦争、よく頑張ったね。君は私の誇りだ」
「と、突然怖きですね!?」
何、天変地異!? 天変地異を引き起こす側なのに!?
そんな失礼な事を考えつつも、私はパパ上から視線を逸らさないでいる。
「アリストクラット学園の入学を明日に控えたけど、君は冒険者はどうするつもりだい?」
明日は学園後頭部の入学式。よって朝一番に家から馬車で向かわないといけない為、辺境伯王都邸にお泊まりである。ライアーには月組の新拠点に泊まりに行ってくる、という理由を使った。ライアーは国からの正式な叙爵式があるまで宿で大人しくしておくつもりみたいだし。
そう、入学準備をし続けてきて思ったけど、正直貴族の家と宿との行ったり来たりは大変だ。
でも私の答えは決まっていた。
「……続ける、すたいです」
「二重生活は大変だよ」
「分かるすてます。実感はもちろん、今後の理解すてます。でも、私は冒険者生活が、ううん相棒といる生活が楽しきです。貴族として社交界に出る必要ぞある事も、理解すてます」
「うん、分かっているならいい。まぁ、君が貴族だけではなく他の道でも居場所を得たのは良い事だ」
ふと、思ったことがある。
「パパ上は何故私を冒険者にすたですか?」
「それは多くの人に触れて言語を」
「──そうじゃ、無きですよね」
本当に私の言語を直したかったのならば、わざわざグリーン領に放り出さなくても良かった筈だ。
そりゃ、ファルシュ領では時々抜け出して遊んでたけから不思議語が露見してたけど。
「……私を冒険者にする、目論見は何ですか」
考えたって仕方が無い。直球で聞かせてもらった。
「………………君に、貴族の道は厳しいと思っていたんだ」
パパ上は静かに口を開いた。
「君は、聞き取りはできるけど発音が難しい。昔からだ」
「う、はいです」
「うん。昔。……きっと、生まれて3ヵ月頃から。1年くらいには聞き取りは完璧に出来たんじゃ無いかな」
図星。
まさかそこまでバレてたか。
普通であればそんなに早くから赤子は言語を理解出来ない。でもパパ上は気付いていた。私の異質さを。
「リア。君は、とても賢い子だった。賢いから子供らしく振舞った。私はね、どんな君でも好きだよ。愛おしいと、心から思っているよ」
「パパ上……」
「君は他の兄姉と違っていたから。貴族の道に進めなくても、ファルシュ家から出て行ったとしても、実力をつけて知識を得て他の道に進んでも生きていけるように。生きて、生きて、最期まで楽しかったと言えるような人生を送って欲しくて。……私は可能性を君に与えた」
パパ上は私の、異世界転生もどきっていう出生の特殊さにも気付いていたんだろうか。だから言語が出来ないのだろうと思っていたんだろうか。
真意は分からない。
懐かしむように思い出を数えて、パパ上は私を見た。
「……つい先程、王城に呼び出されてね。陛下と、大臣達からとある命令が下った」
パパ上の格好が礼服であった意味がここに来て判明した。謁見後だったのか。
「陛下から、なんて?」
私の疑問に、パパ上は答えてくれた。
「リアスティーン・ファルシュ。国王陛下からの命により……君の嫁ぎ先が決まった」
「…………えっ」
予想もしてなかった話に思わず頭が固まる。
パパ上は、ゆっくり、私に伝わるように。
「君の婚約者は──ライアルディ・シンクロ子爵という新興貴族だそうだよ」
イタズラ成功と言わんばかりの笑顔を浮かべて。
「すぅ……」
大きく息を吸い込む。
クアドラード王国のFランク冒険者リィン。
──改めまして、ファルシュ辺境伯の第三女、リアスティーン・ファルシュ。
明日から、王都のアリストクラット学園で言語を隠しながら貴族デビューです。
そう、ちょっと理解を拒む婚約者が出来た、混乱状態で。
「はぁ゛ーーーーーーーっ!!???」
「淑女失格な悲鳴をあげないっ!」
パパ上から苦情が来たので黙ります。